第七話 とあるネカマヒーラーの野良PT
それから一月が経過した。セフィリアはレオンハルトとほとんど常に行動を共にし、レモンティーナたちや他のプレイヤーともPTを組んで狩りを行ったりしていた。
また、ゴールドラッシュ金山は無事に店を出すことに成功し、大繁盛していた。他にもライバル店は現れたが、彼が最も早く店を出したため、知名度を得ていた。
彼の店でセフィリアとレオンハルトが買い物をしようとすると、彼は9割引きで良いと言ってくれた。太っ腹であった。
そんなこんなで、セフィリアの主要スキルは80に達していた。神聖魔術ではハイヒールという魔術を使えるようになり、たとえタンクのHPでも7割ほどは即座に回復できるようになった。
所持金も増えてきて、また生産プレイヤーのスキルが上がってきたこともあり、優秀な装備を買えるようになった。そのため、セフィリアの装備は一新され、スノーホワイトシリーズという防具に身を包んだ。
純白なもこもこのローブに雪の結晶をモチーフとしたデザインが施されている。暖かそうなブーツも靴下も色合いの違う白色に染め上げられていた。そしてフードを被ればウサギのたれ耳のような布がぶら下がるという構造になっていた。
最も、セフィリアは流石に恥ずかしく思い、フードを被ろうとはしなかったが。
スノーホワイトシリーズはとある有名な裁縫プレイヤーが作り出したヒーラー向け装備であり、魔力以外にも神聖魔術の効果に補正がかかっていた。防御力もそれなりに高い。そのため、セフィリアはこれを選んでいた。
……という割に、装備した自分の姿を鏡で確認して満足していたりするが、決して見た目の好みで選んだわけではないのであった。
ちなみに、頑強スキルの値によって装備可能な防具は変動する。必要頑強スキルの高い装備ほど防御力の高い傾向にある。セフィリアは頑強スキルも育てていたため、比較的多くの装備を身につけられるようになっていた。
また、杖はこれもプレイヤー産のホーリーワンドを使用していた。セフィリアは杖術スキルを育てないことにしたため、要求スキルの低いワンドを採用した。しかし、魔力と神聖魔術補正は比較的高い。最も、攻撃力は皆無である。
盾はクロスシールドを採用していた。丸みがかった三角形の盾に十字架が浮き彫りにされている。やはりこれも神聖魔術補正のかかった盾であった。防御力も悪くないという代物である。ちなみに盾は盾スキルの値によって装備できるものが変動する。セフィリアの盾スキルはいまだ60ほどであり、限られた選択肢の中では良い買い物であった。
そう、装備は万全であった。ただ、今日はいつもと異なる点があった。今日はレオンハルトがログインできないとのことであった。今までもそういうことはあったが、比較的稀であったため、セフィリアは少し手持ち無沙汰になっていた。
「うーん、どうしようかなあ。一人でスキル上げは難しいし、誰かのPTに入れてもらうか」
そう決めてフレンドリストを見るが、あいにくと皆ログインしていない、あるいは遠方に出かけているようである。
困ってしまったセフィリアはとりあえず集会所に行くことにした。
集会所の掲示板でセフィリアはとあるメンバー募集を発見した。すでに4人集まっており、あと一人、ヒーラーを募集しているそうだ。スキル帯もほぼ一致しており、倉庫拡張クエストに行くとのことで、セフィリアの都合にも適していた。即座に目的のテーブル席へ向かい、座っている彼らに声をかける。
「すみません、張り紙を見て来たんですが。フレイムスコーピオンクエ募集はこちらで会っていますか?」
「おお、ヒーラーさんですね。お待ちしてました、お席へどうぞ」
そう言われてセフィリアは椅子に腰を下ろす。その後、自己紹介が始まった。場を仕切っている募集主はオーガンの中年男性で、筋骨隆々の巨体に巨大な盾と片手用のハンマー、そしてフルプレートの鎧を装備している。名はタツオと言うそうだ。
他には、忍者のような格好をしたヒュームの男性でアタッカーのNINJEAN。フランス人らしく、日本語は勉強中らしい。顔を布で隠しているため年齢不詳である。
そして、メイジ風の装飾のなされたドレスを着たリーゼロッテという20台と思しきエルファの女性。キャラクターメイクの時に失敗でもしたのか、整ってはいるが少し不気味な顔をしていた。
もう一人はエルファの弓使いの男性で、名をばら~どと名乗った。弓を持ってはいるが、実は演奏スキルを取っており、ハープやオカリナをアイテムボックスに入れて持ち歩いているようだ。演奏スキルは純粋に楽器を奏でることに用いられる他、戦闘では広範囲支援効果を持つ奥義が使える。
彼は場合に応じてアタッカーとバッファーを切り替えるそうだ。ついでに、ベルモンテのとある酒場でたまに演奏しているからぜひ来てほしいと宣伝されてしまった。
以上の4人とセフィリアの5人でクエストに赴くことが決まった。今回のボスはフレイムスコーピオン。ベルモンテからオーガンの里方面に馬車で1時間ほど進んだ所は砂漠が広がっており、そこにいるとの話である。
