【8】
正月3日は女子会!
一方、女子会はメイの家で開催されていた。住人のメイとニーヴ、さらにシャーリーとナンシー、それに、臨月のキャリーも一緒だ。ここのところ一緒にいたトラヴィスが男子会の方に行ってしまったので、シャーリーがこちらに連れてきたのである。キャリーとメイは禁酒中だ。ニーヴは少しなら飲酒してもよい、と保護者のメイが許可を出した。
「とりあえず、はい、これ」
と、ナンシーがメイに袋を渡す。中を見ると、布に包まれたスノーグローブと王妃からの贈り物であるブローチの小箱が入っていた。
「ありがとう」
「それについて、ぜひ聞きたいわぁ」
ナンシーがにこにこと言うので、メイは平然と言った。
「王妃陛下から賜った」
「そっちじゃなないわよぉ。いえ、それも気になるのだけど」
わかっている。わかっていてやった。
「ジーンからもらったって聞きましたよぉ。大事そうに眺めてたって言う、公爵夫人からのタレコミもあるのよぉ」
「えっ。ついに告白されたの?」
キャリーが興味津々で身を乗り出してくる。メイは少し離れたソファの上に受け取った紙袋を置いた。
「ジーンからもらったのは事実だ。別に告白はされていない」
「でも、メイもジーンが好きなのでしょう?」
「そうだな」
椅子に座りなおしながら、メイはキャリーに落ち着いてうなずいた。シャーリーが半眼で「もう少し照れてもいいんじゃないの」と突っ込んでくる。ニーヴも不満気にメイの服の袖を引っ張ってくる。ルーシャンとのことを後押ししたからだろうか。
「何の問題もないじゃないの」
シャーリーが眉をひそめて言う。ナンシーが「ジーンがヘタレだと言う問題があるわぁ」と冷静に指摘した。それは、誰にも否定できない事実だな。
「メイの方から言ってしまえばいいと思うの」
キャリーの提案に、シャーリーが「それいい」と同意する。ニーヴが激しくうなずいている。ニーヴも彼女から言ったからな。
「言わない」
「え、恥ずかしいの?」
「何それ可愛い」
好き勝手に言う同世代のキャリーとナンシーに、メイは「違う」と淡々と言った。
「だが、そうだな。私たちが剣士をやめた後になら、いいかもしれない」
「ええ……? あたしたちは明日にも死ぬかもしれないのよぉ? 後悔するわよぉ」
ナンシーが脅すように言うが、たぶん、それが問題なのだと思う。
「むしろ、だからだと思う。私はこの口で、好きだと言った人に死んで来いと言わなければならないかもしれない」
他の要因も重なってはいるが、要するに、突き詰めればそういうことなのだと思う。メイは手を伸ばしてパンを取った。
「たぶん私は、求められても同じものを返せないと思う」
しん、となった。ややあって、ニーヴがメイの腹のあたりに抱き着いてきて、衝撃にむせた。
「どうした」
背中を撫でるとニーヴがさらにしがみついてくる。
「あなたも随分ヘタレよ」
「だろうな、とは思う。だが、こればかりは仕方がないな。私が一つ判断を間違えるだけで、何人死ぬと思っている」
臆病者ではあるが、合理主義なのだと訴えたい。結局、臆病者と臆病者が手を出しあぐねているのだ、というシャーリーの主張は正しいからだ。
「の、割にはルーシャンのことは可愛がってるじゃない。ニーヴのことも。ねえ?」
シャーリーがニーヴに同意を求める。顔をあげてうなずいたニーヴは、なぜか泣いていた。よしよし、と頭を撫でてやる。
シャーリーに指摘されて、なるほど、と思った。確かにそうだ。前線に出ない医者のルーシャンはともかく、ニーヴだってこれまでの間に何度もメイの元を離れてグールの討伐に行っている。メイは彼女自身が指示してニーヴを送り出している。
討伐騎士としてそれなりの腕のニーヴは射手だ。たいていの場合、接近戦を行う討伐騎士と二人以上で討伐に向かう。というか、大体の討伐騎士は二人以上で組んで向かわせる。メイがそうした。
だが、ジーンやナンシーなど、紅い腕輪の討伐騎士たちは違う。メイが指示を出して救援に向かわせたり、最前線へ向かわせたり、とにかく一人で動かすことが多い。メイは深いため息をついた。
「あらら? どうしたの?」
