【16】
ギルバートがたいそうな慌てぶりで説明してくれたところによると、議会で『リアン・オーダー』のことを指摘されたそうだ。正確には、その戦闘力を指摘されたわけで、よからぬことを企んでいるのではないか、そのために、兵力を集めているのではないか、と糾弾されたそうだ。
「しまいにはオーダーを解体しろと遠回しに言われたぞ!」
「遠回しに言われたことを理解しているのに、なぜ慌てるの。オーダーの存在は問題ない。代々王室が認めているし、王国法にも貴族統治法にも反していないはずだよ」
「……お前、法律全部頭の中に入ってんの?」
「そんなわけないでしょ。調べたんだよ」
必要だから調べたのだ。前にも言ったが、メイは興味がなければ頭に入ってこないタイプなのだ。今は必要があるから覚えた。こうして、メイの知識量は偏って増えていく。
「まあ、今回の場合は慣例や法律がどうのというより、その存在に対する危険性の示唆、ということかな。その指摘した人は誰?」
「シーウェル公爵だ」
「そうか。王位を請求できるな」
「お前……嫌なこと言うな」
ギルバートが顔をしかめた。メイの調子に引っ張られて、多少冷静になってきたようである。
「議場で指摘したのは、ギルバート様に揺さぶりをかけたかっただけだろう。それに本当に振り回されてどうする」
「うぐっ……」
ギルバートがうなる。まあ、メイは自分のことではないので冷静でいられるという面もあるが。
「揺さぶって、冷静な思考力を奪おうとしているだけだよ。ウィンベリーに警告を出すべきだね。今頃、シーウェル公爵の使者がシズリー公爵家の本邸に赴いているはずだ。要求は、オーダーの戦力を差し出せ、と言ったところかな」
「……は?」
「おそらく、本部の場所が割れているんだ。どこかに一軍が駐留していると思う。こちらはオーダーに探らせればいいけど、手出しは無用。使者にもまともに相手をする必要はない。どちらも監視が最優先」
「ま、待ってくれ。とにかく、本邸に警告を出せばいいんだな? オーダーには本邸から連絡を入れてもらう」
「それでいいと思う」
ギルバートの言葉に、メイはうなずいた。それだけの指示を使用人に出してから、ギルバートはメイに向き直った。
「で、どうしてそう思うんだ? 途中を飛ばして結論だけ聞かされた感じなんだけど」
「はい。私も説明を求めます」
セアラも手をあげて主張するため、メイは解説を試みることになった。
「シーウェル公爵は、頭のいい人間を集めているようだった。単純に人材強化を狙っているだけかもしれないが、これは彼が王位を請求するための下準備なのではないかと予想した」
「待て、意味が分からん。それに、公爵が王位を狙っているかなんてわからんだろ」
「いいから聞け。別に戦の指揮をとらせようとか、そういう話ではないと思う。エドワード殿下も、私を引き抜きたいというようなことを言っていただろう」
「……言ってたな」
「要するに家臣集めだ。『頭のいい女』もそれなりに使い道がある。少なくとも、王妃陛下が有識の女性を集めたサロンを開催しているのは、それなりに有名なようだからね」
「……つまり、公爵は王家の内側から揺さぶりかけようと思って、その手札を集めている、とお前は考えたのか?」
「おおむね間違っていない。さて、シーウェル公爵が王位を継ごうと思ったら、乗り越えるべき障害が多数存在するな。少なくとも、ウィリアム殿下とエドワード殿下、それに国外に嫁いでいるがエリザベス王女もいる。少なくともこれだけの障害を取り除く必要があるわけだ」
エリザベス王女は省いてもいいかもしれないが。ちなみに、双子の王子の妹姫で、数年前に嫁いでいる。メイは会ったことがない。
「シーウェル公爵以外に、王位を継ぐにふさわしい人間がいなくなれば、自動的に王位は彼のものになる。だが、そう簡単にはいかないだろう。だとすれば、策略を巡らせるしかないな。もしくは、正面から王位を請求して戦うしかない」
「さすがにそれはしないだろ?」
「だが、流れはその流れだ。実際、武装した集団が北上していくのを、キャラバンが目撃している」
「お前はどこからそんな情報集めてくるんだよ」
ギルバートにツッコミを入れられつつ、話を続ける。
「だとしたら、シーウェル公爵は誰かに操られているだけかもしれない。まあ、本人は自分で考えて行動していると思っているのかもしれないけど、戦になりかねないこの現状に、誰かにもっていかされているとしたら」
「……相手は、目に見えているシーウェル公爵じゃない……」
セアラがつぶやいた。ギルバートが妻とまたいとこを見比べて、またいとこの方を向いた。
「じゃあ、誰が後ろで糸引いてんの」
「これは単純に考えるべきなのだと思う。おそらく、ウィリアム殿下。これは、ウィリアム殿下がエドワード殿下に対抗して起こしたことなのではないだろうか」
「……ん? 待て待て。よくわからん」
ギルバートは混乱したように頭に手を当てたが、セアラが「つまりこういうことね」と話をまとめにかかる。
