【8】
予定はない、と言っていたメイだが、彼女は宮殿にある図書館に来ていた。ギルバートは議会に出席中なので、それが終わるのを待っている、という体である。
貴族名鑑最新版に目を通し、地図を確認する。この地図と言うやつも、おそらく正確ではない。なので、メイは現場を歩くことが多いのだ。まあ、彼女の高い空間認識能力があるからできることではある。
宮殿の図書館には、各地の特色などを記録した本なども納められている。その地域の特色がわかれば、その場所をおさめる貴族の傾向も見えてくる。
「レディ・メアリ?」
メアリさんはこの国でよくある名前だが、聞き覚えのある声だったので顔を上げる。
「ああ……カートライト将軍。お久しぶりです」
「お久しぶりです。いらしていたのですね……」
ジーンの父のオスカーだ。彼は王立軍の将軍なので、王都にいることは全くおかしいことでない。ギルバートが王都に来たことは聞いているだろうが、メイが同行していることは知らなかったようだ。
「まあ、成り行きで。ジーンは来ていません」
彼の息子なら、今頃西部の森の中だろう。メイがそちらの方へ派遣したので。後は自己判断、どうしようもなければアシュリーから命令が行くだろう。
「ああ、息子に会いたいわけではありませんよ。あれもレディの命で動いている方が幸せでしょう」
苦笑気味にオスカーは言うが、メイはそうだろうか、と怪訝に思ってしまった。先日も盛大に文句を言って出て言ったばかりだが。
「私も妻にあれこれ言われている方が幸せでしたからね」
「あー……」
さすがのメイも反応に困った。第三者から見てジーンが父親のオスカーと似ていることは事実だ。だが、オスカーの妻は精神を病んで病院に長期入院している。回復したとは聞かないので、そのままなのだろう。
これに、なんと答えろと?
「すみません。困らせましたね」
「……いえ」
顔に出ていたのだろう。オスカーは苦笑して謝罪を口にした。それから「何かお困りでしたら、相談してください」と微笑んで書架を見に行った。紳士である。というか、休暇中か何かだろうか。軍服ではなかった。
メイは手元の地図に目を落とした。この国のおおよその地図は、頭の中に入ってはいるが。
メイは目を閉じて息を吐き、本を閉じた。本を返却し、図書館を出る。ギルバートの会議が終わるまでここにいるつもりだったが、先に出てきてしまった。先に帰る、と言ってもシズリー家の使用人たちは馬車を出してくれるだろう。二度手間になるが。
「あ、いたわ。アストレア」
ひらひらと手を振るのはオーモンド伯爵夫人……ではなく、エイミーだ。いや、言い方の違いであって、同じ人物を示しているが。
「エイミー様」
「あら、エイミーと親しく呼んでくれていいのよ? ところで、時間はある? あるわよね? まだ議会は続いているもの」
エイミーはメイの手を握るとにこにこと笑って言った。そのままメイを引っ張って歩かせながら言った。
「紛糾しているらしいわよ。もうしばらくかかるでしょうね」
「……エイミーはどこからそういう情報を聞いてくるのですか」
「ふふっ。議会中と言っても、誰も出入りしないわけではないものね」
つまり、そうした使用人などから話を聞くのだろう。並んで歩きながらメイは目を細める。
エイミーがメイを連れてきたのは、オーモンド伯爵家の王都の屋敷だった。ちなみに、エイミーは二児の母である。
「二人とも、母の友達のアストレアよ。ご挨拶なさい」
「こんにちは、レディ・アストレア」
「はい、こんにちは。お邪魔します」
少し身をかがめてメイは子供たちにあいさつをした。上の子は十歳手前、下の子は五歳前後だろうか。二人とも男の子なのだが、上の子、ジョージがメイを見上げて言った。
「女の人にしては大きいね」
「こら、ジョージ」
エイミーがぱちん、と息子の頭をたたく。ジョージはむっとむくれた。メイは苦笑する。
「そうだね。私より大きくなれるといいね、ジョージ」
一般的な男性よりも背の高いメイに言われて、ジョージはさらにむくれた。エイミーなどは真剣な表情だ。
「どうかしら。デイヴもそれほど背が高いわけではないのよ」
確かに、並んだ時メイとさほど背が変わらなかった。まあ、平均的と言えばそうであるが。ちなみにエイミーもそれほど背が高い方ではないだろう。
