鼠衆会との決戦Ⅲ
時は少し戻る。砦の上空で光と闇が激突し、大気が震える。トルバの剣とライディアの槍が交差して金属音が鳴る。
「ーーー他の十傑とは一度やり合ってみたかったんだ!!!」
ライディアが槍に光を集め、高密度の光がトルバに襲い掛かる。トルバが避けた光が山を薙ぎ、山肌が赤熱して融ける。
「ーーーこっちはお前さえいなけりゃ楽勝だったんだぞ、俺のおかげでな!!」
トルバの掌が宙を掴み、何かを引き寄せるように引っ張る。ーーー超級の重力が発生し、ライディアが空に浮かぶ巨雲ごと引っ張られる。
「ぐっ。ーーーだが、あの戦争で見たお前じゃない!!」
引き寄せられる寸前でライディアが空気を融かす超密度の光弾を掌に作り、トルバにぶつけようとするが、トルバも手を伸ばして光弾を直接つかむ。
「ーーーおおおおおお!!!」
光がトルバの手の中で萎み、弾ける。光弾をかき消されたライディアが顔をしかめる。直後、トルバが闇を集めた漆黒の剣の腹をライディアに叩き付ける。ズンと重い衝撃と重力がのしかかり、ライディアは血を吐きながら地面に墜ちる。土煙が舞い、ライディアは腹が潰れてたカエルのように咳き込む。
「ーーーそういうお前は随分劣化したようだな、ライディア?」
「く、そが……」
トルバは大地に降り、歩きながら魔力回路を描いてライディアに向ける。
「ーーー”シャッフル・グラビド”」
ライディアの身体がボコボコと無秩序に盛り上がっては凹んで歪む。彼の体内にランダムな重力源が出現し、彼の身体を内側から歪ませる。そうして彼の身体が肉塊の異形へと変化してゆく。
「ーーーぐああああっ!うっ、がっ、おげえっ」
血と胃液の混じった吐瀉物が地に流れ、ねじ切れた肉が転がり落ちる。
「そこまでだ。……ライディア、すっかり醜い様になったな」
ライディアは、とても人の形を留めているとは言い難かった。かろうじて、脳と発声器官だけは無事なようだった。とても戦えるようには見えない。そう見たトルバは彼の隣に座る。
「い、いでぇな……なにも、ここまでするこたあねえだろうが……」
「済まなかった。……だがお前もお前だ。本気を出していれば、少なくともこうならなかったはずだ」
「……へへ、ばれたか」
「同じ国の、同じ軍の同期だ。それくらいわかる。お前、俺に殺される隙をいくつも作ってただろう」
「そこまでわかったか。なぜだと思う?」
そう言うライディアの顔は陰り、ただ物悲しそうに砦を見下ろす。ああ、と頷いてトルバが囁く。
「……あんな野盗集団を育てちまったからか?」
「50点。あのな、鼠衆会は……ほとんどが、エイジリア王国軍のル・ラール方面軍の生き残りだ」
トルバの胸中を、なにか小さな針でちくりと刺されるような感覚がした。
「……そう、か」
「俺たちは王都から知らせも物資も途絶えて、異国に取り残された。俺たちは侵略軍だ、出会う人はみな敵だった。奪うしかなかった。殺すしかなかった。その中で俺たちはどんどん落ちぶれていった。もう王国の誇りを思い出す奴は、誰一人もいやしない」
トルバ、かつて十傑だった男は顔を影に隠しながら俯いている。ライティアはすっかり変形した身体を軋ませながら、よっこいしょと座る。捻れ曲がった身体の節節から血が噴き出る。
「トルバ、あの砦の1番高いところにある部屋にいけ。お前にとって懐かしい顔が待っているぞ」
「懐かしい顔というと……ル・ラール方面軍大将の"知将マゼラン"か」
「ああ。……実を言うとな、もしお前たちが鼠衆会に対して手応えを感じないのなら、それはマゼランのボスの悪企みが成功したって証だ。ーーーっはっはっは、あーーっはははは!」
「笑うのをよせ。お前たち……ほんとうに、方面軍のみんなと心中するつもりだったんだな」
「ああ。だから、トカレスカ騎士団が旗揚げしてくれて助かったぜ。マゼランのボスも俺と同じだ。誰か殺してくれと、心の底から叫んでいる」
真顔になったライティアは、喉に溜まった血の痰を吐き捨てる。
「もういいだろ、トルバ。俺はこんなナリだ、もう永くない。お前はさっさと行って、野盗どもを殺して来い。お前は俺たちみたいな悪には堕ちない。俺たちを踏み台にして上っていけよ、お前たちは」
わかった、とトルバが立ち上がる。一歩を踏み出そうとしたとき、ーーー十傑のごとき異常な魔力が膨れ上がった。
「「?!?!」」
二人して出所を探る。砦の真ん中だ。
「ライティア、他にも十傑がいたのか!」
「いねえよ、そんな奴! ……まさか、ルラルトのガキか?!」
それは誰だ、とトルバが問う前に"混沌"の魔力が極太の紫光線となって砦を突き出て天へと届いた。
「ーーートルバ、急げ!」
言われる前にトルバが飛び出し、後に残ったライティアは血が大地に染み渡っていくのを感じながら瞼の重さを自覚する。
「……はっ。死に際に、あいつと出会えて良かった。俺たちが壊してしまった未来を、たの、む、ぞ……」
それきり肉塊はもう動くことはなかった。
「ーーー何が起きた」
現場に到着したトルバはまず憔悴したアニール、魂の抜け殻となった団員たち、次いでエルベンとその隊員たちを見回す。
「あいつだ、バルトの部下の女に逃げられた。あいつ変な魔力を持ってやがった。アニールは……おい、いけるか?」
名を呼ばれて顔を上げたアニールは、しかし蒼白した顔のまま変に汗をかいている。
「あ、ああ。ま、まず頭領を探さないとな。で、た、隊員はだれかいないのか」
「ーーー切り替えろ、アニール!」
エルベンにぴしゃりと叱られ、殴られたように顔を上げるアニール。彼女は震える瞳で死体をひとつひとつ確認し、もうどうしようもないことを悟る。
「……し、死んでしまったものはしかたない。私は団長だ。う、鼠衆会の頭領を探し出せ」
上擦った声。焦点の定まらない瞳孔。震える指先。倒れかける彼女の身体をエルベンが受け止める。
「……こりゃ仕方ねえ。トルバさん、アニールを頼む。少しの間だけ俺が団長代理を務める」
「わかった。1番高いところの部屋に頭領はいる。いけ」
何か思うところがあるのか、ウインダムスがアニールを見て少し顔を曇らせる。エルベン隊が走って姿を消した後、トルバは休憩室であろう部屋の地べたにアニールを座らせる。
「……あのとき、逃げろと命じておけば、みんなは……私のせいだ……」
そう呟くのを耳にしたトルバは、深いため息をつく。
(こりゃ根深いな。……アニールみたいなのは戦争でたくさん見てきた)
ふぅ、と胸に溜まった息を吐き出す。
(一朝一夕の説得や同情じゃ直らねえ。下手すりゃ一生か)
トルバは未来を憂い、視線を上げる。




