【3】
おそらくメイは、リアン・オーダーの討伐騎士の中でも強い方だ。剣士の中でも十指には入るだろう。それは、戦い方をわかっているからだ。特別剣の腕が優れているわけではない。
魔法を駆使し、グールを排除していく。進路を限定しているので対応できているが、先にメイの体力が尽きる。魔法陣を用意していないのも痛い。あの魔法刺青は、あれで一応意味があったのだ。魔法を事前に用意して置ける、という。一人で用意するには時間がかかるので、今回ははしょってしまった。
メイの魔法は流体操作だ。正確には、流体操作、主に水の操作に一番適正のある念動力である。メイはこの能力に適性がほぼ振り切っているので、精神感応的な能力はほぼない。しかも、実在する水を操作する。氷にしたり沸騰させたりすることも可能だが、空気中の水分を集めるには限界がある。メイがウィンザー男爵家で襲撃を受けたとき、曲がりなりにも対抗できたのは、外が雨だったからだ。水はいくらでもあった。
メイが左手を動かすと、グールの体がふっとび、別のグールにぶつかった。グールは聖性術か祈器でしか倒せないが、別に普通の魔法でもダメージを与えられないわけではないのだ。間髪入れずにグールの核に刀で突きを入れる。この核の硬度によっては、メイの腕力で破壊することができないこともある。
「!」
切っ先がそれた。核を狙ったはずが、それてグールの肩と思しき所に突き刺さる。人型だが腕が四本あった。すぐさま蹴りつけて距離を取り、上段から刀を振り下ろす。時間が経つほど、メイには不利になる。
「メイ!」
名を呼ばれてメイはその場から引く。ジーンの剣がグールの核を破壊した。メイは風圧でバランスを崩しかけたが、持ち前の体幹で持ち直した。彼女が姿勢を崩すことはめったにない。
「遅くなったな」
「いや、想定の範囲内だ。だが、もう少し早く来てくれると嬉しかったのは確かだ」
「かわいくねぇの」
ジーンは苦笑してメイにそう言った。
ジーンが合流してからはかなり戦いやすかった。メイは自分が前線に出て戦いたいタイプではあるが、それが自分には向いていないことはわかっていた。作戦参謀として後方にいる方が、まだしも役に立てる。
さすがに体力の限界が近い。グールの攻撃からメイをかばうように、ジーンが彼女を押しのけた。メイは足を開いてバランスをとると、そのままジーンの脇を通してグールの核を破壊した。ジーンがもう一つの核を破壊し、そのまま背中合わせになる。
「大丈夫か」
「当然だ、と言いてぇけど、駄目かもな」
では、速めに決着をつけよう。メイも体力が限界だ。討ち損じた分はジーンに任せることにして、メイが前に出てできるだけグールを減らす。核を破壊されたグールは砂になるが、すべて倒しつくした時、あたりは砂煙がすごかった。魔法ですべて流してしまう。すると、膝をついたジーンが目に入った。
「おい! ジーン!」
さしものメイも慌ててジーンに駆け寄り、その体を支えた。腹がほぼ貫通している。メイも魔力不足だが、念動力で圧迫止血した。
「言い忘れてたが、その格好、すげぇ似合ってる……」
「それは今言うことか?」
確かにメイは、行軍中に浮かないように王立軍の軍服を着ているけども。背の高いすらりとしたメイには、これがよく似合った。しかし、今はそれどころではない。メイは治癒術が使えない。
「あ、姉さん!」
顔をあげると、弟のルーシャンが駆けつけてくるところだった。
結果的に言うと、ジーンは丈夫だった。むしろメイの方が重傷だった。拘束した敵の指揮官に襲われかけて、吐血した味方指揮官は私です。急性胃炎だった。
「姉さん……」
「……強行軍だったから」
「そうかもしれないけど、奇行が収まってもストレスで胃に穴が開いたら意味ないよ」
ごもっともである。弟であるが、ルーシャンはしっかり者だ。鎮痛剤を打ち、ルーシャンは「休んでてよ!」と言いおいてメイの病室を出る。入れ替わるようにジーンがやってきた。
「大丈夫か、お前」
