【10】
ルーシャンたちのリーダーはメイだ。彼女が言うのなら、ルーシャンたちは従う。メイはエドワードに隠さずに話すことにしたようだ。確かに、下手に隠してエドワードがグールに襲われた時が怖い。
「ええ。隊員を何人か送り込んだのですが、対処不能と考え、私が参りました」
「なるほどなぁ。戦力の逐次投入よりはましか。ところでお前、今ここにベイジル・マールバラが来ていることを知っているか?」
「ベイジルが? ブラックバーンに?」
「おっ。お前でも驚くことがあるんだな。どうだ? 関係があると思うか?」
「……姉さん」
ルーシャンも不安げにメイを見る。驚いて目を見開いたメイは、すっと目を細めた。
「関係ない、ということはないでしょう。今、『領主』を名乗る人物が来ているらしいですから」
「それがベイジル・マールバラだと? 狙いは爵位か」
「父が亡くなったときに、色気があったのは事実ですね」
エドワードはふん、と鼻で笑った。
「今更主張したところで、そんな相手に爵位などやれるものか。どうせやるならお前にやるな」
「いりません」
即答だった。自分から手放したものを、今更貰うことはできない、という思いもあるだろう。とにかく。
「ベイジルが背後で糸を引いているのなら話は早いですね。彼に話を聞けばいい……ルー」
「あ、はい」
思わず姉に対して敬語になるルーシャンである。メイは隣に座っていた弟を見る。
「お前、囮をしてみる?」
「……」
いや、言いたいことはわかる。ルーシャンを囮にベイジルをつり出すのだ。それはわかる。正直、釣られる可能性が高いと思う。囮だとわかっていても、メイの先を行かなければならないベイジルは手を出さざるを得ないだろう。
「わかっていると思うけど、ベイジルは私のことを調べ上げていると思う。少なくとも去年の夏、私は派手に動きすぎたから」
「ああ、うん。そうね」
それはやりすぎたと思う。あれはどれだけ情報統制しても、調べれば出てくるだろう。そもそも、彼女は九年前からいろいろやらかしている。
「だよなぁ。お前の性格を知ってれば、弟を人質にしてやろうくらいは考えるよな」
エドワードが笑いながら言った。ベイジルは恐らく、メイに対して対抗心を持っているだろう。かつて爵位を返上したのがメイだからだ。そして、ルーシャンにも対抗心を持っているはずだ。こちらは、かつて正当な爵位の継承権を持っていたからだ。
「……まあ、安全を確保してくれるんならやるよ」
「よし」
「いやいやいや! よしじゃないだろ、お前! 弟囮にすんのかよ!」
ツッコミを入れてきたのはジョシュだ。エドワードが「お前は黙ってろ」と半分振り返って言ったが、ジョシュは黙らなかった。
「ですが殿下! 弟君は非戦闘員でしょう」
「うっ」
これはルーシャンに刺さった。その通りである。銃の撃ち方くらいは習ったが。
「こちら問題だ。口をはさむな」
メイが淡々と言った。「お前な!」と声を荒げたジョシュを、エドワードが止めた。
「アストレアの言う通りだ。これは彼女たちの問題だから、俺たちに口をはさむ権利はない。だが、最終的な目的は同じだと思うんだが、どうだ?」
うかがうようにエドワードがメイの顔を覗き込んだ。ルーシャンも反対側から覗き込むと、彼女は温度のない表情をしていた。いつもなら部屋の中をうろついている頃合いだが、我慢しているらしい。だから顔が険しいのかもしれない。
「……分かりました。協力できるところは、協力しましょう」
「よし、そう来ないと! ひとまず明日、お前の実家見に行こうぜ」
「屋根に穴が開いてるんですけど」
「それはさっき聞いた。ちょっと興味ある。お前、Aランクライセンス持ってるんだっけ」
「そうですね」
今年更新だと言っていたか。よく考えなくても強力な魔術師だな、この姉は。
夕刻になり、ルーシャンはブルーノと通りを歩いていた。誰の目から見ても囮である。
「大丈夫ですよ。ルーシャンは俺が護りますから」
「ああ、うん。その辺は心配してないよ」
