【7】
シャーリーに言われた通り、トラヴィスに報告に行った。彼はアーノルドと打ち合わせの最中だったが、ルーシャンとニーヴを招き入れてくれた。
「どうした。昼食を取りに行ったのではないのか」
アーノルドに問われ、「ちょっと騒動に巻き込まれて」とルーシャンは複雑そうに言った。シャーリーに説明しておくように言われてきたのだ、というと、招き入れられたと言う寸法だ。
「とりあえず座って。何があったの?」
トラヴィスに言われ、ルーシャンはニーヴと仲良く並んで椅子に座る。十数人が入れる会議室だが、トラヴィスとアーノルドしかいなかった。
「キャリーがナンパされてました」
「それ、どこのどいつ? 所業によってはお礼参りに行かないと」
間髪入れずにトラヴィスが言うので、ニーヴがびくっと体を震わせた。この手の人間は姉で慣れているだろうに、めったに怒らない人が怒ると怖いようだ。
「シャーリーがもうやっちゃったよ。体調も問題なさそうだった」
「それは何よりだ。トラヴィス、座りなさい」
アーノルドに言われ、トラヴィスは立ち上がる時に蹴倒した椅子を直して座りなおす。
「それで、どうした。それだけでシャーリーも事情を話してこい、とは言わんだろう?」
アーノルドが穏やかに尋ねるので、ルーシャンはニーヴと顔を見合わせてから口を開いた。
「そのナンパ男、見たことない人なんですよね……兵士みたいな感じで」
「ルーシャンはここにきて……半年足らずくらいだよね。単に君が知らないだけってことは?」
トラヴィスに尋ねられ、ルーシャンは「そうかもしれない」と答えるが、一応ニーヴにも尋ねる。
「ニーヴは見たことある人だった?」
首が左右に振られる。もちろん、街には行商人など出入りする人もいるが、大体が顔見知りか、そうとわかる人である。だが、あの男は明らかに見たことがない人で、明らかに戦闘を職業としている人間に見えた。
ルーシャンだけではなくニーヴもそう言うので、トラヴィスとアーノルドが顔を見合わせた。
「実は、しばらく前から近くに軍隊が駐留してるんだ」
「えっ」
ルーシャンは目を見開く。え、どういうこと?
「誰かの私軍だとは思うんだけど……今、公爵とメイの返答待ち。一週間くらい前からかな」
「どういうこと? 誰かがオーダーを攻めようとしてるってこと?」
「……なのかなぁ」
自信なさげにトラヴィスが言った。ここまで話してしまったのだから、いっそ事情を説明しようと思ったのか、ざっくり状況を聞かせてくれた。
半月ほど前、シーウェル公爵の使者を名乗るものが、シズリー公爵領ウィンベリーの屋敷に現れた。当然、公爵夫妻は不在だ。というより、公爵自身も王都の社交界に出ているはずだった。
となれば、彼の狙いはシズリー公爵家が領地に保有しているもの。つまり、リアン・オーダーの可能性が高く、この時点で屋敷に残っている執事が連絡を入れてくれた。そして、その使者とやらは、まだ屋敷に居座っているらしい。ただ、これについてはただの監視である、放っておけ、との指示が出ている。
リアン・オーダーに関しては、おそらく、公爵本人からギルバートたちに話が持ち掛けられるはず。こちらには直接、何の連絡も来ていない。
「けどね、君のお姉さんが、『本部の場所を把握しているはずで、どこかに軍を待機させていると思う』なんていうから、調べてみたんだよ」
「そうしたらいたんだね」
「そう言うこと……」
王都とウィンベリーはそれなりに距離がある。だが、こちらの事情が見えているのでは、という姉は正直ちょっと怖い。
「数は総勢二千と言ったところか、約四つの部隊に分かれて付近に潜伏しているな。ルーシャンとニーヴが会ったのは、この軍の兵士だろう」
「なるほど……」
落ち着いた口調のアーノルドに言われ、ひとまずうなずいた。いや、全然納得できないが、たぶんそうなのだろう。
