【12】
メイの問いかけに、アレンが苦笑した。
「お嬢様は、もう見当がついておられるのでは?」
メイが目を伏せる。どうやらその通りのようだ。少し離れたところで見守っていたエドワードが口を開く。
「お前たちの従兄、ベイジルだろ」
「正確には当時の黒幕はその父親でしょう。ベイジルも無関係ではないでしょうけど。事実、今回ブラックバーンにベイジルをかくまったのはアレンのはずです」
断言した。どこを見てそう言ったのかわからないが、メイがそういうのならそうなのだろう。店に入ったときに、何か気づいていたのかもしれない。
「……ええ。お嬢様のおっしゃる通りです。ベイジル様をかくまっておりました。ベイジル様は、お嬢様が爵位を返上されたことに大層立腹なさっておいでで……」
アレンの言葉に、やっぱりな、と思う。ということは、やはり爵位を狙ってグールをけしかけてきたのだ。ルーシャンとメイの両親が死ねば、貿易で財を成したウィンザー家の財産が手に入る……そう思っていたのに、メイが精算してしまった。そもそも、子供たちが生き残ったことも想定外だったのではないだろうか。メイの迅速な対応は、子供心に姉に対して反発を覚えていたが、間違ってはいなかったのだ。姉は、マールバラ親子から弟二人を安全圏に逃がし、自分も隠れた。
マールバラ親子はメイとルーシャン、レニーを取り逃がした。その時点で、彼らは失敗しているのだ。
……まあ、単純に考えれば、だけれど。ウィンザー本家の人間が全員死ねば爵位と財産が回ってくる、と考えるのは、ちょっと安易すぎる。少なくともメイならもっといい方法を取れるような気がする。
「……アレンは、どうしてベイジルたちに協力したの」
不意にルーシャンが尋ねた。言い訳になると思ったのか、アレンは口をつぐむ。というか、いつまで膝をついているのだろう。そこが気になるルーシャンだった。
「人質を取られていたんでしょ。あの時、ジェシカは身ごもっていたはずだね。無事に産まれていれば、八歳か九歳くらいか。その子はどうしている?」
アレンの娘さん……リズと言うらしいが、彼女は十五歳くらいだろう。アレンの妻ジェシカが、レニーの乳母だったと思うから、リズとレニーは同じくらいの年齢のはずなのだ。
その、下。ルーシャンは知らなかったが、もう一人子供がいたのか。まあ、メイのことだから、記録を読んで知っているだけの可能性もあるが。
「……死産でした。心労がたたったのだろうと、産婆が」
「そうか。それは気の毒だったな」
「お嬢様……」
「子供に罪はないからな」
「姉さん、ツンデレ」
また叩かれた。頭をさすりつつ、確認する。
「つまり、ベイジルに奥さんと……たぶん、娘さんを人質に取られてたんだ」
「はい……言い訳にしか、なりませんが」
誰にでも、その背景には物語があるのだ。かといって、メイの言う通り、ルーシャンたちの両親を死に追いやる手引きをしたことは、許されることではない。
「んで? 今回もそのベイジルってのが後ろにいるんだろ。つーか、かくまってたやつがここにいるって、今そいつ、どこにいるんだ?」
エドワードが王子様とは思えない口調でツッコミを入れた。そして、問いかけられたメイは「ここでしょう」と自分の足元を指さす。
「ここって、この屋敷か?」
「ええ。エド様、そのつもりで私たちを連れてきたのではないのですか」
「……今日行くことにしたのは俺だけど、絶対にお前を連れて行けと言ったのはウィルだ」
「そんなことだろうと思いました」
「怖っ! ウィルもお前も怖いんだよ!」
ぽんぽんとエドワードとメイの間で会話が交わされる。ドン引きしてきたエドワードに、メイは眉を動かした、その瞬間。あれ、とルーシャンが思ったときには、メイはすでに抜刀していた。アレンが蹴り飛ばされ、その場所に踏み込んで抜刀したと思われる。アレンが床に倒れこむ音と、床に金属が落ちる音。見ると、銃弾だった。え、これを見切ったの?
「いつから気づいていた、メアリ」
「ここに戻ってきたときから、来るだろうと思っていた。ここは私たちの始まりの場所で、お前の狙いは私だろうからね、ベイジル」
メイに向かって銃を向けるベイジルが、廊下の向こうに見えた。ルーシャンはブルーノに頭を押さえられて床に伏せていた。顔だけあげて、ベイジルと対峙しているメイを見た。メイは刀を構えている。間合いはベイジルの方が広いが、どう考えてもメイの方が強い。
「お前、どうやってグールを操ってるの?」
メイの方が余裕がある。ベイジルは「教えると思っているのか」と突っぱねた。そりゃそうだ。ルーシャンはブルーノに立たされながら心の中でツッコみを入れた。
「いや。教えてくれたら私の手間が省けると言うだけだ」
と言うと言うことは、メイは大体のあたりはつけているのか。自他ともに認める変人のメイは、同僚のグレアムをマッドサイエンティストと言ってはばからないが、彼がグールを研究することには肯定的だ。その点から見ても、グールを操る……まではいかなくても、それなりに思い通りに動かす方法を見つけているのかもしれない。
「もう爵位も返上してしまったし、資産だって清算してしまった。これを狙っていたのなら私を恨む気持ちは理解できないではないけど、もう過ぎてしまったことでどうしようもない。今更、私をどうにかしても意味はないと思うけど」
その通りである。メイは合理主義者かもしれないが、そうではない人間だっているのだ。理解していても、納得できない人だっている。割り切れない人が、いる。事実、ベイジルは顔をゆがめた。
「お前の、お前たちのそういうところが憎らしかった! ずっと……!」
あ、これ、ルーシャンも勘定に入っているな、と思った。メイほどではないが、ルーシャンも合理主義な方ではある。
「もうお前が爵位を返したとか、資産を清算したとか、そんなことはどうでもいいんだよ! お前に勝てれば……!」
銃を持つ手が震えて、照準がぶれている。九年前、ぎりぎりのところとはいえ、メイに逃げ切られて逆恨みしたようだ。姉が資産を清算したことで恨んでいる人間は多かろうと思ったが、まさかの別角度。
ベイジルはメイより六歳年上である。それだけの年の差がありながら、おそらく、メイの方が優秀だろう。ルーシャンは自分のことを差し引いて考えているが、ベイジルは要するに、メイとルーシャンの姉弟に劣等感を抱いているのだ。自分の方が劣っていると認めたくなくて、こうして自分がメイより優れている、と証明しに来たのだ。
「要するに、あの男を捕らえればいいんだな」
急に脳筋なことを言いだしたのはジョシュだ。いや、その通りではあるが。ジョシュの言葉に反応したのか、震える手のままベイジルが引き金を引いた。照準がずれていることをわかっていたのだろう。メイは銃弾を無視して突っ込むと、刀の柄をジョシュに向かって振り下ろした。さすがにそれなりの武術の心得はあるのか、それは避けた。至近距離で放たれた銃弾をメイもよける。どんな反射神経だ。メイはそのままベイジルの銃を持った腕をひねり上げた。
「……お前、強いな……」
「相手がほぼ素人ですからね」
エドワードにしれっとそんな返しをしながら、メイはニーヴとブルーノに向かって叫ぶ。
「二人とも、来るぞ!」
ニーヴが弓に矢をつがえ、ブルーノが刀を鞘から抜いた、その時。
触手のようなものが廊下の向こうからこちらに向かってきた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