ブルーノの腕は信用しているし、メイが無策でルーシャンを囮に出すはずがない。そもそも、メイがブルーノに人を斬らせるはずがないので、そうならないための策を用意しているはずである。
「ちょっとおやつ買って行こうよ」
「ルーシャン、余裕ですね」
いや、レモンケーキが美味しそうだったのだ。本当に買おうと店に寄ろうとしたところで、ブルーノが刀の柄に手をかけていつでも抜刀できる姿勢を取った。
「ルーシャン、止まってください。西の方向、十ヤードほど先。顔を確認してもらえますか」
逆光になっているが、ブルーノの言う方向を確認した。ルーシャンよりいくらか年かさの男性が立っている。瞳の色はわからないが、髪は恐らく栗色。ルーシャンが覚えているより年を重ねているが、見たことがある顔だ。
「うん。ベイジルだと思う」
「そうですか。聞いていたのと、特徴は一致していたので」
っていうか、逆光の状態で見えるのか。すごいな。まぶしくて何も見えないに等しいのだが。
「……ブルーノ、行こう」
「はい」
ブルーノに声をかけ、わき道に入る。ブルーノが「ついてきています」とささやくので、途中で足を止めた。振り返る。
「久しぶり、ベイジル」
「……久しぶりだな、ルーシャン」
メイよりも明るい青い瞳。ベイジルだ。
「メアリの命令か」
「どうだと思う?」
はぐらかすようにルーシャンは言ったが、ばれているだろう。ブルーノがメイの部下だと知っているだろうし。ルーシャンが自発的にブルーノを連れてさまようことはないと判断するだろう。
「今ブラックバーンで起きているグールの襲撃は君のせい?」
「聞いてどうするんだ。メアリに言うのか」
「それこそ、聞いてどうするの?」
にらみ合いだ。刀の柄に手をかけたままのブルーノがささやくように言った。
「ルーシャン、囲まれています」
「姉さんは?」
「右後方、鐘楼に待機中です」
「わかった。戻ろう」
「はい」
小声でやり取りを終えると、ルーシャンはベイジルに向き直る。彼が淡々と口を開いた。
「作戦会議はいいのか」
「今更しても仕方ないでしょ。でも、もう戻るよ」
「無事に戻れると思っているのか」
「今僕らに何かしようと思っても、君の体に穴が開くだけだよ、ベイジル」
精一杯のルーシャンの脅しである。メイなら、彼女は案外罵倒の語彙が豊富なので罵倒しつくす気がするが、ここにいるのはルーシャンなので。
「……ふん。所詮俺では、お前の姉に勝てないと?」
「そんなことは言ってないけどね。ブルーノ、行こう」
「はい」
ルーシャンはすぐそこの角を曲がる。もう一度曲がって大通りに出た。同じく大通りに出たベイジルの声が飛んでくる。
「お前の姉に伝えておけ! お前のせいだと!」
もう日は暮れているが、人通りはある。人のいる場所で、ベイジルも襲撃しづらい。グールをけしかけたとしても、メイが見ているし、そもそもブルーノがオーダーの討伐騎士であるとわかっているだろう。グールを使役するなら、そこら辺は確認しているはずだ。無視して歩いて、メイとニーヴと合流した。鐘楼の上から監視していたのはメイだが、ベイジルを狙っていたのはニーヴだ。
「お前のせいだ、だって」
「聞こえていたよ。言いがかりも甚だしいね」
「まったくだね」
この状況はメイのせいではなく、どちらかと言うとベイジル自身のせいだ。彼は自分でそれを認めている。
「ということは、ここで騒動を起こしたのは、メイさんを呼び寄せるためだったのでしょうか」
ブルーノが眉をひそめて言った。性格のいい彼には理解しがたい性格の屈折具合かもしれない。メイは変人な上に卑屈だが、根本的なところで一本筋が通っていると思う。だから、ベイジルとは違う。
「そう考えるのが妥当だね。まんまとおびき出されたわけだ」
「僕的には姉さんが自発的にやってきたように見えるんだけど」
「そこは、卵が先か、鶏が先かの論争だね」
要するに言った、言わない、の世界だ。とにかく、今日はこれで終わり。明日はエドワードたちと、ウィンザー男爵家本邸見学だ。
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