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その幸せを希う  作者: 雲居瑞香
第4章【7月・夏の夢(王都)】
29/124

【5】














 貴族名鑑は数年ごとに更新されるものだが、過去のものをそのまま取っておく家も多い。亡くなった貴族などは、新しい貴族名鑑から削除されるため、過去の貴族を知るために残しておくのだ。

 そして、シズリー公爵家にも過去の貴族名鑑は残っていた。貴族名鑑は、おおむね三年から五年の周期で更新されていくので、八年前に爵位を売り払ったウィンザー男爵家は、最新の貴族名鑑から削除されているはずである。なので、過去のものを出してきたのだ。


「あった、ウィンザー男爵家」


 ブルーノの指が羊皮紙の上を滑り、メイの父の名を示した。

「メイさんのお父さん、ノエルさんって言うんだ……ルーシャンさんは父親似?」

「明らかに父親似だな」

 ブルーノが一緒に掲載されている父の肖像画を見ながら言った。こうしてみると、本当によく似ている。

「美形の血筋……? あ、メイさん、本名はメアリって言うんですね」

「それ、ルーシャンが散々呼んでなかったか」

「いつも姉さん、って呼んでるのは聞きますけど」

 ジーンのツッコミに、ブルーノが首をかしげながら言った。

「……名前で呼ぶときは『メアリ』じゃねぇか? 俺も聞きなれなくて戸惑ったし」

「まあ確かに、ルーは私を『メアリ』と呼ぶね」

 メイがうなずいたので、この論争に一応の決着がつく。ブルーノが「へえ」とうなずいた。


「メアリって、この国で多い名前ですよね。俺の妹にもメアリがいます。ポリーって呼んでますけど」


 メイもポリーも、メアリの愛称の一つだ。メイはやや珍しいが、全くいないわけではない。さらに言うなら、この国の王妃もメアリだ。

「ルーシャンさんと……あ、弟さん二人いるんですね。この子もリッジウェイ家に?」

「そう。しばらく顔は見ていないな」

 おそらく、商人のリッジウェイ家は王都に来ているだろうし、顔を見せるべきだろうか。少し悩む。

「三人兄弟の一番上なんですね! 俺は五人兄弟の一番上です」

「知ってる。……ジーンも一番上じゃなかった?」

「一番って言うか、二人兄妹の兄の方だな」

 見事に一番上しかいなかった。一番お兄ちゃんしていそうなのはブルーノだろうか。メイは十二歳で弟と離れているし、ジーンもかなり早い段階で妹を亡くしている。


 ブルーノが名鑑をめくる。シズリー公爵家を見つけたようだ。この版が発行された当時は、シズリー公爵もギルバートではなく、彼の父だった。数年前に亡くなっている。

「ええっと、ああ、三代前ってこの人ですね。ひいおばあちゃんが同じなんですね」

 ブルーノが納得したように言った。そう、確かに曾祖母が同じはずだ。父方の。

「曾祖母ってベアトリス・マリアン王女か……」

「王女様なんですか!?」

「お前、頑張れば王位継承権があるんじゃないか?」

「いや、それはどうだろうか」

 ギルバートはあるかもしれないが、メイはないだろう。たぶん。調べたことはないけど。頑張れば王位の請求はできるかもしれない。

「というか、ジーンさんも詳しいですよね……お父さんが軍人だからですか?」

「王立軍の将校は少なくともナイト爵を持っているね」

「へーっ」

 ジーンが一転、むすりと黙り込んでしまったので、メイが口を開いてそう言った。ブルーノが感心したように声を上げる。彼も平民にしてはちゃんとした教育を受けている子だが、ジーンはそれより高度な教育を受けているだろう。おそらく、あのまま暮らしていれば、寄宿学校に入っていたはずだ。本人も、それほど頭は悪くない。

「……俺がガキの頃は、まだ近衛の佐官だったさ」

「やはり近衛あがりなんだな」

 生粋の貴族ではないが、立ち振る舞いが洗練されているな、と思った。息子にそこは受け継がれなかったようだが、ジーンもわざと粗野にふるまっているところがある。


「……俺はお前が怖ぇえよ。どこからそんな推量が成り立つんだよ」


 本気でおののいたようにジーンが言うので、メイは「さあ?」とはぐらかした。推測する方法なんて、いくらでもある。

「仲良しですね」

 にこにことブルーノは言った。何かとジーンと合わない彼だが、こういうまっすぐなところがジーンの毒気を抜くのだろうな、と思う。


 メイはブルーノの手元の貴族名鑑を見た。かつて、ウィンザー家にも置いてあった。ブルーノがシズリー公爵家とウィンザー男爵家を見比べていたので、今はウィンザー家のページが開いている。懐かしい、父の顔が載っていた。


 初めて『リアン・オーダー』を知ったのは、父が遠い親戚であるシズリー公爵家にメイとルーシャンを連れて訪ねた時だったか。ルーシャンは小さかったのであまり覚えていないようだが、一年以上年長のメイは、かなりはっきりとした記憶があった。

 シズリー公爵家を訪れた記憶がなければ、グールに襲われた時、対処できなかっただろうな、と思う。両親だけではなく、姉弟もそろってなくなっていただろう。

 そんなメイは、今きらびやかな世界にいた。自分でも目が死んでいるのが分かる。ギルバートとセアラのお供で、王宮で開催されている夜会の場に足を踏み入れていた。と言っても、メイは会場の外にいた。

「私も留守番がよかったな……」

「お前、そう言う表情だけははっきり出るよな……」

 共に待機中のジーンが呆れたように言った。彼は護衛である。

「怪しい奴がいないか、覚えておけってことだろ」

「そう言うのはルーの得意分野で、私はそれほど記憶力がいいわけじゃない」

 とはいえ、ジーンの言う通り、情報収集のために放たれたのは確かだ。いつまでもじっとしているわけにはいかない。だが、歩き回りすぎても怪しまれる。


 会場となっている大広間の様子を見る。王家主催の夜会なので、羽目を外しすぎるようなやつもそうそういないだろう。

「華やかだな」

 ジーンがふん、と鼻で笑って言った。馬鹿にしたようなその態度に、メイは肩をすくめた。

「そうやって経済が回ってるんだ。死蔵されるよりはいいだろう」

 メイもメイな回答であるが、ジーンは何も言わなかった。彼女らのほかにも主人についてやってきた侍女などが待機している。ちなみに、夜会会場の警備は近衛兵だ。

「ジーンか……」

 声をかけられ、思わずと言うようにジーンが顔をしかめた。メイは逆にスカートをつまんで礼をとる。

「こんばんは、カートライト将軍」

「ご丁寧にどうも、レディ・メイ」

 ジーンの父オスカーはメイを見て少し目を細めた。ジーンは不貞腐れたように視線をそらしている。

「ではジーン、私はちょっとお花を摘みに行ってくるから」

「は? おい、メイ!」

 ジーンが呼び止めようとするが、無視してメイはその場を離れた。と言っても、廊下を一つまがっただけである。ジーンは父親と一度話をすべきだろうと思う。


 そんな気を利かせた行動だったのだが、一人になったのは得策ではなかったと、メイはすぐに気が付いた。









ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


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