【8】
図らずも状況を知ってしまったルーシャンたちだが、かといって一介の医者であるルーシャンにはどうしようもない。ニーヴも同じことだ。水面下では何やら動きがあるようだが、こちらからわかるのは、防衛体制が整い始めたことだろう。
そんなころである。少し離れたところにあるリアン・オーダーの施設が一つ、襲撃を受けた。場内は混乱した。さすがに情報を押さえておけなくなったトラヴィスたちが、情報を解放したせいもある。
「これ……大丈夫なんだろうか」
「どうだろうな……反撃に出ようってやつらもいるんだろう?」
ルーシャンの同僚の医師が困惑したように言った。みんな、怖いのだ。この先、どうなるかわからないから。
「マスター・メイは? なんて言ってんの?」
「いや、僕には……この前、手紙は来たけど」
普通に近況報告だった。リッジウェイ夫妻と、一番下の弟に会ったと言う報告だった。あと、慌てず騒がずニーヴをよろしく頼む、と言うような内容だった。
「……僕、姉さんに心配されてないんだよな……」
「いや、めちゃくちゃ心配されてるだろ」
ツッコまれつつ、ルーシャンは日々の常務をこなした。
最近、どこへ行ってもみんな不安そうにこそこそ話をしている。メイの弟だからと、ルーシャンが声をかけられることも増えた。求められていることはわからないではないが、ルーシャンは姉ではないので同じようなことはできない。
「はあ……」
今も休憩中に話しかけられて、不服そうに職員が去っていったところだった。ため息をついたルーシャンの頭を、ニーヴがよしよしと撫でる。
「ん、ありがと」
いたわってくれているのが分かるので、ルーシャンは微笑んで「大丈夫だよ」とうなずいた。
「姉さん、早く帰ってきてくれないかな……」
出て行くときは喜んで送りだしたはずなのに、身勝手な願いである。しかし、ニーヴもやはり不安なのか、神妙にうなずく。この状況が打破できるかはわからないが、少なくともルーシャンが話しかけられ、失望したように去って行かる状況からは解放される。
休憩を終えて仕事に戻ろうとニーヴと共に歩いていると、エントランスの方からわっと声が上がった。喧嘩などではなく、喜びの声に聞こえた。ニーヴと顔を見合わせてそちらに向かうことにした。
「お帰りなさい! よかった……!」
人に囲まれているのは、シズリー公爵一家について王都に行っていたジーンとブルーノだった。ルーシャンたちも慌てて駆け寄る。
「お帰り! 姉さんは!?」
「おう。みんな最初にそれ聞くんだよな」
ジーンがうんざりしたように言った。ブルーノが苦笑して、「俺たちだけですよ」と言った。そうなのか……まあ、ギルバートたちを放り出してくるわけにはいかないか。
周囲からも落胆の声がして、みんなメイを待っていたのだな、と思う。ジーンはイラっとしたようだが、口には出さなかった。
「別にあいつも何もしてねぇわけじゃねぇよ。アーノルドはどこだ。話がある」
そう言ってジーンはブルーノを連れてアーノルドの事務室に向かったようだった。トラヴィスとも話し合うのだろう。もしかしたら、ヴィオラも参加するかもしれない。おそらくギルバートが基本方針を示し、メイがそれを詰めた内容を言づけているはずだから、それを検討しに行ったのだろう。
「でも実際、どうするんだろうね」
ルーシャンがつぶやくと、ニーヴは首を傾げた。わかりません、と言うような顔をしているが、ニーヴも本当にわかっていないわけではない。さすがにメイと暮らしているだけあり、察しのいいところがある。
何も言わない分、ちょっと怖いな、とも思うルーシャンだった。
ギルバートとメイの方針ははっきりしていた。彼らは、リアン・オーダーの討伐騎士たちに、人を斬らせる気などない。ギルバートがはっきりそう宣言したと聞いて、だから彼はメイと気が合うのだろうな、とルーシャンは思った。
