【11】
宿屋のものより格段に良いシーツの感触を確かめながら目を覚ました。今日もブルーノの方が早かった。メイの方もニーヴが起こしているだろう。
ちょっと怪しまれながらエドワードが連れてきた使用人に朝食を提供してもらい、エドワードとやっぱり警戒しているジョシュとも合流して、リンメルの街の中心商業通りから住宅街の方へ向かう。その外れと言っていい場所に、ルーシャンとメイが幼いころに暮らした屋敷があった。
「うわぁ、懐かしいねぇ」
「そうだねぇ」
適当に返事をしながら、メイがエドワードから鍵を差し出される。
「一応、定期的に管理は入っていたから、それほど荒れていないはずだ。お前に開ける権利があると思う」
「……まあ、みんな入るんですけど」
と言いながらも、メイは素直にカギを受け取り、門を開けた。さすがに荒れた前庭を通って建物の入り口に。庭は基本的に、父が管理していた。貴族では夫人が管理することが多いそうだが、ルーシャンたちの母はあまりガーデニングのセンスはなかったようで、夫に任せきりだったのだ。メイは性格は父親に激似だが、才能に関しては母寄りなところも多い。
「立派なお屋敷ですねぇ」
「そうかぁ? ウィンザー男爵家って、貿易で財を成した資産家貴族だろ。それにしては小さい屋敷だと思うぞ」
「父が、つまり、最後のウィンザー男爵が、管理しやすい規模にしようと言うことで建築したのだと聞いた。元の屋敷はリンメルの中心の今病院になっているところ」
「でっか!」
感心していたブルーノと、ツッコミを入れていたジョシュが同じ反応をする。二人とも、その病院を見ているのだ。と言っても、あそこは半分孤児院や身寄りのないお年寄りの入居施設のようになっている。メイは反応の大きい二人に苦笑した。
「お前らの父親、商売が手広いな」
「半分委託管理でしたが」
エドワードにもそう返すメイに、ルーシャンは玄関扉を開けた姉の服の裾を引っ張る。
「僕、そういうの知らないんだけど」
「当然でしょ。私は財産処分の手続きを見ているんだからね」
「なるほど……」
別にうらやむことではなかった。さすがに十二歳では、父から詳しいことを聞いていなかったか。中に入る。パッと見おぼえている通りに……見えるが。
「家財が何もないな」
エドワードがルーシャンが思っていたことを突っ込んだ。
「当然です。売り払いました」
「姉さん、徹底してるね……」
家具は一部、リッジウェイ家で見たことがあるような気もする。だが、処分したのは確かなのだろう。飾ってあった置時計や絵画もない。それだけでがらんとして見えた。
エントランスから入り、食堂、リビング、書斎、ついでにメイやルーシャンの使っていた部屋も見る。うん、こんな感じだった。懐かしい。
「あ、屋根落ちてる」
「姉さんがやった跡だね」
「ここ、壁穴開いてる」
「それも姉さんだね」
二階を見て回っているとき、抜けた屋根と壊れた壁を見た。一応、雨が吹き込まないように板で塞いである。ついでに床もがたがただ。
「グールと持久戦だもんなぁ。家もボロボロになるよな、そりゃ」
エドワードは感心した調子だ。ルーシャンは引いているが。ルーシャンは二階の母の衣裳部屋を開いた。彼とレニーは、この衣裳部屋にかくまわれていた。衣裳部屋の中の、さらにクローゼットの中。扉を閉めるときのメイの顔を、今でも覚えている。
「メアリお嬢様」
衣裳部屋から顔を出すと、アレンが追ってきていた。彼はここの執事だったので、場所を知っていてもおかしくはないが。
彼はその場で膝をついて頭を下げた。東方で言う土下座の姿勢だ。
「申し訳ありません、お嬢様! 九年前、お屋敷にグールを手引きしたのは、私なんです……!」
「えっ」
ルーシャンは慌てて衣裳部屋から出た。一緒に中に入っていたニーヴも駆け出てくる。驚いていないのは、メイだけだった。メイは眉一つ動かさなかった。
「知っている。少し調べればわかることだからね」
「ええっ!?」
ルーシャンが勢いよくメイに駆け寄った。腕を掴もうとして、彼女がすくんだら困ると思って隣に立つだけにした。
