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その幸せを希う  作者: 雲居瑞香
第9章【6月・誰がための戦い】
97/124

【9】












 これからアッカーソン公爵家の夜会に行くのだが、そういえばメイは、夜会のために着飾るのは初めてだった。去年は侍女替わりであったし。身なりは整えたが、着飾ったわけではない。

 庭の件でもそうだが、メイは自分のセンスを信用していないため、すべて丸投げした。メイは上背があるため、ドレスはほぼ完全オーダーメイドである。一応、王都に来ると決まった時に発注はかけてあった。メイ自身は爵位を返上した元男爵令嬢であるが、ギルバートは公爵で、メイもその視点で行くならギルバートの親戚になる。加減が難しい。


 結局菫色のドレスに身を包んだメイは、半分死んだ目でギルバートと対面した。


「そんな顔しなくても、似合ってるぞ」

「ありがとう。そうじゃなくて、疲れただけ」

 もう、勢いがすごかった。セアラが来られないところに、着飾ってよい、と言われたメイが放り込まれたのだ。メイは特に侍女を連れていないが、この屋敷にいるメイドたちが喜んで支度を手伝ってくれたわけだ。

「ああ、まあ、うん。みんなすごい勢いだったもんな」

 主人の妻ではないとはいえ、その親族にあたる女性を着飾らせて良い。しかも、今は侍女がいないので自分たちでやっていい、と言われてメイドたちは奮起したのだ。


「もはや面影がない気がする」

「そうか? 化粧はそんなにされてないと思うぞ。まあ、ルーシャンに比べたら普通かもしれないけど、お前、ちゃんと整った顔立ちしてるもんな」


 憔悴しきったメイが気の毒になったのかわからないが、普段はメイに対して結構失礼なギルバートも、この時は優し気な声をかけた。メイもさすがに持ち直してきてうなずいて礼を言った。

「ありがとう、ギルバート様」

「ギルでもいいぞ。エドのことをエド様って呼んでたんだろ。めっちゃ自慢された」

 なんでだ。何を張り合っているのか。そして、なぜ自慢するに至るのか。眉をひそめたメイにギルバートは笑って手を差し出した。

「ま、お前の好きなように呼べばいいか。ほら、行こう」

「了解です」

「そういえば、靴はハイヒールではないんだな」

「ご所望なら履き替えてくるけど」

「いや、いい。なんかすまん……」

「これは私の背が高いのが悪いと思う」

 動きやすくてよい、と思うしかない。ドレスにはハイヒールを合わせた方がきれいに見えるのだが、どうしてもメイの身長では無理だ。エスコートする相手の身長を超えてしまう。なので、今はかかとに高さのない靴で間に合わせていた。

「お前用のそういう靴も作った方がいいだろうな」

「そんなに履かないと思うけど」

「いや、王都にいる以上必要だろ」

 こういうところが貴族思考だな、と思うメイである。そういう彼女は、金持ちな下級貴族の生まれであるが。


 アッカーソン公爵家は王都の宮殿近くに屋敷を構えていた。シズリー公爵家もなかなかの屋敷が前であるが、アッカーソン公爵家はそれを超えている。さすがのメイも目を見開いた。

