鼠衆会との決戦Ⅰ
鼠衆会が本拠地とするハルマハ砦はとても堅牢な造りになっている。かつて、小国だったル・ラール国が大国エイジリアを何度も退けた、難攻不落の石砦。トカレスカ騎士団の斥候の話では、砦の中には野盗しかおらず敵は既に臨戦体制でバリスタなどの防衛設備も動かしているようだった。
そんなことはトカレスカ騎士団とメルカ聖軍の両陣営には百も承知だった。山脈の合間を塞ぐようにして森の中に鎮座する砦を崩すために、両軍は今まさに作戦行動を開始したーーー
トカレスカ騎士団とメルカ聖軍の行動開始から一週間後。未だに両軍の兵が動く気配はなかった。
「どうなっている……」
そう呟いたのは、鼠衆会のボスにしてかつてのエイジリア王国の将、マゼランだ。肥え太ったお腹を撫でながら、マゼランは側近に目配せをする。ーーー視線を向けられた元十傑が一人『天下る光のライティア』が答える。
「まあ、そう慌てなさるな大将。あいつらが小細工をしているだろうことは状況からして確実。しかし事を急いで打って出れば逆に彼らの思い通りになると仰せたのは他ならぬ大将でしょう』
「うむ、その通りだ。……それに、たとえここで動いて我々が勝ったとしても、それでは……」
マゼランが先の言葉を紡ぐより早く、謁見室に下っぱの野盗が慌てて走って来た。
「たっ、たっ、大将! 火、火が……!」
「ええい、落ち着いて申せ!」
「ーーーこの砦、火に囲まれています!」
「なんじゃと!」
「大将はここでお待ちを。このライティアが様子を見、適切に指揮してまいりますゆえ」
ライティアが重い腰を上げ、錆び付いた剣を佩いて謁見室を出る。
「まんまと出し抜かれたな、騎士団と聖軍に」
ライティアが謁見室を出た先に、女呪術師にしてバルド・ゴルディアの仲間であるルラルトがいた。彼女は背を壁に預け、呆れたような表情でライティアを見下している。当のバルドは数日前から姿を消している。
「……小娘が、今ここで首を落としてやってもいいのだぞ?」
「おっかないな。それにしても相手に出し抜かれるとは知将マゼランも衰えたものだな。それともーーー」
「言うな。その先は言うな」
ライティアの目が充血する。怒りを懸命に抑えているのだ。
「……口を慎んでおこう。それより、私はアニール・トカレスカとやらに興味があるから協力してやらないでもない。アニールが攻め込んできたら、あいつの相手は私に任せろ。それが条件だ」
「は? 何か因縁でもあったか?」
「エイジリア人には分からない事だよ」
「……肝に銘じておこう」
それ以上時間が惜しかったライティアが奔走する。その後ろ姿を眺めながらルラルトは杖に纏う布を解く。
「こ、これは……!」
黒煙が砦を囲んでいる。砦が大火に囲まれているのだ。
「そ、そう来たか、騎士団と聖軍め……!」
ライティアが悔しそうに臍を噛みながら、野盗たちの様子を見回す。ーーーほぼ全員がパニックになっている。ある者は井戸水を一生懸命汲み出し、またある者は火のついてない逃げ道がないか探し出そうとしている。
「皆の者、鎮まれ! この砦は石造であるぞ、決して燃えるようなことはない! 自然に鎮火するまで待て!」
だが野盗たちは鎮まらない。あらゆる者が方々を駆け回り、暴動にまで発展した所もあった。
「くそ、王国軍時代なら、まだ忠誠があった時代なら……いや、今更悔やんでも遅いか。斯くなる上は……」
ライディアが背後に気配を感じ、振り返る。そこには、ライティアと命運をこれまで共にした直属の部下たちがいた。
「ーーーライティア殿、どうかご命令を。我々に死に場所を下され」
「よし。俺の命令のようにしろ。ーーー死んで来い、俺もすぐ逝く」
「けっこう効いているな」
ぼそりとエルベンが呟く。遠目に砦を見下ろすその内情はありありと読み取れた。その報告は丘の下で攻撃の準備を進めているアニール達やメルカ聖軍の耳にも届いた。多くの者は作戦が上手くいっていることを喜んだが、一部の指揮者たちは顔色を変えなかった。
「私は戦のことは分からない。だから教えてくれないか、アルト殿。この戦は上手くいっているのか?」
「ーーー上手くいっているよ、アニール団長。だが、この前にも申し上げた通り、この火攻めだけでは決定打になりません。大火で敵はパニックになり、黒煙で多少は身体を害する者も出るでしょう。しかし、大火が燃え静まった暁には未だ健在な石砦が姿を現すのみです」
「……では、やはり本命の作戦は続行か」
「ええ。ーーーむしろ、火攻めの本来の目的は撹乱にあります。パニックを期待していたわけでもない。ただ、この混沌とした風の流れが欲しかったのです」
そう言ってアルトが指を上にかざす。大火によって巻き起こされた、混沌とした風の流れが辺り一遍を暴れ回っている。大木が揺れ、草葉が散り荒れる。その影響は地面にまでも微震という結果として届いている。
「ーーーさあ、どうした! 穴を掘り続けろ! 手を止めるな!」
火攻め成功の報告で一度手が止まった部下どもにアニールが檄を飛ばす。
「……やはり、そうか」
ライティアは水を満たした水瓶に葉を浮かせ、それを見守る。ーーーだが、大火のせいで巻き起こった暴風が砦の壁や地面にぶつかって微震となり、微震が細かな波紋となって水面を忙しなく伝播する。
「これでは、どの方角から穴を掘って攻めてくるか分からん。ーーーとすれば、やはり前もって地面の脆い場所を部下に任せたのは正解だった」
だが、必ずしも脆いポイントを掘り進めて来るとは限らない。時間を掛けてでも硬いポイントを掘ってくるケースも考えられる。それに、地下を掘り進めて城壁を崩して来ることも考えられる。ライティアの指揮はあくまでも応急処置のものでしかない。
「それに、トカレスカ騎士団には”光亡き地のトルバ”がいる、か……」
これも伝令によって手に入った情報である。
「ーーーヤツは狭い穴の中を、他の雑魚と一緒に進んでくる奴じゃない。となれば、アイツが出てくるのは正面堂々、扉の上を超えて来るだろうな……よし」
そこまで独り言を言ってライティアが槍を持ち直し、砦の真正面にてトルバを待つ。
「……そろそろ掘りきれるか」
「はい、騎士団長。……いよいよですね」
現在、騎士団と聖軍は砦の真地下まで掘り進めている。あとは、地上へ続く穴を掘るだけだ。
「過去にさんざん掘られて脆くなった層があって助かりましたね、アニール騎士団長」
アナクレオニア将軍が笑みを湛えながら言う。アニールは無言で頷く。
「ーーーもうすぐで地上に出ます。皆さん、戦闘準備して下さい!」
地中を掘り進めている者がシャベルで掘り分けながら言う。アニール達が全員抜刀し、地上に出る時を伺う。
ーーーバゴォン! 砦の固い床を砕く音がした。掘り進めた地下道に光が差し込む。
「全員、抜剣!! ーーー突撃だ!!!」




