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その幸せを希う  作者: 雲居瑞香
第4章【7月・夏の夢(王都)】
42/124

【18】











 メイは真剣だった。真剣な表情でジーンを見上げている。時刻は夜だ。よいこでなくてもそろそろ寝る時間である。


「だから、一緒に寝よう」

「何言ってんだお前は」


 袖を引いて訴えるが、ジーンはうなずかなかった。事態は数時間前にさかのぼる。














 王立軍を借りる約束をして、宮殿から下がったメイたちは、今後の対応に追われていた。アイヴィー城にいるアーノルドやトラヴィスたちに指示を送り、情報を貰う。ついでにシーウェル公爵とウィリアムにも探りを入れておく。

 ギルバートと手分けしたのでさほど大変な作業ではなかったが、自分でも落ち着いているな、と他人事のように思っていた奇行が再開し始めていた。宮殿に行く前から、噴水に頭から突っ込んでメイドに悲鳴をあげさせていた。これは事故だと言い張りたいが、これまでの己の行動を振り返るに、信じてもらえないだろう。


 部屋に地図が散乱しているのは可愛い方だ。紙の大きさが足りずにシーツに陣形を描いたときはさすがに怒られた。そもそも、メイには絵心がなかった。

 自分で髪にナイフを入れて髪が寝室の床一面に散乱し、さらに水差しを割ったことで手首の血管を切って血だらけだった。メイドに悲鳴をあげられた。ついでに眠れもしないのでこれはいかん、と思い、現在に至る。


「前に一緒に寝てから、よく眠れたし奇行も落ち着いた」


 そういうメイの髪は、自分で切ったために腰近くまであったものが、胸元にかかるほどになっている。まあ、髪なんてすぐに伸びる。


「ぐぅ……っ。あれは不慮の事故だ。さすがに問題あるだろ。未婚の男と女だぞ」


 ジーンがうなって言葉を返す。まあ、あれはジーンが寝落ちしたことによる状況だったわけだが、あのときはよく眠れたし、以降、メイの意思で止められない奇行が起こることもなかった。


「それに、明日出発しろって言ったのはお前だろ!」


 確かに言った。それは眠れないとまずいか。ギルバートが「添い寝だろ。一緒に寝てやれよ」とあくびをしながらジーンに言っている。メイの奇行を聞きつけて起きてきたのだ。だが眠いので、ジーンを提供することで解決しようとしている。

「わかった。じゃあ、手をつないで寝よう」

「わかってねぇだろ!」

 ツッコまれた。ちゃんとわかっている。こんなことはジーンにしか言わない。そういうと、それはそれで問題なのだ、という。

「何故だ。お前が私のことを好きだからか」

「お前、そういうところ!」

 かっと顔を赤くしてジーンが叫んだ。完全に見学に回っているギルバートは「言っちゃう感じなのね」と笑っている。よほど眠いらしい。

「わかってんなら身の危険を感じろよ! ……怖ぇんだろ」

 ジーンが不貞腐れたように言った。ここはお前が不貞腐れる場面ではないぞ。

「お前がしないことを論じても仕方がなくないか。お前は嫌がる女に手を出すような男じゃない」

「信用してくれてるのはわかったが、それは理由にならねぇだろ」

 振り切れて冷静に反論してくるジーンに、メイは言った。

「だから、手をつないでくれるだけでいいと言っている」

「気のある男に寝姿を見せんなっつってんだよ」

 平行線である。再びあくびをしたギルバートが間に入った。


「もういいから、ジーン、一緒に寝てやれよ。寝たらこっそり出てくればいいだろ。お前なら一日二日寝なくても行けるだろ」


 完全に面倒くさくなっている。ただ、ギルバートたちにとっては、明日以降のジーンがいなくなった後のメイの行動の方が問題なのだろう。メイは自分で分かっているが、止められない。だから困っている。