「お前の驚いた顔は見ものだけど、行くからな」

 何度か訪れたことのあるギルバートに突っ込みを入れられつつ、エスコートされて正面から屋敷に入る。多くの人が訪れていて、メイたちもその人ごみにまぎれた。

「思わず、屋敷の見取り図を考えてしまった」

「なんでだよ。お前の頭の中はどうなってるんだよ」

 実際には歩いてみないとわからないが、外からある程度つくりを把握することはできる。貴族の屋敷のつくりなど、そう大して違わないものだ。

 会場のホールに入ると、人が多くて思わずギルバートにしがみついた。ギルバートが軽く笑う。


「大丈夫大丈夫。アッカーソン公爵の威信にかけて、変なことする奴はいないって」


 どうやら男性恐怖症が発症したと思われたらしい。人の多さに引いただけだ。

 シズリー家は曲がりなりにも公爵家であるので、かなり早い段階でホストのアッカーソン公爵夫妻にあいさつに伺った。

「これはシズリー公爵。楽しんでおられるかな」

 愛想よくアッカーソン公爵が挨拶をした。年齢は、メイやギルバートの父が生きていれば、これくらいの年だろうか。しゃっきりした中年男性である。

「お招きいただき、ありがとうございます、アッカーソン公爵。良い夜ですね」

 ギルバートもにこやかに挨拶をする。メイも何とか微笑んで、ギルバートの側に控えている。ギルバートを見上げてアッカーソン公爵夫人が品よく微笑んだ。

「こんばんは、シズリー公爵。相変わらず男前ねぇ」

 いくつになっても女性はいい男が好きなのだ、と言っていたのは誰だっただろうか。確かに、顔だけ見ればギルバートは男前である。


「ところでこちらのお嬢さんは? 随分すらりとした方ねぇ」


 事実であるので、反論できない。むしろ、言葉を選んでくれたことに感謝すべきだろう。しかも、華奢だが胸もない。

「ああ、いとこのメアリだ。妻が不在なので、代理を頼んだんだ」

 またいとこである。最近、いとこだと言われすぎて、自分でもわからなくなってきたではないか。

「メアリ、ご挨拶を」

「メアリと申します。お目にかかれて光栄です」

 できるだけ丁寧にカーテシーを行うが、頭の高さがアッカーソン公爵夫人より低くならない。いくら何でも自分、背が高すぎるだろう。


「どちらのメアリさんかしら」


 ツッコまれて尋ねられ、メイはギルバートを見上げた。ギルバートがさらりと言う。

「メアリ・アストレア・ウィンザーだ」

「……確か、去年もいなかったか?」

 アッカーソン公爵が怪訝そうに言った。記憶力がすごい。

「ええ。王妃陛下のお目に留まったようで」

 嘘ではない。セアラの侍女兼護衛として同行していたのだが、王妃の目に留まったのも確かだ。アッカーソン公爵がわずかに反応した。

「……なるほどな」

 低い声にメイは思わずギルバートの腕をつかむ。表情もこわばったのが自分でもわかった。アッカーソン公爵夫人が微笑む。

「そんなに怖い声を出すものではないわ、あなた。ごめんなさいね、メアリさん」

「いいえ。見かけのわりに小心者で。ご夫妻にご挨拶したい方たちがそわそわしているようなので、ここで失礼いたします」

「ああ……すまなかったな。レディ・メアリ」

 ギルバートがうまく切り抜けてくれたので、その場を離れることに成功した。端の方へ移動したギルバートがメイを心配そうにのぞき込んだ。

「大丈夫か?」

「ごめん。大丈夫」

 少し驚いただけだ。ギルバートは疑わしそうにメイを休憩用のソファに座らせた。給仕に細いグラスをもらったが、もらってからはっとしたようだ。

「お前、禁酒命令は?」

「いつも禁酒させられてるみたいに言わないでよ」

 通常は飲める。去年は胃をやられたり大けがをしたりで、確かに禁酒命令が出ていたが。

 受け取ったグラスに入っていたのはワインだった。これくらいの酒精ならメイは酔わない。グラスの細工が見事でメイは思わず眺めてしまった。

「大陸の細工だな。見事だ」

「さすがは大貴族って感じだね」

 メイもうなずく。つぶやきを拾われたギルバートは、「そういえばお前、商家の娘だったな」と苦笑した。


「うちも海があればなぁ」

「海があるからと言って、港に適しているとは限らないけどね」


 地形とか、海の深さとか、いろいろあるのだ。ギルバートは眉を顰める。


「お前、ついに土木事業にまで手を出すのか。ひとまず、オーダーを維持してくれれば十分なんだが」


 さすがのメイも土木事業に関してはわからない。空間認識能力が高いので、建物の見取り図はかけるが設計図はかけない。ただ、知識としては戦術を立てる際に必要な時があるので知っているだけだ。

「まあ、言われても俺もわかんないんだけど。大丈夫そうなら、一曲くらい踊ってから帰らないか」

 あまり目立たずに帰ると、それはそれで公爵のギルバートは外聞が悪いらしい。なので、メイはギルバートの手を取ると立ち上がった。

「おみ足を踏んでしまったら、申し訳ありません」

 先に謝っておく。体幹がしっかりしているし、運動神経もいい方だし、練習もしてきたので大丈夫だとは思うが、付け焼刃には変わりない。

「……まあ、かかとの低い靴だから踏まれても大丈夫だろう」


 踏まれること前提でギルバートが言った。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。



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