【7】
前回あった謁見が今回なかったのは、やはり王の容体がよくないからのようだ。もともとその傾向はあったが、王妃メアリ・エレノアが取り仕切っているようだ。
実をいうと、メイの調査の力は普通だ。彼女の能力はそれらの事実を組み立てる方に特化している。とはいえ、普通に調査くらいはできるということでもある。
……とにかくだ。我らが国王陛下、ジョージ・エヴァン二世は可もなく不可もない国王だ。公平な人物で、政敵の意見を聞く度量もあるが、毒にも薬にもならない、旧例通りの国家運営を行っている、と言うといいだろう。というか、そういった革新的なことは王妃に丸投げしている気がする。だから王妃メアリ・エレノアはこの国の貴族に受けが悪いのだ。
すでに国外に嫁いでいる王女エリザベスはわからないが、双子の王子ウィリアムとエドワードは、どちらかと言うと母親に似ているように思える。おそらく、教育にかかわったのが母親の方なのだろう。
先ほども言ったように、ジョージ・エヴァン二世は、政敵であろうとその意見を聞く度量があるし、有益だと思えば自分に敵対する者の意見でも取り入れる。その結果が今のアルビオン王国である。
で、だ。ジョージ・エヴァン二世は父親から順当に王位を継承した。メイはそのころ生まれていないが、文献をひっくり返した限りでは、大きな騒乱は見当たらない。それは、彼が旧套体制に準じた考えの持ち主だったからではないだろうか。実際はそうでもないのだが、保守的な人たちからは、そう見えたに違いない。
だが、今はどうだろうか。革新的な王妃の影響を受けて育った王子たちは、やはり革新的な思考の持ち主だ。ウィリアムも、エドワードも、方向性は違うかもしれないがそうだ。彼らが王になるかもしれないとき、保守派の人間は何を思うだろうか。
「という状況と思われる」
「ああ、うん。おおむねそんな感じだろうな……」
詳しい説明を求められたため、メイがざっくり説明をすると、ギルバートはうんとうなずいた。
「確かに今の陛下の御代になってから、結構変わったもんな……それを王妃陛下のせいだって言いたいわけか」
「そう思っている人もいるということ。状況的に、そうとしか思えないのだけど……」
「ウィルとエドの対抗馬になっているのが、シーウェル公爵?」
「いや……たぶん、煽りはしただろうけど、本命ではないのではないかな。彼は確かに、王位に色気があるのかもしれない。だけれど、保守派から見れば彼は、十分革新的な思考の持ち主だよ」
「ああ……お前、スカウトされたんだっけ。行くなよ。……そうか、保守的な貴族にとっては女が前に出てくるのが許せないのか……」
「と言うより、女が自分たちより『できる』ことが許せないのでしょ」
メイはどちらかと言えば王妃たち側になるだろうか。ギルバートもそうだ。
「まあでも、そこらへんは私たちが関与するところではないよね。お家騒動なら、そこだけで存分にやってくれ」
「お前……ほんとにドライだよな」
ギルバートがマカロンを口に放り込む。
「俺たちは巻き込まれないように情勢を確認すればいいんだな。そうだよな。国王の黙認があるから、俺たちは活動できているわけであって、それがなくなると困るのは俺たちなんだよな……」
「別に国家的にグール狩りをしてくれるというのなら、それでもいい気がするけどね。質は下がるでしょうけど」
「それって保守派がのさばる前提だろ。お前を使えないじゃん」
「……確かに、難しいところではあるんだよね」
メイは眉をひそめて言う。
「結局今は、十二人会議で議決をとっているとはいえ、私のトップダウン形式なんだよね。だから、迅速な判断ができるわけで……組織規模が大きくなると、これが難しくなるんだよね。実際、難しくなりつつある。それに問題は、私がいなくなると途端に動けなくなること」
「先輩じゃまだ荷が重いだろうな……」
「あのキャラの濃さでうまく掌握しているような気もするけど」
「先輩もお前には言われたくないんじゃねーかな……まあ確かに個性は強いな」
リアン・オーダーは変人ばかりなので、意外となじんでいるかもしれない。
「うまく波に乗れるといいんだけど。私たちとしては、順当にウィリアム殿下が内政を掌握してくれればそれでいい話ではあるんだけどね」
「俺たち、どっちかっていうと革新派? ま、俺がウィルとエドの学友だもんな」