リアン・オーダーの討伐騎士たちは、戦わせればかなり強いはずだ。だが、それをさせる気はないとなると、どうするのだろう。もちろん、ギルバートが王都でシーウェル公爵と話し合ってはいるだろうが、現場の状況が分かっているわけではない。
城の内部も、ジーンという圧倒的な強者が戻ってきたことである程度の落ち着きを取り戻しているものの、襲われたらどうしよう、という不安がぬぐい切れるわけではない。目に見えた混乱はないが、みんなひそひそと不安そうに話し合っている。
ジーンたちが戻ってきてから、街にいる住民たちが城の内部にかくまわれた。内通者を招き入れる可能性があるのだが、もう城の位置を知られているのだからさほど意味はないだろう、というのがメイの意見だ。彼女はここから短期決戦で解決に持ち込んでしまうつもりらしい。とりあえず、キャリーを手元に置けて、トラヴィスが安心したと言うことは言い添えておく。
なんとなくそれで安心してしまったのだと思う。なので、城に実際に攻撃があったとき、みんな狼狽した。
どん! と大きな音がして城が揺れる。いや、実際に揺れたかはわからないが、魔法障壁にはぶつかっただろう。医療区画にいる医療従事者たちがどよめいた。
「え、攻撃!?」
「どうすんだよ……!」
「うろたえないで!」
ヴィオラが鋭い声で叫んだ。ルーシャンたちははっと彼女を見る。
「大丈夫よ。よほどのことがなければ、魔法障壁を越えてくることはないわ。外に出る医療部隊を組織するわよ」
「え……でも、戦わないんじゃ」
誰かがそう言った。ギルバートの基本方針が、討伐騎士を人と戦わせない、だとみんな知っているのだ。
「戦わなくても、けが人が出ることはあるでしょ。ほら、早く!」
手を叩いて部下たちを促した後、ヴィオラは「実はメイの受け売りなのよね……」とルーシャンに言った。みんな、ルーシャンがメイの弟だからって、何でも話していいと思っていないか?
外科医が少ないので、ルーシャンも外に出ることにした。と言っても、魔法障壁が守っているところまでだ。そこまで出て、あれ、と目を見開くことになった。
「戦闘になってる」
「ああ、うちの騎士たちじゃないわよ」
そう言ったのはシャーリーだった。彼女は魔法障壁維持のために出てきているらしい。
彼女に言われてよく見ると、確かに、どちらも制服を着ている。そして、一方の軍服には見覚えがあった。
「あれ、王立軍?」
一応、ルーシャンも半年ほど前まで王都にいたので、王立軍の姿を見かけたことぐらいはある。常設軍で、国王が最高指揮官になる。
「そ。メイはあれを動かしてきたのね」
シャーリーがこともなげに言ったが、うちの姉さんはいったい何をしたのだろう。貴族でもないちょっと頭のいいだけの女性が要求して動かせるものではない。
何といっても、数の差があった。そして、急に現れた王立軍に、城を襲おうとしていた私軍が浮足立ったのもあるだろう。ほどなくして制圧された。
「え、強……」
いや、王立軍が強くなかったらそれはそれで問題なのだが。
どうやら同時にグールが出現していたようで、それを討伐していた討伐騎士の救援に向かう。そこには、見知った顔があった。
「あ、姉さん!」
駆け寄りながらぶんぶん手を振ると、倒れた男の応急処置をしていたメイが顔を上げた。別れたときと同じく、その顔に刺青はない。ただ、眼鏡もなかった。
「ルー」
「姉さんだぁ……!」
けが人をはさんでメイの向かい側に膝をついたルーシャンが急に泣き出したので、さすがのメイも慌てた。
「どうした。お前、そんなに涙腺弱かったか?」
「僕も姉さんがいなくて不安だったんだよ!」
「そ、そうか」
よしよし、と頭を撫でられると幼いころのことを思い出す。
「感動の再会のところ悪ぃが、治療してもらえると助かる……」
ルーシャンははっと放置したけが人を見た。ジーンだった。
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