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その幸せを希う  作者: 雲居瑞香
第9章【6月・誰がための戦い】
96/124

【8】













 予定はない、と言っていたメイだが、彼女は宮殿にある図書館に来ていた。ギルバートは議会に出席中なので、それが終わるのを待っている、という体である。

 貴族名鑑最新版に目を通し、地図を確認する。この地図と言うやつも、おそらく正確ではない。なので、メイは現場を歩くことが多いのだ。まあ、彼女の高い空間認識能力があるからできることではある。

 宮殿の図書館には、各地の特色などを記録した本なども納められている。その地域の特色がわかれば、その場所をおさめる貴族の傾向も見えてくる。


「レディ・メアリ?」


 メアリさんはこの国でよくある名前だが、聞き覚えのある声だったので顔を上げる。

「ああ……カートライト将軍。お久しぶりです」

「お久しぶりです。いらしていたのですね……」

 ジーンの父のオスカーだ。彼は王立軍の将軍なので、王都にいることは全くおかしいことでない。ギルバートが王都に来たことは聞いているだろうが、メイが同行していることは知らなかったようだ。


「まあ、成り行きで。ジーンは来ていません」


 彼の息子なら、今頃西部の森の中だろう。メイがそちらの方へ派遣したので。後は自己判断、どうしようもなければアシュリーから命令が行くだろう。


「ああ、息子に会いたいわけではありませんよ。あれもレディの命で動いている方が幸せでしょう」


 苦笑気味にオスカーは言うが、メイはそうだろうか、と怪訝に思ってしまった。先日も盛大に文句を言って出て言ったばかりだが。


「私も妻にあれこれ言われている方が幸せでしたからね」

「あー……」


 さすがのメイも反応に困った。第三者から見てジーンが父親のオスカーと似ていることは事実だ。だが、オスカーの妻は精神を病んで病院に長期入院している。回復したとは聞かないので、そのままなのだろう。


 これに、なんと答えろと?


「すみません。困らせましたね」

「……いえ」

 顔に出ていたのだろう。オスカーは苦笑して謝罪を口にした。それから「何かお困りでしたら、相談してください」と微笑んで書架を見に行った。紳士である。というか、休暇中か何かだろうか。軍服ではなかった。

 メイは手元の地図に目を落とした。この国のおおよその地図は、頭の中に入ってはいるが。

 メイは目を閉じて息を吐き、本を閉じた。本を返却し、図書館を出る。ギルバートの会議が終わるまでここにいるつもりだったが、先に出てきてしまった。先に帰る、と言ってもシズリー家の使用人たちは馬車を出してくれるだろう。二度手間になるが。


