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パパ、またね



 福井から戻って一週間。


 仕事から帰ってきたレンジはがらんとした部屋に立ち尽くした。

 別にモノが減っているわけではないが、何かが足らない。そんな印象だ。


「みずき?」


 意を決して部屋の中へ入ると、みずきのものがなくなっていることに気がついた。ソファーの上にあったレンジの買ったクッションやぬいぐるみはもちろん、キッチンに行けばお揃いのカップがなくなっている。茫然としつつ、寝室に入ればきれいに掃除され、みずきの持っていた鞄がなくなっている。


「渡し忘れていた」


 後ろから声がしてのろのろとそちらを向けば、気の毒そうにレンジを見るタケヒコがいた。


「これ、頼まれていた」


 促されて手紙を受け取れば、可愛い封筒。

 薄い緑色の沢山のクローバーにグロテスクに書き足された、やたらとリアルなテントウムシ。


 間違いなくみずきが書いたものだろう。じっとそれを開けずに見ていると、頭をはたかれた。


「読め」

「嫌だ」


 レンジは拒否した。タケヒコが仕方がなく手紙を抜き取ると、封を切ろうとする。慌ててレンジがそれを奪い返した。


「何すんだよ」

「読まないなら俺が読んでやる」

「自分で読む」


 息を整え、封を切った。

 中からは数枚の便箋。


 みずきらしい小さくて綺麗な文字が並んでいた。


『パパへ』


 そんな言葉から始まっていた。


「……」


 辛い気持ちを押し殺しながら読み続ける。一度、読み終わったがよく理解できない。もう一度文面に目を通した。やっぱりよくわからない。レンジは少しだけ手紙から目を離し、遠くを見つめる。


 よし。


 心の中で気合を入れなおすと、再び読み直した。


「レンジ、気持ちはわかるがな」


 タケヒコが黙って何度も手紙を読み返すレンジに少し躊躇いながら声をかけた。


「みずきは関東の神社をまとめる家系の者だ。次期当主とも聞いている」

「……」


「だからな、ずっとお前の側にいることはできないんだ」


 タケヒコの言葉にレンジが反応した。


「もう会うことはできないのか?」

「それは大丈夫だと思う。こちらから関東に出向くのは大変だろうが、時折遊びに来るとは言っていた」

「そうか」


 レンジは手紙を封筒に仕舞うと、ふうと大きく息を吐いた。


「どこに行く?」

「これから研究してくる」

「研究?」


 よくわからないタケヒコは首を捻った。レンジはタケヒコの手にみずきの手紙を握らせた。


「読めばわかる」


 手をひらひらさせて部屋を後にした。残されたタケヒコはため息を付いて手紙を広げる。この手紙を託されたときのみずきの言葉がよみがえった。


『関東は今のところこちらには興味ありません』


 みずきは12歳の少女らしからぬ態度でタケヒコを見ていた。


『せいぜい潰れないよう頑張ってください。パパが生きている間は、こちらからは何もしません』


 でも手を出したらわかりませんから、と付け加えてキモが冷えた。


 県を超えた求心力を持つ神社。

 その力は未知数でこの石川もどれくらい食い込まれているのかはわかっていない。

 みずきとの最後の対話を思い出し、手紙に目を落とした。


「……」


 一度読んでから、もう一度目を通す。


「くっ」


 発作的に笑いがこみあげてきた。


 そこに綴られていたのは。

 福井でのミチロとの対決時のダメ出しだった。刀の抜き方、鞘の捨て方など、細かい字で沢山綴られている。


 最後には一言。


『パパ、あれはかっこ悪いので次に会うまでに直してね』


 レンジがやる気になったのは当然と言えば当然だった。



Fin.




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