【4】
メイが戻ってきて、攻めてきていた軍も一掃されたので、リアン・オーダー本部は平穏を取り戻しつつあった。王都から連れてきた王立軍は、基本的に別の建物に泊まっているようだが、アイヴィー城内でジーンの父を見ることはあった。彼が王立軍を率いてきた指揮官だからだろう。
やっぱり、息子と似ている。そう思って、少し距離があったのもあり、まじまじと顔を眺めていたら、気づかれた。ジーンの父が目を見開く。
「ウィンザー男爵……!?」
なるほど、と思った。姉が言うほど、ルーシャンは父と似ている。ジーンの父は王都にいたのだから、ルーシャンたちの父を知っていても不思議ではない。ルーシャンはぺこりと挨拶をした。
「こんにちは」
朗らかにあいさつをされて、ジーンの父も目の前の青年がウィンザー男爵であるはずがないと気づいたようだ。
「ああ……すみません。私は、王立軍将軍オスカー・カートライトと申します。失礼ですが、あなたはレディ・メアリの弟さんでしょうか」
上品な笑みを浮かべて、オスカーは尋ねてきた。ルーシャンも笑みを浮かべたままはきはきと応える。
「将軍がおっしゃるのがメアリ・アストレア・ウィンザーのことなら、僕の姉です」
世の中メアリさんは結構多くいらっしゃるので、絶対に同一の名前がいないであろう本名を出してみると、オスカーは「その方です」と微笑んだ。
「あ、失礼しました。ルーシャン・リッジウェイです。姉がお世話になってます」
「いや、こちらこそ。愚息が世話になっているようで」
「あー。むしろ姉さんがジーンに迷惑をかけている気がします」
「ああ、あれは好きでやっているんで、いいんですよ」
ジーンのお父さん、ドライである。放任というか。まあ、ジーンはメイと同期だと言うから、七、八年は離れて暮らしているわけで、こんなものなのかもしれない。
「さっき、僕のことをウィンザー男爵って呼んでましたけど、父をご存じなんですか」
多分ご存じなんだろうなぁと思いつつ、形式的に尋ねた。オスカーもそれが分かっているようで、苦笑したまま「ええ」とうなずいた。
「当時私は、近衛として宮殿に上がっていましたから。男爵によく似ていらっしゃる」
「それ、最近姉さんにもよく言われるんですよね」
今朝、ついにギルバートにも言われた。記憶の中の父と照合しているから多少差異はあるはずだが、似ているのは確かだろう。それを言うなら、メイは母に似ている。
「レディ・メアリは聡明な方ですね。あなた方のご両親を思い出します」
「どう考えても変人ですが……」
そう応答したところに、メイの「ルー」と呼ぶ声が聞こえてきた。会議が終わったらしい。タイミングばっちりすぎて怖い。
「姉さん」
メイの後ろにジーンを見つけて、ちょっとからかってやろうとメイに向かって両手を広げたが、額をはじかれて終わった。ジーンには大丈夫そうだったので、弟であるルーシャンも大丈夫だと思ったのだが。
「親父、何やってんだよ……」
「ルーシャン君と話をしていた」
カートライト親子が隣で会話をしている。並べてみると、顔がよく似ている。
「会議終わったんだね。体調は大丈夫?」
「大丈夫。今のところは」
「ならいいけど、水の中にダイブとかやめてよ」
「わかってる……一応」
本人も一応気にしてはいるらしい。まあ、気にしても止まらないから奇行なのだけど。
「敵さんはもう大丈夫なの?」
「ああ。さすがに国を相手取るのは無理だし」
思わずルーシャンはメイを見た。
「姉さんならできそう」
「無理だ。方法にもよるけど」
「おい、ここでそういうこと言うんじゃねぇよ。一応、王立軍の前だぜ」
ジーンに突っ込まれるが、その王立軍の将軍は笑っていた。
「レディ・メアリはできても実行する方ではないでしょう。私はもう王都に戻ることになっていますが、お別れするのが残念です」
「いろいろお世話になりました。結局、指揮を丸投げしてしまってすみませんでした」
メイが潔く謝る。適度に偉そうだが、メイはちゃんと敬意を払える子である。
「こちらこそ、あなたのような才能に出会えて感謝しています。うちのバカ息子を頼みます」
「おい」