「らしくないわよぉ」
キャリーとナンシーが心配そうにメイの顔を覗き込んでくる。
「私、馬鹿だな……」
「メイが馬鹿だったら、世の中のほとんどの人が馬鹿よ」
「そういうことじゃない」
テーブルに肘をついてうなだれるメイに、キャリーがツッコミを入れるがそうではない。
「メイ、酒入ってる?」
シャーリーが隣のニーヴ越しにグラスの中身を確認している。そもそもメイは、飲酒したところでそんなに酔わない。
「ん……?」
唐突に、キャリーが顔をしかめた。はっと腹を押さえる。
「い、痛い……気がする」
「え、陣痛!?」
シャーリーが立ち上がって叫ぶ。腹を抱えて崩れ落ちそうになるキャリーをナンシーが抱き留めた。
「キャリー、しっかり!」
「いたたたっ」
気のせいではなかったようだ。メイは立ち上がって言った。
「シャーリー、トラヴィスに連絡。ナンシーは産婆を呼んできてくれ。ニーヴ、隣の部屋を開けてくれ。それから、清潔なタオルを集めてきて」
「りょ、了解」
ナンシーに代わってメイがキャリーを抱き上げる。幸い、メイでも抱き上げられた。メイは剣士の中でも非力な方である。
ニーヴが部屋を開けてメイの指示に従って床にシーツやタオル、クッションを置く。メイはキャリーの上半身を起こして座らせ、背中にクッションを置いてもたれかからせる。今のところ、定期的に陣痛がきているように見えた。
「予定日、もうすぐだっけ」
「もうすぐなんだけど……」
キャリーがニーヴが差し出したぬるい水を飲みながら言う。シャーリーがトラヴィスに連絡を入れて介助に加わった。
「メイ、知識あるの?」
「年齢的にはシャーリーの方がある気がするけど」
「ないわよ!」
恋人はいても、出産経験などない者ばかりだ。メイも一度立ち会ったことがあるだけだ。再び陣痛の波が襲ってきたキャリーの腰をさする。
「産婆さん、いなかったわ! でも、医者なら拾ってきたわよぉ」
ナンシーが戻ってきた。彼女が拾ってきた医者はルーシャンだった。どうやら、駆けつけたトラヴィスに連れてこられたらしい。
「キャリー!」
トラヴィスも珍しく焦った表情だ。ルーシャンはメイと顔を見合わせ、さっそくキャリーの診察を行った。
「うん。大丈夫だと思うけど……僕も、分娩は立ち合いしかしたことがないな」
「産婆さんは隣町に出産の手伝いに行っているみたいよぉ。もう一人いるけれど、旅行中ですってぇ」
ナンシーがそういうので、ルーシャンが判断を求めるようにメイを見た。
「どうしよう? 近くの町まで呼びに行く?」
「任せて!」
ぐっとナンシーが請け負うが、メイは首を左右に振った。
「こちらから隣町に出向いたと言うことは、近くに産婆はいないと言うことだ。戻り次第、来てもらえるように伝えて、城から出産経験のある医師か看護師を連れてきた方が早い」
「了解。行ってくるわねぇ!」
協力的でフットワークの軽いナンシーが再び外に出る。夜なのに、元気だ。ありがたい。
「る、ルーシャン。これ、大丈夫なの?」
「トラヴィス、うるさい……!」
陣痛に耐える妻に訴えられて、トラヴィスはショックを受けたようだ。メイは退室を命じる。
「シャーリー、トラヴィスを連れて外にいてくれ。何かあったら呼ぶ」
「ちょ、メイ! メアリ!」
「はい、兄さん、外にいよう」
パニックになっている兄より、冷静なメイの方が信用できると思ったらしく、シャーリーが兄を連れて部屋を出る。
「姉さんは落ち着きすぎだよ。この用意、姉さん? 立ち会ったことある?」
「一度だけ」
「じゃあ、姉さん手伝って。ニーヴ、お湯を用意してほしいな。ぬるいくらいのやつ」
ニーヴがうなずいてお湯を沸かしに行く。シャーリーと交代させればいいのかもしれないが、トラヴィスを引き留めるのは、妹のシャーリーの方がいい。
キャリーの様子を見る。専門ではないとはいえ、医者のルーシャンが来て少し落ち着いているように見えた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
一応、ナンシーのキャラは作っています。