「メイ、いい方法知らない?」
「寡聞にして、存じ上げません」
「あなたが言うということは、本当にないのかしら……」
「私が知らないだけかもしれません。皆さん、私をなんだと思っているんです」
「シズリー公爵の参謀かしら」
あながち間違いではない。子供たちと別れ、オーモンド伯爵家の庭に案内された。初夏の時期だ。花が咲き誇っている。
「見事ですね」
「そういってもらえると嬉しいわ」
多くの家のように、庭の管理は女主人のエイミーが行っているようだ。シズリー公爵家も、基本的にはセアラが管理していた。今回は王都に来ていないので、セアラにメイがしたければ好きにしていいと言われたが、自分のセンスが信じられなかったのでやめた。
「王妃様と王子殿下たちは裏で動いているようね。王妃様は暇を見つけて貴族のご婦人やご令嬢、中流階級の女性たちとも交流を持っているわ」
根回しか。エイミーはこの話をするためにメイを屋敷まで連れてきたらしい。エイミーは振り返って微笑んだ。
「みんな様子をうかがっているわ。どちらが勝つか。……あなたはどう思う?」
「さあ……情報が少なすぎますから」
「うっかり口を滑らせてくれないのね」
詰まらなさそうに肩をすくめ、花を一輪手折ったエイミーは、それをメイの耳の上に差した。
「似合う似合う」
「適当に言ってませんか」
性格に見合わず優し気な顔立ちのメイだが、何分背が高く、表情に内面が出てしまっている。なので、素直に似合うと喜べないのだが。
「そうね。とりあえず、似合う、可愛い、って言っておけば間違いないもの」
「確かに」
褒められて喜ばない人は滅多にいないだろう。メイのように猜疑心の強い人間が、素直に喜べないくらいである。
屋敷の方のサロンに戻っておしゃべりをしていると、ギルバートが迎えに来た。
「なんでギルバート様」
「迎えに来たんだよ! お前を!!」
怒られた。途中で乱入してきたジョージが「怒られてる」とメイを笑った。うん、怒られた。
「わざわざいらっしゃらなくても、送っていきましたのに」
エイミーが笑いながらギルバートに言った。むしろ、歩いて帰れる距離だが、歩いている方が目立つ貴族街である。去年ならお付きの立場だったのだが、今年はそうではないので不用意なことはできない。
「いや、送っていただかなくても、自分で帰ります」
結局言った。ギルバートは「そう言うと思ったから迎えに来たの」とあきれたように言った。なるほど。
「お前、頭いいけど抜けてるよな」
「最近は作戦立案に全振りしてる感じはある」
つまり、能力の振り分けがおかしいのだ。最近、お菓子も作っていない。パイとか作りたい。
また遊びに行きましょうね、と言うエイミーと夫のデイヴィッドと手を振って別れ、メイはギルバートの馬車に乗り込んだ。さりげなく進行方向に向かって座る方を譲ってもらった。
「議会は? エイミーが紛糾している、って言っていたけど」
「紛糾したぞ。お前の予想通り、地方でちょっとした動乱が起きてるな。裏で煽ってるやつがいる。……てかお前、本当にオーモンド伯爵夫人と仲良くなったんだな……」
「まあ、成り行きで」
ちょっと親切すぎる気もするが、メイの母にお世話になった、と言っているので判断しづらくはある。おそらく、ただの親切な人だ。
「それで、地方で動乱が起きてるってことは、陛下の手腕が疑問視されているわけだ」
「……まあ、そういうことだな。直接そうはいっていなかったが、そういうことだと思う」
「君主は調停者であることを求められるからね……そういう意味では、ジョージ・エヴァン二世陛下は理想的な君主ではある」
「おおう……不敬なうえに辛口」
ギルバートの反応が面白い。いや、確かに不遜なことを言っているメイであるが。これでも言葉を選んでいる。ある意味、ジョージ・エヴァン二世は事なかれ主義者なのだ。
しかし、それでも王と言う抑止力が弱まっている今。王妃と王子たちの手腕が問われているのではないかと思える。
よほどの邪魔がない限り、ウィリアムがうまく収めるとは思うのだが。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
何度も言うが、ジーンはがっつり父親似。