ジーンが顔をしかめるが、オスカーはどこ吹く風である。強いな。この親子も、見た目ほど仲が悪いわけではないのだろう。メイは形式的にうなずき、「カートライト将軍はお気をつけて」とあいさつをする。
「え、何。仲良くなったの」
ギルバートがやってきたのでその場はお開きになった。
「これは単純に好奇心なんだけど」
「うん?」
家主が戻ってきたメイの家で、姉とニーヴと夕食を取りながらルーシャンは姉に尋ねた。ニーヴがもぐもぐしながら姉弟を交互に眺めている。
「姉さんが本部にいたら、攻められる前に勝ってた?」
ルーシャンの質問に、メイはパンをちぎっている手を止めた。胃炎のため、禁酒期間中なのである。
「私は戦術家ではない」
「あ、うん。どっちかって言うと戦略家だよね」
「いや、そうではなくて」
メイは説明する言葉に迷っているようだった。
「私はオーダーの作戦参謀ではあるが……狭義の意味で戦術家ではないのだと思う。今回、王立軍を預かるにあたって用兵学の勉強をした」
「うわぁ。だんだん姉さんが強化されていく」
半ば本気でからかうように言ったら、デコピンされた。痛い。ニーヴは姉弟のやり取りににこにこしている。
「まあ、そんなわけだから、私はもともと、軍隊の行動についてそれほど詳しいわけじゃないんだよ。もちろん、こちらにいてもそれなりに勉強して対応策はとれただろうけど、専門家に任せた方が確実だ」
「王立軍?」
「そう」
それは理解できる。オーダーの討伐騎士たちは、個々としては強いが、戦の勝敗を決めるのは数だ。だから、メイは問題を貴族間の争いに持っていて、王立軍を動かしたのだ。
「で、結論聞いてないけど」
「同じ方法はとれない。せいぜい、行動パターンを推測して同士討ちにさせるしかなかっただろうな」
「うわぁ……」
よりえぐい。引いてしまったルーシャンの膝をメイが蹴った。どちらにしろ、シーウェル公爵の私軍は撤退に追い込まれていたのだろうな、と思う。
「怖いお姉さんだねぇ」
ルーシャンはメイの隣に座っているニーヴに向かって言ったが、彼女は相変わらずもぐもぐしながら首をかしげている。可愛い。
「怖くて結構」
「姉さん、ジーンとどこまで進んだの」
「お前こそ、ニーヴとの関係はどうなってるんだ」
「姉さん、ニーヴの前」
自分の名前が出たとたんに、ニーヴはもじもじしてメイとルーシャンを見比べる。
「姉さんに心配される時が来るなんて」
どちらかというと、メイとジーンを見守っているつもりだったのに。
「姉さんもそういうのが分かるんだね……」
「お前は姉をなんだと思ってるの。まだ付き合っていないと聞いて驚いた」
「だから、ニーヴの前」
ニーヴは真っ赤でじっとルーシャンを上目遣いで見つめていた。ルーシャンも自分が赤くなるのが分かった。メイだけが平然としている。突然、ニーヴが紙に文章を書きなぐった。
『好きです』
たった一言。そのたった一言で、ルーシャンは陥落した。
「うん……僕も好き……姉さんに殴られないかな」
「ここまでお膳立てして、殴るわけないでしょ」
メイはかすかに微笑んだようだった。姉さんが笑うの、久しぶりに見たな。ニーヴは羞恥のあまりメイに抱き着いて腹のあたりに顔をうずめている。ルーシャンも立ち上がって窓を開けた。晩夏のぬるい風が部屋の中に入ってくる。
「……お祝いにシードケーキ作ってよ」
「はいはい」
振り返って姉にねだると、メイは軽く返事をした。軽いが、たぶん明日、焼いてくれると思う。
多分、今のメイはルーシャンが覚えている八年前のメイに近い。そうさせたのはたぶん、ジーンなのだろうなぁと思うが、やはりメイから聞き出すことはできなかった。ノリと勢いで恋人を手に入れてしまったルーシャンは現実逃避気味に考えた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
メイは恐らく、一種の戦術家ではありますが、用兵家ではありません。おそらく…。また、ギルバートの方針に従って作戦を立てる立場であるため、幅広い権限を持っていても戦略家でもないですね。
そんな会話の後ろで、ルーシャンとニーヴがくっついてます。