「ちなみにルーシャン。君は作戦立案などはできるか?」
「あ、できません。姉とは頭の方向性が違うんで」
「そうか……」
きっぱりと言うと、アーノルドは残念そうにうなずいた。申し訳ないが、姉の代わりはできない。ルーシャンのような勉強のできるタイプの頭のいい人間は、意外と多い。しかし、メイのような頭を使えるタイプの頭のいい人間を見つけてくるのは、結構難しかったりする。若干二十歳のメイが参謀を担っているのは、そのせいもあるだろう。
「オーダーって総勢千人くらいですよね。全部が戦闘員じゃないですけど……城に常駐している戦闘員はせいぜい五十人程度で、魔法障壁などの防御を考えても、二千人に城攻めにあったら勝てないですよね」
「メイもそう言っているな」
姉が言うのならそうなのだろう。ルーシャンは戦術家ではないが、兵法書は読んだことがあるので、一応そう言うことはわかる。
「っていうか、シーウェル公爵は何がしたいの? 今のシーウェル公爵って、国王陛下の甥だよね」
「それがこっちからはわからないから、身動きが取れないんだよね……」
トラヴィスが疲れたように笑った。うっかりこの話が城内に広まれば、混乱は避けられないだろう。何しろ、華麗に回避させてくれるだろうメイがいない。
「メイの不在がこれほど響くとはな……」
「姉さんがいたところで、対処はギルバート様の許可待ちだろうけど……」
姉はそう言うところはしっかりしている。あくまで参謀である彼女は、出過ぎたふるまいをしないだろう。
シャーリーが戻ってきた。トラヴィスがすぐさま尋ねる。
「キャリーは?」
「大丈夫よ。ルーシャンが診ても、問題なかったんでしょ?」
「ざっとしか診てないけどね」
そもそもルーシャンは専門が外科なので、産婦人科などは専門外である。診れなくはないが。
「一応、家から出ないようには言っておいたけど、兄さんが帰れないなら、城に呼んだほうがいいんじゃない? ニーヴも一応、城に泊まんなさいよ」
シャーリーに言われ、ニーヴはうなずいたが、トラヴィスは眉をひそめた。
「そうなんだよね……私が帰れそうにないから、側に置きたいんだけど」
「避難させるなら、街の住民全員を城内に収容してしまいたいな」
「……そうなんだよね」
アーノルドの言葉に、トラヴィスがうなずいた。リアン・オーダーのメンバーであるニーヴはともかく、今休職中のキャリーを呼び寄せるには、それなりの言い訳がいるだろう。十二人会議のメンバーであるトラヴィスの立場上、特に。
「むしろ、先に仕掛けちゃうのは?」
「それ、メイの前で言ってみなよ。怒り狂うよ」
「あの子が怒るところって、そういえばあまり見たことないわね」
本来、おっとりおおらかな性格であるメイは、めったなことでは怒らない。気難しそうではあるが、笑わない代わりに怒らない、という印象はなくはない。アーノルドがため息をついた。
「どちらにしろ、あの子の指示待ちか……娘ほどの年の子の肩に、我々の命運がかかっていると言うのもかわいそうな話だが」
「ああ……うん」
確かにアーノルドの娘はメイやルーシャンくらいの年ごろだろう。ヴィオラの息子とも年が近いので、ルーシャンは最近息子扱いされているような気さえする。
そのとき、ぐぅ、と腹の音が鳴った。ニーヴだ。釣られるようにルーシャンもなる。そういえば、昼食を食べていなかった。トラヴィスが笑う。
「二人とも、お昼食べてきなよ。それから、ニーヴはこっちに泊まり込む準備をしておいで。シャーリー、私の代わりにしばらくキャリーと一緒にいてくれる?」
ニーヴはこっくりうなずき、シャーリーは「わかったわ」と了承した。
「トラヴィス、普通に差配できるんだ」
「これくらいはね……」
規模の問題でもないと思う。
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