04話 恋と誤解と嫉妬と
「ただいまぁ」
アムール亭を定宿としてくれている冒険者達が帰ってきた。ここ数日他に客も居らず、すっかり打ち解けたので、素直に無事を喜んだ。
「今日の戦果はどう?」
「とりあえず、これだけ」
ヒナタが魔獣からドロップしたであろう金を、掌に載せて見せた。魔王城のまん前と言うだけあって、この辺りのモンスターは手強いだろうに、大したものだと思う。
ウェイトレスたる私を通さず、デンシュが直接厨房にエールを頼んでいたり、キョクセンが『今日の俺の見せ場』なる味付けの濃い武勇譚を聞かせてくるのを視界の端に追いやり、ヒナタに向き直った。
最近はこのヒナタという戦士風の青年がお気に入りだ。隙だらけの様でも腕は立ち、気だるげな様でも気配りを忘れない。「いってきます」「ただいま」をきちんと言う辺り、元々は躾の行き届いた家庭にそだったのだろう。知れば知るほど興味深い。
例えば戦士にあるまじき前髪の長さについて問うと、『戦闘中は視力に頼らないので問題ない』のだそうだ。音・空気の動き・筋肉の軋み等でおぼろげに相手を捉えると、対応速度が上がるのだと言う。魔王たる私の戦い方とは根本から異なるのだ。
装備に関しても、この辺りの屈強なモンスターにかかれば皮製の鎧など『攻撃が当たれば死ぬ』し、粗末な鉄の剣も刃の当たり方が悪ければ即折れる。命に関わると言うのに、あまり気にしている様子は見られない。
また、所々に設置されているトラウマスイッチも面白かった。
「俺の名前さ、東方の言葉で『明るさ』や『暖かさ』と言った意味があるんだ。でも根暗でコミュ障に育っちまった。母さんが良く嘆いたもんさ。可愛かった息子が剣術オタクになったって」
机に突っ伏しながらダラダラと話す仕草も、見ていて微笑ましく感じる。そういや昨日の閉店後のミーティングで、レザンにからかわれた。
「お嬢はヒナタと言うガキに心を許しすぎではありませんか?最近は仕事もそっちのけでヒナタヒナタと・・・。魔王ともあろう者が、色気づきましたかな?」
「そんな事ないよ!そりゃ話してて飽きないし、顔も悪くない。でも根暗でコミュ障だよ?笑うと可愛かったり、意外と褒め上手だったりするけどさ。魔王の名において、断じて色気づいてなんかいませんったら」
配下の宿屋メンバー達が『恋ですな』『恋だな』『んまぁ~、お兄さんに詳しく聞かせなさい』などと騒いでいた。こんな事言うから話がオカシクなるんじゃないか!
「これは時給ダウンどころか解雇もありえますな・・・」
おどけたようにレザンが後ずさった。自分の店なのに解雇されてたまるもんですか!
そういや面白くない事もある。私がヒナタの隣に座ると、キョクセンの妹と言うヤツが真っ赤な顔して話を割り込ませてくる。私はヒナタと話したいだけだったのに。
「すみません、パーティのメンバーで話があるもので」
「ふーん、今は私が話してるの。後でも良いかな?お嬢さん?」
「お嬢さんって・・・。私は15になりました。もう大人です!」
「うぐっ、私より年上だったのか。でも身長は私より低いじゃない!」
デンシュがワッハッハと笑いながら見ている。まったく腹が立つ。本体で来ていたら周り一帯を焼け野原にしてしまう処だ。
とは言えスイセンを羨ましく思う処もある。私の剣の稽古でタコが出来た指と違い、スイセンの指はすっとしなやかで綺麗だ。髪だって真っ直ぐで艶がある。昼間の冒険で埃っぽくはあるが、風呂に入り髪を梳くと男の目を引き付けるだろう。身長も低く、愛らしい。もう仕草が愛らしい。私は高くこそ無いが平均的な身長だし、長年の武術の稽古のせいか動きに無駄が無い。愛らしさはちょっと品薄って感じだ。胸に関してはスイセンも私も品薄だ。問題ない。
色濃い沙汰を楽しんでいたデンシュが口を挟んできた。
「モテモテなのも良いがヒナタ。どちらかを決めねばなさんぞ」
「モテてねーよ。冒険の報告が聞きたいヒマリと、メンバーでの確認事をスイセンと・・・」
「いやいや、決着は付けねばなるまいよ。お前が決めれないならホレ、お嬢さん方に決めてもらうと良い」
とんでもない方向に話がそれた。宿屋メンバーやデンシュ、キョクセンがワイワイと勝負の方法を決めている。私はスイセンと目が合い、お互いに気まずくて目を伏せた。
「勝負の方法をお伝えしマース。料理対決です!!」
えぇ!?私は料理なんてした事無い!なんたって王様育ちだ。思わずスイセンを見ると、スイセンも顔を青くして愕然としていた。これはお互いピンチ?
次回はベタな料理対決をしてみたいと思います。