「馬車で1時間ってほんと遠いですよねー」
馬車の中でセフィリアがボヤいた。それに対してタツオがうんうんと頷いた。
「全くです。この馬車での移動時間が面倒でなりませんな」
「フランセのUnlimited Talesでワ、グリフォンをテイムできる、なったと聞きマシタ」
「なんと。ということは空の便が使えるようになったのですかな」
ニンジャンとタツオの発言に真っ先に驚いたのがリーゼロッテであった。
「うっそぉ、空飛べるってマジです?チョーすごくないですかぁ?」
「マダ、始まったばかり、聞きました」
セフィリアもそれを聞いて期待感が膨らんだ。調教スキルを育てるとグリフォンに直接乗って空を飛ぶこともできるのだろうか。ロマンが溢れすぎて調教スキルを猛烈に上げたくなった。スキル構成とにらめっこして、どうにかしてねじ込めないかを考えるのであった。
ちなみに馬車に乗ってから今までずっと、ばら~どはひたすらにハープを弾き続けていた。そんなBGMもあり、彼らは穏やかに談笑しながら馬車に揺られていった。
そして彼らは目的地のシュリブルド砂漠へとたどり着いた。照りつける太陽。緑一つない砂の大地。馬車を出た途端に彼らが感じたことは、“暑い”に尽きた。
このゲーム、実は空腹や脱水などの隠しパラメータが存在すると噂されている。特に砂漠のような乾燥した高温のエリアでは喉の渇きが早くなるとの情報が飛び回っていた。
そのため彼らはこまめに水分補給をしながら砂漠のとある地点へと向かった。
「おし、では皆さんフレイムスコーピオンを沸かす作業を始めましょう」
そこはオアシスであった。緑一つない砂漠にぽつんとある草木と湖。しかし、周りには子供ほどの大きさのサソリが散見された。フレイムスコーピオンの出現条件はオアシス周囲のデザートスコーピオンを一掃することであると言われている。その作業を皆で始めるのであった。
「うぇ、キモーい!あたしこういう虫無理無理無理ぃ!」
タツオが号令をかけたそばからリーゼロッテが騒ぎ出した。その気持ちはセフィリアも分からなくはない。子供ほどの大きさのサソリがうようよいるのである。没入型VRではあまり見たくない光景であった。
「ここまで来たんだから仕方ないでしょう。それに接近するのは俺とニンジャンさんだけなんですから我慢してください」
タツオとニンジャンは虫に抵抗は然程ないようであった。一方、ばら~どの方は若干顔が引き攣っていた。
「うーーーん、分かったぁ……。じゃあちゃっちゃと倒して帰ろう帰ろう!」
リーゼロッテの一応の了解も得られ、彼らは近場のデザートスコーピオンから処理していくのであった。
「なんだ!?」
最後のデザートスコーピオンを倒した直後、オアシスの湖が泡立ち始めた。そして、急に湖が弾けた。それによって大量に降り注ぐ水を浴びながら、彼らは目撃した。
湖だったものの中心に、炎に包まれた巨大な漆黒のサソリが鎮座していた。
そしてそれはセフィリア達に目を向け、少し身体を引いた。
「マズい!避けて!」
そう叫びながらセフィリアは後方へ全力で駆け出す。タツオ達も弾かれたように飛び退る。セフィリアが後ろを振り返った瞬間、フレイムスコーピオンは尻尾をバネにして彼らに飛びかかってきた。幸い誰も下敷きになることは無かったが、衝撃にタツオとリーゼロッテが体勢を崩して転倒してしまった。
そしてボスは逃げ遅れて最も近くにいたリーゼロッテに身体を向けた。尻尾が引き絞られ、彼女の身体を穿った。
幸い、それでもリーゼロッテは即死しなかった。HPは残り1割しか残っていないが、生きていた。セフィリアはこの間ずっと詠唱し続けていたハイヒールを解放した。
リーゼロッテのHPが最大値まで回復した。しかしどうやら毒を注入されてしまったようだ。数秒毎にHPが減少していく。解毒が必要であるが、その瞬間、フレイムスコーピオンがセフィリアを視認した。
まだ誰もボスに攻撃していないため、セフィリアだけが回復によってボスからのヘイトを買ってしまったのである。しかし、セフィリアは詠唱している間にこうなることを予想していたため、冷静だった。
走り寄ってくるフレイムスコーピオンから距離を取りながらタイミングを見計らう。相手の足のほうが速い。セフィリアを間合いに捉え、右のハサミを振りかぶり、叩きつけてきた。セフィリアはそれを盾で受け流し、続く左のハサミの攻撃はバックステップで回避した。
そして、耐えながら少しずつ仲間の方へボスを誘導する。まだかまだかと思っていると、ようやくタツオが駆けつけてくれた。ハンマーを大きく振りかぶり、フレイムスコーピオンのハサミに叩きつけた。かなりの破壊力があったようで、ボスが仰け反った。その隙にセフィリアは他の仲間の方へ退避する。ボスのターゲットはタツオに移ったようで、ハサミや尻尾を繰り出した。