「あ、いたわ。アストレア」


 ひらひらと手を振るのはオーモンド伯爵夫人……ではなく、エイミーだ。いや、言い方の違いであって、同じ人物を示しているが。

「エイミー様」

「あら、エイミーと親しく呼んでくれていいのよ? ところで、時間はある? あるわよね? まだ議会は続いているもの」

 エイミーはメイの手を握るとにこにこと笑って言った。そのままメイを引っ張って歩かせながら言った。

「紛糾しているらしいわよ。もうしばらくかかるでしょうね」

「……エイミーはどこからそういう情報を聞いてくるのですか」

「ふふっ。議会中と言っても、誰も出入りしないわけではないものね」

 つまり、そうした使用人などから話を聞くのだろう。並んで歩きながらメイは目を細める。


 エイミーがメイを連れてきたのは、オーモンド伯爵家の王都の屋敷だった。ちなみに、エイミーは二児の母である。

「二人とも、母の友達のアストレアよ。ご挨拶なさい」

「こんにちは、レディ・アストレア」

「はい、こんにちは。お邪魔します」

 少し身をかがめてメイは子供たちにあいさつをした。上の子は十歳手前、下の子は五歳前後だろうか。二人とも男の子なのだが、上の子、ジョージがメイを見上げて言った。

「女の人にしては大きいね」

「こら、ジョージ」

 エイミーがぱちん、と息子の頭をたたく。ジョージはむっとむくれた。メイは苦笑する。


「そうだね。私より大きくなれるといいね、ジョージ」


 一般的な男性よりも背の高いメイに言われて、ジョージはさらにむくれた。エイミーなどは真剣な表情だ。

「どうかしら。デイヴもそれほど背が高いわけではないのよ」

 確かに、並んだ時メイとさほど背が変わらなかった。まあ、平均的と言えばそうであるが。ちなみにエイミーもそれほど背が高い方ではないだろう。

「メイ、いい方法知らない?」

「寡聞にして、存じ上げません」

「あなたが言うということは、本当にないのかしら……」

「私が知らないだけかもしれません。皆さん、私をなんだと思っているんです」

「シズリー公爵の参謀かしら」

 あながち間違いではない。子供たちと別れ、オーモンド伯爵家の庭に案内された。初夏の時期だ。花が咲き誇っている。

「見事ですね」

「そういってもらえると嬉しいわ」

 多くの家のように、庭の管理は女主人のエイミーが行っているようだ。シズリー公爵家も、基本的にはセアラが管理していた。今回は王都に来ていないので、セアラにメイがしたければ好きにしていいと言われたが、自分のセンスが信じられなかったのでやめた。


「王妃様と王子殿下たちは裏で動いているようね。王妃様は暇を見つけて貴族のご婦人やご令嬢、中流階級の女性たちとも交流を持っているわ」


 根回しか。エイミーはこの話をするためにメイを屋敷まで連れてきたらしい。エイミーは振り返って微笑んだ。

「みんな様子をうかがっているわ。どちらが勝つか。……あなたはどう思う?」

「さあ……情報が少なすぎますから」

「うっかり口を滑らせてくれないのね」

 詰まらなさそうに肩をすくめ、花を一輪手折ったエイミーは、それをメイの耳の上に差した。

「似合う似合う」

「適当に言ってませんか」

 性格に見合わず優し気な顔立ちのメイだが、何分背が高く、表情に内面が出てしまっている。なので、素直に似合うと喜べないのだが。

「そうね。とりあえず、似合う、可愛い、って言っておけば間違いないもの」

「確かに」

 褒められて喜ばない人は滅多にいないだろう。メイのように猜疑心の強い人間が、素直に喜べないくらいである。


 屋敷の方のサロンに戻っておしゃべりをしていると、ギルバートが迎えに来た。

「なんでギルバート様」

「迎えに来たんだよ! お前を!!」

 怒られた。途中で乱入してきたジョージが「怒られてる」とメイを笑った。うん、怒られた。

「わざわざいらっしゃらなくても、送っていきましたのに」

 エイミーが笑いながらギルバートに言った。むしろ、歩いて帰れる距離だが、歩いている方が目立つ貴族街である。去年ならお付きの立場だったのだが、今年はそうではないので不用意なことはできない。


「いや、送っていただかなくても、自分で帰ります」


 結局言った。ギルバートは「そう言うと思ったから迎えに来たの」とあきれたように言った。なるほど。

「お前、頭いいけど抜けてるよな」

「最近は作戦立案に全振りしてる感じはある」

 つまり、能力の振り分けがおかしいのだ。最近、お菓子も作っていない。パイとか作りたい。


 また遊びに行きましょうね、と言うエイミーと夫のデイヴィッドと手を振って別れ、メイはギルバートの馬車に乗り込んだ。さりげなく進行方向に向かって座る方を譲ってもらった。

「議会は? エイミーが紛糾している、って言っていたけど」

「紛糾したぞ。お前の予想通り、地方でちょっとした動乱が起きてるな。裏で煽ってるやつがいる。……てかお前、本当にオーモンド伯爵夫人と仲良くなったんだな……」

「まあ、成り行きで」

 ちょっと親切すぎる気もするが、メイの母にお世話になった、と言っているので判断しづらくはある。おそらく、ただの親切な人だ。

「それで、地方で動乱が起きてるってことは、陛下の手腕が疑問視されているわけだ」

「……まあ、そういうことだな。直接そうはいっていなかったが、そういうことだと思う」

「君主は調停者であることを求められるからね……そういう意味では、ジョージ・エヴァン二世陛下は理想的な君主ではある」

「おおう……不敬なうえに辛口」

 ギルバートの反応が面白い。いや、確かに不遜なことを言っているメイであるが。これでも言葉を選んでいる。ある意味、ジョージ・エヴァン二世は事なかれ主義者なのだ。

 しかし、それでも王と言う抑止力が弱まっている今。王妃と王子たちの手腕が問われているのではないかと思える。


 よほどの邪魔がない限り、ウィリアムがうまく収めるとは思うのだが。














ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


何度も言うが、ジーンはがっつり父親似。


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