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きっと、そばに  作者: ミソラ


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スコルピウスの館①

 ルノヴァン宮殿にほど近い、国王によって奪われ市民によって略奪されたベルジュラックの屋敷。それを改修し造られた壮麗な館『スコルピウス(さそり)の館』。


 招待状を受け取った者だけが入ることができる会員制の秘密の館。

 この館に入る者たちは顔を仮面で隠して、日頃の鬱憤を晴らすように羽目を外す。

 

 館の表向きは宝飾品や雑貨、それから珍しい食品などを扱った高級店で、そこからさらに選ばれた客は奥に通される。


 奥には贅を凝らした空間で最高級品の酒や食べ物を楽しみながら踊り子の妖艶なダンスを楽しんだり、賭け事に興じることができる。


 この『スコルピウスの館』の主人は若い男女。奥に通されても滅多に会うことはないし、さらに装飾が施された仮面で顔を隠している。それでも銀の髪の男と金の髪の女はかなり美しいのだとわかる。

 

 その二人は、大勢の着飾った貴族たちが賭け事に興じているフロアを、吹き抜けの上から見下ろしていた。


(むせかえるような香水の匂い。音楽と笑い声と……。あの夜を思い出すわね……。)


 女は無意識に右手薬指の指輪に触れる。


「腹立たしいね、その指輪。まだ外さないのか?」

「ええ。」

「もうそろそろ忘れてもいいんじゃない?」


 女は無言で拒否を表した。

 

「寝ている間に外そうかな。」

「そうしたら、私があなたの左手薬指を根元から切り落としてやるわ。」


 銀色の髪の男は大袈裟な振りをして、やれやれとため息を吐いた。

「私も頑張っていると思うけど? まだ認めてくれない?」

「認めるとか認めないとか、そういう問題じゃないわ。」

「じゃあ、君の望みを叶えるのはやめようかな。」


 女は男を見上げた。仮面の奥の琥珀色の瞳が光る。

「いいわよ。私はここを出ていくだけ。」


「……はっ、敵わないな、君には。では私からお願いしよう。君の望みは私の望みだ。叶えさせてくれ。」


 ラウリーヌは顔の上半分を仮面で隠し、下半分は扇で隠し表情が伺えない。


「ここは空気が悪いわ。部屋に戻らせていただきます。」


 くるりと踵を返し、ドレスの裾を翻してラウリーヌは去っていった。


「……イーヴさまになんと失礼な。たかが子爵家の娘が。」

「ジャン、死にたいのか?」

「……は。」

「忘れるな。私は彼女がいなければ国王の地位など欲しくない。ラウリーヌを傷つけた者は容赦なくこの手で殺す。」

「……申し訳ございません。」

「ふん、口ではなんとでも言える。心の中であっても彼女を侮るのならば処分の対象だ。私は見ているからな。」

「……御意。」


 *


 ラウリーヌは酒と香水の匂いと喧騒から離れて奥の居住区の方へ歩みを進めた。


 そのさらに奥にはラウリーヌやリオンが住む部屋がある。

 途中には居住区に住まう者だけが入ることができる中庭があり、噴水が涼しげな音を立てている。

 ラウリーヌは噴水のそばのベンチに座り、所々に配置されたランタンに照らされた花を眺めた。


 いつものように右手薬指のサファイアに触れる。

(ねえ、あなた見てる? ベルジュラックの屋敷を取り返したわ。元通りではないけれど、役に立てるわ。)


 盗賊たちに財産を盗まれた貴族や商人たちは、借金をしないと領地運営がままならなくなり金貸しの甘言に乗って賭け事に手を出すようになった。


 わずかな会費を払うと、豪華な屋敷の中にある趣味のいい品物を安く買うことができる。一流のもてなしを受け、そして選ばれて奥の秘密の場所に誘われる優越感。

 無料で振る舞われる美味しい酒と食事に華やかな出し物。そして賭け事でカネが入る。疲弊していた虚栄心が満たされる仕掛けがそこここに施されている。


 のめり込むのはあっという間。


 国王を支える貴族たちの凋落は、政治にも影響を与えている。

 おかげで開業した当初現れた治安維持の衛兵たちも、そのうち来なくなった。


(私たちにはお金が必要だしね。)


『夜の城』に蓄えてあった金貨のほとんどを南部に送った。資産があれば国王から攻撃されても持ち堪えられる。なにせ南部は国境地帯であり豊かな農産物と海もある。

 それにほとんどの家系は、元はベルジュラックに仕えていた騎士の子孫だ。

 本気になれば独立も容易いだろう。ただ、足りないものがある。


 統率する人間(カリスマ)だ。


 本来ならばジョスランがその立場だった。


 ラウリーヌがリオンに「復讐」を願った時、リオンは笑顔で引き受けた。その時初めてリオンが「イーヴ・リオネル・ジスラール」であり現時点で王位継承第一位であるということを知った。

 リオンは資金を集め立場を強くし、王位を奪い取ろうとしている。


 借金にまみれ、賭け事にのめり込んでいる旧王太子派の貴族たちはすでにリオンに絡め取られている。そうでない者たちも、かつて盗まれた弱みによって根回しをした。


『じゃあ、君の望みを叶えるのはやめようかな。』


 ラウリーヌはふっと息を漏らす。


(私の弱みを握っているつもり? 自分こそ糸の切れた凧みたいなものなのに。)


 リオンが先頭に立ち南部が蜂起すれば容易く王位を奪うことができるだろう。だがリオンにその覚悟があるのかどうか、ラウリーヌはまだ確信が持てずにいた。

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