【4】
明らかに王族のプライベート空間に足を踏み入れるギルバートに、メイはジーンと顔を見合わせた。どこに連れて行かれるのだろう。
しばらく歩いて、庭に出た。東屋で青年が手を振っていた。
「よう、ギル!」
東屋から降りてきた青年が気さくにギルバートに呼びかけ、彼を抱きしめた。
「セアラも変わらず美人だな」
「ありがとうございます」
青年はセアラにも挨拶をすると、メイたちに視線をくれたので礼をとる。どう考えても身分の高い人だからだ。ブルーノはジーンにどつかれて慌てて頭を下げた。
「初めて見る……いや、見たことあるか?」
「あるかもな。背が高いのが王立陸軍のカートライト将軍の息子でジーン、隣の小さいのは同じく護衛のブルーノ・ニコルソン。それから、この娘が紹介しようと思って連れてきたメイ・ウィンザーだ。私の遠縁の親戚で、妹みたいなもんだからな。手ぇ出すんじゃないぞ」
ギルバートの紹介がメイの分だけ長かった。実際に、二人は遠縁の親戚である。アイヴィー城で弟のルーシャンに説明した通り、三代ほどさかのぼると同じ人にたどり着くはずだ。平たく言えば、メイとギルバートはまたいとこなのである。
この辺の血縁関係がややこしいので割愛するが、そう言う意味ではギルバートの説明は間違っていないのだった。
「なるほどなぁ。俺はエドワードだ。この国の第二王子なんてものをやってる。あっちは双子の兄のウィリアム。よろしく」
「……お初にお目にかかります」
なんとなく正体は察していたが、やはり王子だった。東屋のベンチに腰かけて、手をひらひら振っているのが第一王子ウィリアムだ。一卵性の双子なのだろう。基本的な顔の造りは似ていた。栗毛に緑の瞳のハンサム。ただ、ウィリアムがなんとなく理知的な印象を与えるのに対し、エドワードは快活な印象を与える。同じような顔立ちなのに、不思議なものである。
ジーンとブルーノは護衛と言うことで東屋に入らず、外に立っていたが、メイはセアラに引っ張り込まれた。あなたが来ないと女は私一人だわ、と言われて抵抗できなかったのだ。紅茶がおいしい。
「胆力のある娘だな。二十歳くらいか? 容姿はともかく、気の強い女は好きだぞ」
「エド、そういうことを女性に言うものじゃないよ」
張りのある声でのたまうエドワードに、ウィリアムが柔らかな声で指摘を入れる。セアラも顔をしかめたし、ギルバートも困ったような笑みを浮かべる。
「メイ、気にするなよ。こいつは馬鹿だから」
「別段気にしていません」
さくっと言い切ったメイに、ウィリアムが笑った。
「エド、君の手に負えるタイプの人じゃないよ」
「そうか……なぜ彼女を俺たちに紹介しようと思ったんだ」
エドワードが思い出したように尋ねた。セアラも「私も気になるのだけど」と夫を見る。ギルバートは「ああ」とうなずき、メイを示した。
「めちゃくちゃ頭がいい」
「それ、どや顔で言うこと?」
さっきからウィリアムのツッコミが止まらない。だが、ウィリアムの方がメイに興味を持ったようだ。
「最近は女性の社会進出も進んでいるからね。君はどこかの学校に通ったの?」
「いえ。家庭教師に習いました」
「もしかして貴族?」
「元、ですが」
「なるほど。なんとなく納得した」
そう言って微笑むウィリアムを、メイは眺めた。少し怖い人だな、と思う。エドワードはあまり表裏がなさそうだが、彼はどうだろうか。ウィリアムは、メイが言葉少なに語ることと、ギルバートからの端的な紹介、さらにメイの所作から貴族階級の出身であることを導き出したのだろう。
それからしばらく話をして、双子の王子の前を辞した。屋敷に戻ってから、ギルバートがメイに尋ねた。
「どうだった? 俺の友人たちは」
ダニエルの相手をしていたメイは、ギルバートを振り返った。セアラも興味深そうにメイを眺めている。
「お二人とも、裏がありそうな方だな」
「お、そうくるかぁ」
まあそうなんだけど、どギルバート。セアラがうとうとしだしたダニエルを引き取って抱き上げた。
「確か、ギルと学友なのよね」
「ああ。取り込めなくても、手ぇくらい貸してもらえたらと思うんだけど」
この国の王子たちだ。手を貸してもらえれば融通が利くこともあるだろう。だが。
「『リアン・オーダー』は政府の組織ではないな。あくまでシズリー公爵家が創設した施設の組織に過ぎない」
「は? まあ……そうだな?」
『リアン・オーダー』はいわばシズリー公爵の私軍なのだ。対外的にはそう言うことになっている。もちろん、みんなうすうすは察しているだろう。彼らが、人ならざるものを狩っていることに。王家もそれを黙認している状態だ。出なければ、いくら王族の血を引くシズリー公爵家と言えど、これほどの戦力を数百年にわたって保持できまい。
「王子たちも、それを知っているだろう。いくら友人とはいえ、一貴族の『私軍』を守るような真似はしないだろう。下手をすれば、政敵に足元をすくわれる。少なくともウィリアム殿下はそんな真似をしないだろうな」
「ウィルが? まあちょっとあいつは腹の底が読めないところはあるけど」
「おそらく、私と同じタイプだ」
「なるほど」
それで納得されるウィリアムが可愛そうでもある。おそらく、彼は冷静に判断し、冷酷な処断を下せるタイプだ。
「エドワード殿下も殿下で少し読めない感じだが……割り切っているような気はするな」
「ウィルは割り切ってないのか?」
「ウィリアム殿下は体が弱いのだろう?」
「まあ、強くはないな」
寄宿学校で共に生活しているときも、何度か寝込んだことがあるらしかった。
「なら、健康な双子の片割れがうらやましいのかもしれないな」
「……」
メイの言葉に、ギルバートは神妙な表情になった。
「……実は、今、宮廷は第一王子派と第二王子派に割れてんだよ。まあ、表立って何か争ってるわけじゃないけど」
「第一王子が立太子されているわけじゃないものね」
セアラが神妙な表情で言った。しかし、その手は優しく自分の膝で眠った息子の背を叩いている。メイはダニエルと遊んでいたおもちゃを箱に片付け、それを持って立ち上がった。
「病弱な第一王子より、健康な第二王子の方が、と言うことか。本人たちにその気はなくても、周りは争いそうではあるな。ああ、ありがとう」
ジーンが手を差し出したので、彼におもちゃの入った箱を預けた。こういう気の利く男だ、顔に似合わず。
「学友のシズリー公爵としては、中立でありたいな」
メイが淡々と言うと、ギルバートは「そうなんだけどな」と苦笑する。
「どうしても、エド側に見られるんだよな。あいつは剣も馬術もやるし、軍にも顔が利く。そして、『リアン・オーダー』も武装組織だからな」
「なるほど?」
メイは首をかしげてギルバートを見た。
「でもまあ、何かしてくるならウィルの方かな。あいつが動くと、私たちにはどうしようもないからな。その時はよろしくな」
軽い調子で言われたが、それはつまり、ウィリアムが参謀として優秀と言うことだろうか。それはメイにもどうしようもないのではないだろうか。だが、そのために連れてこられたのもあるので。
「……善処はする」
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