【13】
別にメイだって、嫌がらせでたたき出したわけではない。グールがいるのでたたき出したのだ。彼女らの本分はグールを討伐するところにある。実を言うと、メイも斬りに行きたいが、彼女は自分がむやみに動けないこともわかっていた。だから、ブルーノやジーンを相手に剣の手合わせをしている。
「王都の周りにも討伐騎士を配置しているのでしょう?」
マーガレットに言われ、メイは「そうだな」とうなずく。
「巡回計画及び作戦計画はおいてきているが、私たちが王都にいるからね。巡回順位は低い」
万年人手不足であるリアン・オーダーだ。王都近郊のグールの出現には、メイ、ジーン、ブルーノのいずれかが出向くことにして、メイとジーンが王都に滞在することになったのである。
「……メイって、予知能力はあるんだっけ?」
「特にないね」
ダニエルとソフィアにぬいぐるみを触らせながらメイは言った。体の部位を教えているのである。そして、メイに精神感応系の能力はほぼない。
「……私はあんたが恐ろしいわ」
「自前の頭だってのが一番恐ろしいよなー」
ギルバートも妹に同調するように言った。おやつにしないか、と彼が言うと、子供たちが喜んだ。そこに、ジーンとブルーノが戻ってきた。
「噂をすれば、ね」
「噂ぁ?」
セアラが笑って言った言葉に、ジーンが怪訝そうにする。二人ともかすり傷くらいで無事だった。
「どうだった?」
「どうもこうもねぇよ……。隊商を襲ってた。そこでナンシーに会ったけど、最近よく出るらしいぜ……」
「人間と手を組んでいるんだろうね。おそらく、隊商内に手引きした人間がいるはずだ。グールがほかの商人を殺して、手引きした人間が残った商品や証券を奪う。部下たちだけ生き残っても運営できないから、その商家は売却に応じるだろうし」
「……お前、その場にいた? 詳しくねぇ?」
「私、元商家の娘」
「なるほど」
元男爵家、という肩書に目がくらみがちだが、ウィンザー男爵家は商家でもあった。そして、おそらくそちらの方面で恨みを買っていたのだと思う。彼女の両親も、内部からの裏切りでグールに殺されている。ウィンザー家の場合は、メイが生き残り家業などを清算してしまったため、そこら辺の思惑はとん挫しているだろうが。
「というか、ナンシーが近くまで来ているのね」
セアラが聞きとがめたのはそこだった。ナンシー・オルブライトはリアン・オーダーの剣士だ。『十二人会議』のメンバーではないし、入隊も三年前とそれほど長くはないが、すでに最強の一角である。三人しかいない紅い石の腕輪を持つ女性だ。
常に各地を転々としているナンシーだが、今は王都付近にいるらしい。戦力が偏っている。逆に言えば、他に討伐騎士がこの周辺にほとんどいないと思われた。
「別のところに行かせた方がよかったか?」
「いや、そこまでする必要はない」
ジーンに尋ねられ、メイはそう答えた。メイがそういえば、みんな納得できなくても承諾する。それもどうかと思うが。
「……メイ」
「何」
考え込んでいたメイは、ジーンに現実に引き戻される。なんだなんだと、周囲の視線が痛い。
「……お前に、一緒に行ってほしいところがあるんだが」
「……」
きゃあ、と声を上げたのはマーガレットだった。セアラとギルバート、ブルーノも驚いた表情を見せたが、言われた張本人だけ無表情だった。淡々とした声音で、
「行く場所によるな」
と答えた。
ジーンがメイに同行を要求したのは、病院だった。ただの病院ではない。長期療養型の病院だ。つまり、ジーンの母が入院している場所である。
セアラたちの前で話を切り出したのは、許可を取りやすくするためだと言われたが、たぶん、そうではないと思う。言わなければ、という思いが先立って口をついて出た、という感じだった。
手土産に菓子と、お見舞い用に花を購入する。残念ながらメイはあまり花の良し悪しが分からないので、店員さんに頼んだ。
「まあ、お前にセンスみたいのは期待してねぇよ」
と、ジーンは苦笑して言った。野菜の良し悪しなどならわかるのだが。
「芸術品の良し悪しもわからないんだよな……真偽はわかるんだけど」
「むしろ、それはなんでわかるんだよ」
ジーンとくだらない会話をしつつ、病院に到着した。メイは病室に入らず、扉の外から覗くだけにした。他人がいないほうがいいだろうと思ったのもあるし、昔、彼の父が自分の妹を連れてきたのだが、それを夫の新しい恋人だと勘違いしたジーンの母が半狂乱になったことがあるそうだ。ジーンは父のオスカーと似ているし、今日のメイはブラウスにシフォンのスカートと、どう見ても女性にしか見えない格好をしていた。
病室をのぞく。ジーンの母アイリス・カートライトは線の細い女性だった。長い病院生活が彼女をやつれさせたのかもしれないが、健康だったころはそれなりの美人だっただろうな、と思う。ジーンによると、アイリスは学者だったようだ。植物学者で、結構名が知れていたらしいが、今となってはその研究に打ち込むこともできないだろう。だが、部屋の中にある本は専門書のようだった。
三十分ほど話をして、ジーンは病室から出てきた。廊下で本を読んでいたメイは出てきたジーンを見上げる。
「もういいの?」
「いい……また、来るから」
「そう」
彼がそうしたいのなら、そうすればいいと思う。メイはうなずいた。
「悪い。ほんとに付き合わせただけになっちまった……」
「いや、いいよ。一緒に病室に入ってくれと言われたほうが困ったし」
だってジーンは同僚で一応友人かもしれないが、そんな相手の心を壊した母親と何を話せというのだ。そう言うだけなのに、ジーンはかすかに表情を緩めて言った。
「お前……やっぱ優しいよな」
「は?」
思いっきり怪訝な表情になったと思う。すると、ジーンも舌打ちした。
「お前、その格好でそんな顔するんじゃねぇよ。怪しまれるだろ」
「どんな顔をしようが、お前よりは怪しくない」
穏やかそう、おとなしそうと表現されることが多い顔立ちのメイがどんな表情をしようがたかが知れている。
「言うじゃねえか。否定できないが」
ジーンはどれだけ品の良い格好をしても、強面なのはどうにもならなかった。父親のオスカーも精悍な顔立ちだが、ここまでではなかった。どういう仕組みなのだろう。
「……まあ、私は嫌いじゃないけどね」
「……は?」
ジーンの、よく言えば精悍な顔にぽかんとした表情が浮かんだ。メイは肩をすくめ、先に歩き出す。
「少し、街を見て回らない? 案内してよ。詳しいでしょ」
「詳しい……ってほどでもないが、お前よりはわかるだろうな」
メイの出身地はウィンザー男爵領で、この王都ロンディニウムより南だ。対して、子供のころとは言えジーンは王都の出身である。メイよりは詳しいだろう。
「で、どこに行きたいんだよ?」
「とりあえず、主要通りと王都のほぼ全域を見渡せる高いところかな」
「……遊びに行くわけじゃねぇんだな……」
わかってたけど、とジーン。それでも案内してくれるのが彼の優しいところだ。せっかく来たのだから、おおよその地図くらい頭に入れておきたかった。
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デート回。