「友人って言ってあげなよ」
ウィリアムはわからないが、エドワードは突っ込んできそう。
「お前がわざわざ王都に来るってことは、そう簡単にいかなさげなんだろ。何が起こるつーんだ」
おもむろにメイは地図を取り出してきた。この国の略式地図である。
「お前、持ち歩いてんの?」
「前にルーにも聞かれた気がするけど、地理を把握するのは大事でしょ」
メイは近くにあったチェスの駒を引き寄せると、地図上に配置していく。
「勢力図としては、こんな感じだろうか。ああ、白い方が革新派、黒い方が保守派ね」
「ざっくり七対三くらいか? というか、こんな情報、どこから……」
「オーダーってのは全国に散らばってるからね。その集約された情報はどこに来ると思う?」
「……お前の元。そうか……」
ギルバートが愕然としたようにつぶやいた。そして、その集約され、精査された情報は、報告として彼の元へ行くのだが、気づいているのだろうか。
まあ、そういうことで、メイはこの国の各地の情勢をなんとなく把握できているのである。情報が多岐にわたるので、人によっては集まってきただけで終了してしまうだろうが、幸か不幸か、メイにはそれを精査して把握するだけの頭脳があった。
「中央はどうしてもウィリアム殿下が強いから、外堀を固めようとしているんだろう。北部はギルバート様が抑えているから、南部と西部が怪しいかな。実際、ブラックバーンは南部にあるけど、だいぶ浸食されているようだね。最も、実際に管理している人物はブラックバーンを活用できているとは言えないけど」
「お前……まさか、ブラックバーンに行くって言いだしたのも、それを確認するためか?」
「いや、これは成り行きで気づいただけだけど、事実からそんなに遠くないと思う」
「……俺は本当にお前が怖いよ」
「それは何度も聞いた」
メイは肩をすくめて言った。ギルバートが言うほどメイを怖がっているわけではないとわかっているので、メイも肩をすくめただけで終わることにした。
「……ウィルはそれがわかっていて、エドをブラックバーンに行かせたんだろうか」
「政治の中心部にいるウィリアム殿下は、末端が侵食されていることに気づいていたかもしれないね」
あわよくばエドワードに掌握させようとしたのかもしれないが、詳しいことはわからない。様子を見てくるくらいはさせているのだろう。メイをぶつければ、メイが状況を調べ上げるだろう、くらいの目論見はあったかもしれないが。
「でもつまりそれは、ウィルは中央を掌握して、かつ、地方も治めて事態を収拾するつもりがあるってことだろ」
「そうだね。ウィリアム殿下はことを荒立てずに事態を収拾するつもりがあるということだね。ウィリアム殿下にとっては正当な権利だもの」
「……規模は違うが、お前のところと同じだな。お前が権利を行使している、と言うことを考えれば、ある意味お前も『失敗していない』」
ギルバートの指摘に、「そういう考え方もあるね」とメイはさすがに苦笑した。彼の言う通り、規模は違うが同じお家騒動である。
「……確かに、状況を早急に把握するには王都に来た方がいい。けど、お前が王都に来たのはそれだけが理由じゃないよな。お前も狙われているからだ。だから、レニーもうちに預けていったんだろ」
ギルバートが確認するように言った。
「お前も狙われてるんだから、気をつけろよ」
「了解しているつもり」
メイのような能力を持っている人は少ないし、それを一定のレベルまで引き上げるには時間も金もかかる。それなら、初めからできる人間を連れてきた方が早い……そういうことなのだと思う。
ただ、保守派の皆様……ほとんどが古くから続く大貴族であるが、彼らがメイを使うか、と言われると微妙なところだ。むしろ、伝統を汚した、とか言って着られそう。斬られる前に逃げるが。どうも非合理的である。
「ところでお前、三日後、暇か? 暇だな?」
「まあ特に予定はないけど」
ギルバートの含んだような言い方が気になる。
「その日、アッカーソン公爵の屋敷で夜会がある。行ってこようぜ」
アッカーソン公爵。内務大臣。仕事のできる穏健な貴族だが、王妃の政策に反対を示したことがある。
「なるほど」
遠回しに言ったが、要は彼は保守派なのだ。
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