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その幸せを希う  作者: 雲居瑞香
第4章【7月・夏の夢(王都)】
30/124

【6】















 夜会を楽しんでいる声に混ざり、噂の声なども聞こえてくる。貴族たちの主な関心は、双子の王子のどちらが王位を継ぐのかと言うことに収斂されるようだった。

 リアン・オーダーについては、ギルバートの杞憂なのだろうか。まあ、まだ結論を出すには早いか。


 庭の方へ出る廊下を曲がったときだった。急に腕をつかまれて、メイは身をすくませた。壁に体を押し付けられて、本格的に体をこわばらせた。

「姉ちゃん、へへっ。一人で歩いてるなんて不用心だぜ」

 アルコールのにおいがした。酔っているのか。夜会会場なんかでは、こうして貴族に遊び半分に手を出されて泣き寝入りする女性が少なくない。どうして忘れていたのだろう。メイは今、良家の侍女にふさわしいドレス姿だ。どこからどう見ても、貴族の主人についてきた侍女にしか見えないはずだ。


「……っ」


 声が出なかった。五年前も、恐怖が勝って抵抗らしい抵抗などできなかった。抵抗がないのは同意しているからだ、と言うのは嘘だ。恐怖のあまり身動きの取れなくなる女性の方が多い。

 声は出ないが、体をまさぐってくる男を何とか押し返そうとする。手が震えているのが分かる。もともと力も強い方ではない。スカートをめくり上げられそうになったその時。


「おーい、何してるんだ」


 間延びした声が聞こえた。聞いたことのある男性の声だが、思い出せない。だが、メイを襲っている男には十分だったようで、慌てたようにメイを離して走り去っていった。メイはその場に崩れ落ちる。

「おい、あんた。大丈夫か?」

 助けてくれた男が側にしゃがみこみ、メイの肩に手を伸ばした。その手を反射的に振り払ってから、彼が第二王子のエドワードだと気づいた。

「あ……申し、訳……」

「いや、えーっと。お嬢さん、メイ、だっけ。立てる?」

 どうやらエドワードはメイを立たせてくれようとしたらしかった。申し訳ないことをしたと思いつつ、まだ体が震えている。エドワードも、おびえるメイにどうすればいいのかわからないようだ。


「あー……ギルを呼んでこよう! うん!」


 そう言ってエドワードは立ち去ろうとするが、この状況で一人にされるのも怖いのだが。エドワードもそれはまずいと思ったのか、立ち上がったところで右往左往する。


「何をしているのです、エドワード」


 威厳のある女性の声だった。その声にエドワードはほっとしたように視線を向ける。

「母上」

「……何をしているのです。この子は?」

 不審げに問われて、エドワードは母親に自分が疑われていることに気づいたらしい。

「いや! 俺じゃなくて! 襲われていたのを助けただけで!!」

「……ならいいけれど」

 声を聞くと、まだ疑っている。エドワードの母……と言うか、王妃は連れていた侍女に指示を出す。

「彼女を近くの部屋まで連れて行きなさい。あと、温かいお茶を。ミルクたっぷりでね」

 侍女が触れる際もびくっとしてしまったが、とりあえず立ち上がれた。立ち上がってから、振るえる唇を開いた。

「申し訳ありません……ありがとうございました」

「いや、怖いのは当然だよな。今、ギルのことも呼びに行かせるから」

 エドワードが比較的優しい口調で言った。王妃はそれを見て、息子の潔白を認めたようだった。

「エド、あなたもいらっしゃい」

 そう言って王妃がメイたちを連れて行ったのは、おそらく夜会の招待客が休憩に使うような部屋だった。一応抵抗はしたのだが、王妃はきっぱりと言った。

「震えている娘を一人で放り出すことなど、わたくしの矜持が許しません」

 そこまで言われてはついていくしかなかった。


 ソファに座り、ミルクのたっぷり入った紅茶を飲んだところで王妃は少し、目元をやわらげた。

「落ち着いてきたようですね」

「はい……ご迷惑をおかけして申し訳ありません」

「構いません。子女を助けるのもわたくしの務めです」

 どうなのだろう。貴族の子女、ならわかるが、使用人を含むすべての子女を対象とするなら、それはちょっと大変なのでは……。

「メイ、と言いましたか。わたくしはメアリ・エレノア。この国の王妃です。体に変なところはない?」

「大丈夫です……すみません。自己紹介が遅れました。私はメアリ・アストレア・ウィンザーと申します。今はシズリー公爵ギルバート様にお世話になっております」

 立ち上がって礼をとると、王妃は微笑んで「お座りなさいな」と言った。というか、メイはここでのんびりしていていいのだろうか。


「ギルのことは呼んでおいたから、ちょっと待ってくれ。というか、アストレアって言うんだな……」


 エドワードが言った。メアリは、目の前の王妃が同じ名前を名乗ったように、この国でよくある名だ。だが、アストレアと言うのは珍しい。おそらく、国中探してもメイしか名乗らないだろう。

「父が、ちょっと変な人で……」

「……ウィンザー、ですか。あなた、クリスティアナ・エスターはご存じ?」


 ご存じも何も。


「クリスティアナ・エスターは母ですが」

 なんだか和やかに会話している気がする。相手はこの国の高貴な身分の方々だ。我ながら肝が太いな……。

「やはり。では、あなたが八年前にウィンザー男爵位を返上した令嬢なのですね」

「え、あの、十二歳で家の残務をさばいて、家業も清算して売り払ったって言う?」

「……」

 嬉しそうな王妃に対し、エドワードは驚きの表情でメイを見るので、彼女はちょっと引いてしまった。


「めちゃくちゃ頭いいじゃん!」


 気にするところはそこであっているのだろうか。


「クリスティアナも頭のいい女性でした。わたくしが教養のある女性を招待したサロンを開いているのはご存じ? そこに招待していたのですよ」

「ああ、ええ。聞いたことはあります」

 何となれば、メイの『メアリ』の名は、母が尊敬する女性からとったのだと言っていた。その尊敬する女性とは、目の前の王妃のことだろう。その王妃は微笑む。

「まさか、クリスティアナの娘に会えるとは思わなかったわ……。あなたはお母様とよく似ていますね」

「……むしろ、父に似ていると言われるのですが」

 両親を知っているものは、たいていメイを「お父さん似だね」という。それは容姿の話ではなく、内面の話だ。メイ自身もそう思う。王妃は気にした様子もなく、「あら、そうですか?」などと言っている。


「母上の友人の娘なら、身元がしっかりしていますよね」


 突然、エドワードが口を開いた。王妃が息子を何言ってんだこいつ、とばかりに見る。

「何を言うのです。ウィンザー男爵家は爵位こそ低いですが、由緒ある貴族ですよ。返上されましたが」

「それは、申し訳ありません……」

 その由緒ある爵位を返上してしまったメイは言い訳もできずに謝罪を口にした。王妃が慌てたように言う。

「あなたを責めているわけではありませんよ、アストレア。あの状況では最善の判断だったと思いますよ」

「はあ」


 それよりも、アストレアと呼ばれたことにびっくりした。


「いいなぁ。男だったら部下に欲しいな」

 エドワードがしみじみ言った。男だったら、メイはあの時点で爵位を継いでいただろう。そして、親族の大人たちのいいようにされていたに違いない。いくら本人が聡明でも、子供にはできることに限りがある。

「お前は思慮が浅いところが難点ですからね。ウィルを見習いなさい」

 王妃に苦言をもらい、エドワードは肩をすくめる。その時、ノックがあってメイドがギルバートの来訪を告げた。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。



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