「ウィリアム殿下とエドワード殿下が、次の王位を争っている。エドワード殿下に先んじるために、ウィリアム殿下がシーウェル公爵を使ってギルに揺さぶりをかけてきた。なぜなら、ギルはエドワード殿下と親しいから……ということかしら」
「簡単に言うと、そういうこと」
メイがうなずくので、ギルバートは「はあ?」と妻とまたいとこを再び見比べる。
「争う意味がなくないか? 第一王子はウィルだ。エドも別に、ウィルが王になることを嫌っているわけじゃない。ウィルがエドに対抗する理由などない。それに、俺は二人を友人だと思ってるぞ」
「他人の心うちなど、他人に測れるものではない」
きっぱりと言ったメイに、ギルバードはぐっとのどが詰まったような声を出した。
「可能性が最も高いだろうという話だ。ウィリアム殿下は頭がいいが、エドワード殿下が軍部を掌握している。それに、どうしても体の弱いウィリアム殿下には、ギルバート様とエドワード殿下の方が仲がいいように見えるだろう」
「う、まあ、否定はできない?」
実際、ウィリアムが外出を制限されている間にも、ギルバートはエドワードと馬鹿をしたらしい。彼らはその様子をウィリアムにも話して聞かせただろうが、そのことが裏目に出ているというわけだ。
「ウィリアム殿下には、エドワード殿下が自分を廃そうとするとき、ギルバート様に援軍を頼むと考えるだろう。その際、ギルバート様は『リアン・オーダー』を連れて行くと思われている」
「はあ!? 連れて行かないぞ! お前たちの仕事は人を斬ることじゃなくて守ることだろ!」
本気でこんなことを言える人がどれくらいいるだろう。わずかに頬を緩ませ、メイはうなずいた。
「わかっている。だが、そうでなくてもいい。ギルバート様が予備兵力として私たちを保有していることが問題なんだ。最悪、あなたは、公爵家の私軍を総動員して、屋敷の守りや領地の治安維持をオーダーに割り振ることができる。というか、私ならそうする」
「マジかよ。つまり、俺はある程度戦況を左右する兵力を持っていると思われてるってことか」
「そういうことだな」
ギルバートの理解が追い付いてきたようで何よりである。
「たぶん、ウィリアム殿下としては、シーウェル公爵の行動の結果がどうなってもいいんだ。運が良ければ、ギルバート様の戦力と発言力を削ることができる。だから軍を派遣したけれど、オーダーがそう簡単に落とせる相手ではないとわかっている。と、思う」
ウィリアムのことになると、どうしても推察になるのであいまいな発言が多くなる。メイ本人が言った通り、他人の心うちなど測れないからだ。
「一方、ウィリアム殿下はオーダーの本部の場所を特定している。だから、シーウェル公爵の私軍を動員させた……正直、軍はどうにでもなるが、本部の場所がばれたのは痛いな」
「気にするのそっちか? どんだけの動員数か確認中だけど、城に詰めてるのは三百人程度、そのうち戦闘員は百人程度だぞ。数千人は派遣していると考えられるから、下手したら落ちないか、城。本部にはお前もいないし」
ギルバートに言われ、メイは思わずため息をついた。
「だから、リスク分散のために、私とギルバート様は一緒にいるべきではないんだ。それに、軍の方は問題ない。シーウェル公爵の軍がウィンベリーに進軍しているこの状況は、貴族統治法に違反している。国軍を派遣してぶつければいい」
いみじくもギルバートが言った通り、メイたちの仕事は人を斬ることではないのだから、本職に任せてしまえばいい。ギルバートがシズリー公爵家の兵力を動かしてぶつける方法もあるが、明らかにあちらが違反しているのだから、こちらがまともに対応してやる必要はない。
「……まあ、状況はわかった。ウィルは相当頭がいいぞ。お前、勝てる?」
思わず鼻で笑ってしまった。
「頭のいい人間というのは、行動が読みやすい。たとえシーウェル公爵の行動を阻害しても、ウィリアム殿下は何もしてこないだろう。先ほども言った通り、ウィリアム殿下にとっては成功してもしなくても、どちらでもいいんだ」
ギルバートはしばらく沈黙を置いてから、「わかった」とうなずいた。
「お前の主張を受け入れよう。その方向で行動する。シーウェル公爵相手に裁判を起こす必要はあるか?」
「そうしなくても、国王が仲裁に乗り出さざるを得ないはずだ」
貴族間の争いの仲裁は、国王に求められる能力の一つである。アルビオン王は王妃ほど特出した能力はないが、少なくとも公平な人物である。
「その前に手は尽くしておくべきだね。ウィリアム、エドワード両殿下、できれば王妃陛下に話を通しておくことが望ましい」
「え、ウィルにも言うの?」
「エドワード殿下に肩入れしていると思われて、排除されてもいいなら言わなくてもいいよ」
「うわぁ……それはちょっと。そうなったら、お前とウィルの全面戦争か……見てみたい気もする」
ギルバート、普通に不謹慎である。
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