「え、知ってたの!? 昨日会ったときも!?」
「顔と名前が一致していなかったから、お前から名前を聞いて気づいた」
「姉さん……」
そういうところがメイだなと思う。相変わらず、名前は憶えていても顔が一致していない……。
淡々としたメイに、アレンは床に頭を擦りつける。
「申し訳ありません、申し訳ありません……! 罰はいかようにも……お嬢様方には、八つ裂きにされても構いません」
「だってさ。ルー、どうする?」
「え、僕?」
名指しされて驚いてしまった。そうか。メイに目が行きがちだが、ルーシャンだってその資格はあるのだ。ルーシャンはメイとアレンを交互に見比べる。
許せるか、許せないかと言われると、よくわからない。メイが裏を取っているのだ。アレンがこの屋敷に、グールを手引きしたのは確かだろう。それは、許されないことだと思う。
だが、それは常識的に判断して、だ。九年も前のことをいまさら蒸し返されても、ルーシャンにはどうすればいいのかわからない。
「……僕は姉さんに任せる。姉さんが決めたことに従う」
「いいの?」
「うん。……僕じゃ、判断がつかない」
判断を姉に押し付けてしまっているが、やはり一番被害を被ったのは彼女だ。彼女に最大の権利があると思う。
「わかった」
一つうなずいたメイを、アレンが見上げる。メイは、膝をついたままのアレンを見下ろした。
「お前は私たちに何を望んでいるんだろうな。八つ裂きにされてもいいと言ったな。私に殺されたいのか」
「……そうなっても、仕方がないことをしたと思います。まだ子供だったお嬢様方から、旦那様と奥様を奪った……」
メイは、はあ、とため息をついた。それから口を開く。
「何度も死のうと思ったことがある。すべて終われば、楽になれると思った」
はっと息を呑んだのは、ルーシャンか、アレンか。それとも別の誰かか。
「お前の言うことは、そういうことなのではないの。ただ、罪を許されて楽になりたいのではないの。それは逃げだ。卑怯だと思う。結果でしかないけれど、私は逃げなかった」
メイとアレンでは状況が違う。メイはその手で人を殺しているが、アレンは手引きをしただけで直接手は下していない。それでも、アレンの半分ほどの年でしかないメイは、確かに逃げなかった。
「許す許さないで言えば、許すことはできない。だからと言って、お前に罰を与えて、お前だけ許された気にさせることもしない。だから」
メイは膝をついてアレンの胸倉をつかみ上げた。
「お前も、すべてを飲み込んで生きていけ」
見た目は恫喝されているような状態だが、なぜかアレンは笑った。
「お嬢様……変わっておられない。あの頃のままだ」
「えっ、そう!? 激変じゃない!? こんなにクールだった!?」
「うるさい」
すぱん、と頭を叩かれた。結構痛い。ニーヴが衝撃で涙目になったルーシャンの頭を焦ったようになでる。
「いいえ。変わっておられませんよ。九年前も、自分たちを気にするくらいなら店の一つでも持って、家族を養えと叱られましたから。……ご自身はご両親を亡くされたばかりだと言うのに……」
うなだれるアレンに、メイは鼻を鳴らした。アレンがもう一度頭を下げる。
「本当に、申し訳ありませんでした……」
「もういい」
すっぱりとメイは言った。
「私がお前を許すことはない。その上で、答えろ。お前に指示したのは誰?」
そうだ。ルーシャンはメイの問いかけにはっとした。一介の執事であるアレンがこんなことを企むとは思えない。黒幕がいるのだ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
メイとルーシャンの両親はグールに殺されていますが、絶対に手引きした人がいるんですよね。
メイはグールが殺された時点でそのことに気づいていますが、自分が対処できるようになるまで待っていました。それが、今だったというわけで。
その相手について、どう対処したものか迷いました。ただ、ルーシャンは姉に一任するだろうし、メイは復讐したりしないだろう、と思い、こうなりました。