「お前なんて腹に穴開いてるのに……」
「俺は当たり所がよかったんだろ。お前は胃に穴が開きかけてるんだろ。おとなしく休んどけ」
「ん」
ジーンの当たり所がよかったのかはわからないが、彼が丈夫であることは間違いない。これくらいのタフネスがなければ連戦できないのかもしれない。メイは己が打たれ弱い(物理)自覚はある。
「……ジーン」
「んだよ」
服の袖を引っ張ると、ジーンは面倒くさそうにしながらもメイの寝ているベッドに腰かけた。メイはその背中に額を押し付ける。
「ちょ、おい!」
慌てたような声。こっちを向くな、と無茶なことを言うと、振り返ろうとしたジーンがゆっくり元の姿勢に戻るのが分かった。息を吐く。
「ごめん……お前に、人を斬らせてしまった」
「ああ……」
ジーンが軽くうなずいた。先ほど、敵方の指揮官ロジャーにメイが襲われかけたとき、彼女をかばい、彼を斬ったのはジーンだった。
メイも身構えていた。刀の柄に手をかけていた。間合い的には、切れていたはずだった。だが、メイは鞘から刀を引き抜くこともできなかった。
ギルバートはリアン・オーダーに人殺しはさせない、と言った。だが、メイはすでに人を殺している。メイがやるべきだった。
「なのに、私はお前を責めることもできない……お前を否定したら、過去に私がしたことも否定しなければならない」
人を守る剣で人を手にかけてしまったこと。それを、間違いだったとは思っていない。あの時、少なくともメイはセアラを守った。目の前で親しくしていた友人が人を殺したのを目撃したのに、セアラはメイを一言も攻めたことがない。ギルバートもだ。それを受け入れているメイは、同じくメイを守って人を斬ったジーンを責める資格などない。
「……体が勝手に動いたんだよ。お前に死なれたら困るし。……違うな」
言った後に、ジーンは首を左右に振ってから口を開いた。
「俺が、お前を死なせたくなったんだな」
嗚咽が漏れた。メイが泣き疲れて眠るまで、ジーンは振り返らずに背中を貸してくれていた。
しばらくシズリー公爵家本邸に戻っていたギルバートがアイヴィー城に戻っていたので、会議を開くことにした。いるのはギルバートと、メイ、アーノルド、ヴィオラ、トラヴィス、そしてジーンだ。もうすぐ十二人会議の時期だし、彼も一応、腹に穴が開いて加療中なのだ。会議前にメンバーが半数以上集まっていると言う珍しい状況である。
「シーウェル公爵の私軍は討伐を終えたぞ。まあ、だいぶ離散してたけどな」
「お疲れさまでした」
アーノルドがねぎらう。ギルバートは彼に礼を言うと、メイを見た。
「ほんとはお前についてきてもらうはずだったんだけど?」
「一応、私も付いていくつもりだった」
ドクターストップがかかっただけで。ヴィオラが「駄目よー。血を吐いたんだからね」とにこにこしながら言う。笑いながら言うことではないと思う。
「明後日には俺も軍を返しに一度王都に戻るからな。メイはこっちにいてくれ。俺が戻ってくるまで全権を与えておく。よきにはからってくれ」
「承知した」
そのほか細々としたことを決め、ギルバートはため息をついた。
「しっかし、お前にかかると、内乱すらこんなにあっさり片付くんだな……さすが戦術家」
「いや、私は戦術家じゃないよ。用兵自体、初めてだったし」
メイが軍と呼ばれる組織を動かしたのは初めてのことだ。確かに、先述についてはある程度の知識はあったが、実際に兵を動かすのは初めてのことで、付け焼刃だが勉強したのである。
「おま、初めてであれかよ……」
「もはや僕らには理解できない境地にいる……」
ジーンとトラヴィスが半眼で言った。そんなに引くほどでもないと思うのだが。
「だけど、結構面白いな、用兵学」
「……こいつ、このまま野放しにして大丈夫なのか?」
ジーンが不審感たっぷりに言った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
ついにルーシャンと合流!
長かった!