夜の城①2
「リオン、私帰らなくちゃ。家の者たちが心配なの。」
「だめだよ。君だって狙われたじゃないか。ここにいるのが安全だ。」
「……ここは、どこなの?」
ラウリーヌは改めて明るくなった部屋を見渡した。
むき出しの石の壁に不似合いな洗練された調度品、高い場所にいくつかある小さな窓からは明るい陽の光が差し込んでいる。
「ここは『夜の城』だよ。」
「『夜の城』……。」
*
王太子と王弟による権力争いの内乱の後、王都は略奪や殺人が横行した。新しく国王となったローランド一世は貴族たちの平定に力を入れ、国民の生活への配慮はおざなりだった。
人々は食べるため、生きるために罪を犯さざるを得なかった。
その時、一人の男が仲間を引き連れて犯罪者となった者たちをまとめあげた。その男は処刑された王弟の護衛騎士であった男だった。
犯罪者たちは盗賊団として組織化され、かつて砦として使われていた廃墟に住み着いた。
それがこの『夜の城』だ。
内乱から数年経ち、街は少しずつ平穏を取り戻した。その中でこの場所は今なお暗い時代を残している。
だが現在、『夜の城』が標的とするのは貴族の館や悪どい商売で私服を肥やす商人たち。街の人たちからは義賊扱いをされている。
*
「そういや、これは知っているか?」
リオンが一本のペンを取り出した。ダイヤとサファイアが付いたジョスラン愛用のペンだ。
ジョスランの瞳と同じ色のサファイアに涙が溢れる。
「どうして……それ……。」
「公爵が捕まったと発表された後、王都の屋敷が略奪にあったんだよ。」
「……ここの、『夜の城』の人たちも略奪を……?」
「まあね、なにをしたか知らないけど王家より金持ちって碌なことをしてないだろ?」
ラウリーヌはリオンにつかみかかった。咄嗟に腕を掴んで止めたが、ラウリーヌの激しい感情を前にリオンは驚きの表情を向ける。
「ジョスランが自らの才覚で得たものだわ! それを返しなさい!」
(ああそう。そんなにあいつのことが……。)
リオンはペンをラウリーヌの方へぽんと投げた。ラウリーヌは慌てて掴み、両手で握りしめた。
リオンはかつてサージェス伯爵家の嫡男としてメリザンドのベルジュラック公爵邸を訪れたことを思い出した。
ちらりと見たジョスランはまだ年若く、腕をだらりと垂らして座っているのがやっとのような黒髪の男だった。俯いていたので顔はよくわからない。
寝たきりであった頃より若干ましになっていたようだが、それでも公爵家を継ぐのは危ぶまれるような印象だった。
リオンはラウリーヌを見やった。
どうやらこの美しい幼馴染は、久しぶりに会った自分よりも囚われの婚約者で頭がいっぱいらしい。だがあの国王に目をつけられたのだ。気の毒だが助かる見込みはないだろう。
(いや、別に気の毒でもないか。)
しかし、あの国王は相変わらずのようだ。ジョスランに助けてもらっておきながら虫けらのように扱う。
「リオン、助けてくれてありがとう。必ずお礼をするわ。私行かなくちゃ。ああ、サージェスのおじさまもおばさまもリオンのことをずっと探してる。」
ラウリーヌは顔を上げ一気に捲し立てた。リオンは一瞬サージェスの名を聞いて眉間に皺を寄せたが、はっきりと言い放った。
「ここから出るのは許さない。」