タツオはタワーシールドという巨大な盾を使って危なげなくボスの攻撃を防ぐ。盾スキルのショックガードという奥義によって、攻撃してきたボスに衝撃を与えて硬直させ、またシールドバッシュという奥義でボスの攻撃を大きく弾いて隙を作る。そして槌術スキルの奥義のヘヴィーインパクトによってボスの頭部を殴りつけ、目眩を起こさせようとしていた。
しかし、完全に防げていたかというとそういうわけではない。フレイムスコーピオンは身に纏う炎によって近づく者に継続ダメージ(DoT: Damage over Time)を与える特性があるようで、じわじわとタツオのHPを削っていた。さらにタツオは反射神経が良い方ではないらしく、巨大な盾で死角になった位置からの攻撃や体当たりに反応できていなかった。
それを見てセフィリアはタツオの回復に専念した。また、ニンジャンはボスには近づかず、投擲スキルによるナイフ投擲によって攻撃し、デトキシポーションによって毒を治療したリーゼロッテは攻撃魔法で援護していた。属性は火を控えて水属性で攻めていた。そしてばら~どは最初は演奏による支援をしていたが、減りの鈍いボスのHPを見て弓での攻撃に切り替えたようであった。
しばらくは安定した戦況であったが、ある時均衡が崩れた。タツオの集中力が切れてしまったのであった。その直後、ハサミの攻撃をタツオは防ぎそこね、右のハサミに身体を挟まれてしまった。身動きが取れないその身体を左のハサミが殴りつけ、尻尾の毒針で突き刺す。
「ぐああああああああああああああああ!!」
セフィリアはみるみる減少するタツオのHPを維持するために連続でハイヒールを唱え続けた。そしてひたすら暴れていたタツオがなんとかハサミから抜け出したその時、フレイムスコーピオンのターゲットがタツオからセフィリアに移ってしまった。
タツオが捕まった時にやはりこうなる予想のついていたセフィリアは、落ち着いてボスの攻撃を盾で防ぎ、回避していく。盾で防ぎきれない貫通ダメージと炎のDoTとでHPがじわじわと削られる。セフィリアもショックガードを使えるため、それでボスの動きを止めてローヒールやローキュアの詠唱時間を稼ぎ、少しでも延命しようとした。
尤も、タツオとてこの状況を眺めていたわけではない。ハンマーでボスを殴りつけてヘイトを稼ごうとしていた。一つ問題があるとすれば、タツオは挑発スキルを育てていなかった。盾とハンマーによる硬直や仰け反りによってボスの動きを阻害するという戦闘スタイルであり、挑発スキルによるヘイト獲得を主とした構成では無かったのである。
そのため、安定しているときは優位に戦闘を進められるが、戦況が崩れた時に即座にボスからのターゲットを取り戻すことが困難であった。
しばらくセフィリアは耐え続けた。ばら~どが演奏による支援に移行し、ニンジャンがトラップスキルによってボスの行動を妨害する。そしてリーゼロッテも育てていた障壁魔術によってフレイムスコーピオンの行く手を遮ったり、セフィリアを攻撃から守ったりしていた。
耐久戦が続き、セフィリアとタツオの間で揺れ動いていたボスのヘイトが、遂にセフィリアよりもタツオに対して上回った。
「タツオさん任せました!」
「はい……!」
それからは同じことの繰り返しであった。タツオの集中力が途切れて被弾が多くなると回復を厚くしたセフィリアが狙われる。そのときはまた耐久戦に移行してヘイトを安定させることの繰り返しであった。
時折二人以外にもリーゼロッテやニンジャンが狙われそうになったが、リーゼロッテは障壁魔術でボスの行く手を塞いでいる間に全力で遠くへ逃げ、ニンジャンは擬態スキルによって景色と同化あるいは地面に潜ることで逃げ延びていた。
時間をかけて粘り抜き、そのようにして辛うじて彼らは死者を出すこと無くフレイムスコーピオンを討伐することができたのであった。
「俺が不甲斐ないばかりに、迷惑をかけてしまいました。申し訳ない」
ベルモンテへと帰る馬車の中で、タツオがそう言って頭を下げた。
「いやーしゃあないっしょー。あんな怖いバケモノサソリ相手によく頑張ったと思うよアタシは」
「その通りデス、セッシャ達は勝てマシタ」
「私もそう思いますよ。それに私なんてハープを弾いていただけですからね」
皆が口々に慰めの言葉を口にし、ばら~どがハープをぽろんと爪弾く。
「僕もタツオさんは頑張ったと思うよ」
──そう、確かにタツオは頑張ったとセフィリアは思う。しかし、レオンハルトならもっと集中力を切らさず上手く立ち回ってタンクをこなしただろう、と心のどこかで思わずにはいられなかった。
セフィリアはこのゲームを始めて、初めてレオンハルト以外のタンクとPTを組んだ。とはいえ、セフィリアはVRでないMMORPGでは様々なタンクとPTを組んできた経験がある。
今までセフィリアはそれを基準にしてレオンハルトは中々上手いと考えていた。しかし、VRでタンクとしてここまで動けるレオンハルトはもしかしたらかなり上手い部類なのではないかと考えを改めるのであった。