「そう言いますけどね、公爵」

「メイが取り乱したら困るから手は出すなよ」

「出しません!」

「じゃあ問題ないな」

 ギルバートはにかっとわからってジーンの肩を叩き、「おやすみ」と言って自分の部屋に戻って行った。ジーンはぐっと唇を引き結ぶと。

「……行くぞ。お前が寝るまでだからな」

「ありがとう」

 思わず表情が緩むと、ジーンが顔をそらした。耳が赤い。こいつ、本当にメイが好きなのだな。利用してしまってちょっと申し訳ない。


 結局、彼はメイが寝入るまで手を握ってくれていた。さすがに一緒に眠ることはしてくれなかった。まあ、メイもこれが受け入れられるとは思っていなかった。

 目を覚ますと、ジーンはいなかったが、少なくともメイはぐっすり眠れた。ちょっとおびえ気味のメイドが様子を見に来たが、メイが見た目普通にしているので、ほっとしたようだった。今日はドレスを着る予定がないので手伝いは断る。


 朝食の席でジーンに会ったが、ちょっとやつれているように見えた。これは話しかけていいものだろうか。

「おはよう、メイ。昨夜ひと騒動あったらしいけど、よく眠れた?」

「おはよう、セアラ。私はよく眠れた」

「よかったわね」

 なんとなく、いろんな意味を含んでいそうな「よかったわね」だった。彼女は何も引け目がないので、ジーンに「おはよう」と言って斜め向かいに座った。メイはセアラの隣に座る。

「そういえば、ブルーノは?」

「朝からグールの討伐に行ってる」

 メイが起きなかったので、ジーンが指示を出したらしい。それはどうもありがとう。ちなみに、ギルバートはすでに仕事中らしい。真夜中に起こしてしまったのに、申し訳ない。


「メイ」


 何事もなかったように会話をしながら朝食を食べ終わるころ、ジーンに名を呼ばれて彼の方を見る。視界の端に入るセアラの顔は、面白そうな表情を浮かべていた。

「これ」

「……なに?」

 前にマーガレットが持ってきた秘密箱ほどの大きさの箱だった。包装もされていないが、買ってきたものらしい。

「やる」

 なぜ片言。セアラが隣から「開けてみなさいよ」と興味津々に言った。メイも気になったので、箱を開けてみる。中に入っていたのは、いわゆるスノーグローブのようなものだった。小さな城の模型が入っていて、噴水まで完備しているので、中の液体が動いて見えた。

「あら、可愛いわね」

 セアラがメイの代わりに感想を言った。確かに可愛らしいが。

「え、なんで?」

「……それでも見て、あんまりセアラ様たちに迷惑かけるんじゃねぇぞ」

 そう言って、ジーンは席を立った。さすがにこれはメイにも分かる。照れ隠しだな。


 メイは両手に乗るほどの小さなスノーグローブを目の高さまで上げて眺めた。彼はこれを、どんな顔で買ったのだろう。

「メイ、うれしそうね」

 見ると、セアラがにこにこしていた。そんなに表情が出ていただろうか、と頬に触れる。ちょっと笑ってたわよ、と言われた。なるほど。

「あ、おはようございます、セアラ様、メイさん」

「お帰り、ブルーノ。グール退治はどうだった?」

「つつがなく終わりました!」

 グール討伐に行っていたブルーノが食事をとりに来たようだ。だが、彼の目的はそれだけではなく。

「なんか、食堂の外でジーンさんがうなだれてましたけど、なんかありました?」

 メイとセアラが顔を見合わせた。噴き出したのはセアラだ。メイは無表情を貫き、ブルーノを手招きした。


「ただヘタレているだけだから気にするな。おいで」


 ブルーノがうなずいてメイの向かい側に座った。先ほどまでジーンがいた席だ。

「ブルーノにも、一つ作戦を伝えておく」

「えっと、ジーンさんが聞いたと聞きましたけど」

 戸惑うようにブルーノが言った。そう、メイはもう、ジーンに作戦を伝えている。アイヴィー城にたどり着かなければならないのはジーンだからだ。

「だが、一応、万が一、ジーンに何かあったときのために」

 メイはさっくり簡単な指示をブルーノに出したが、結局それが実行されることはなかった。無事に、ジーンがアイヴィー城にたどり着いたからである。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


メイの主張の方がおかしいですが、審判のギルバートがメイの精神衛生を最優先に考えているので、こうなりました。

長かった第4章もこれが最後。もう少し、『夏の夢』シリーズは続きます。


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