第三話 とあるネカマヒーラーのMob狩り
その後分配を終えた彼らは夕食を摂るためにログアウトすることとした。夕食を終えて再びログインしたセフィリアはフレンドリストを見る。
そこにはレオンハルトという名前があり、オフラインと表記されていた。このゲームで初めてのフレンドができた嬉しさをじわじわと噛み締めながら、装備を整えるために買い物に出かけた。
今回は防具を購入した。NPC売りのホワイトローブ一式である。防御力は期待出来ないが、一部位につき魔力が1上がる効果がついていた。魔力は魔術使用時のダメージ量、回復量に影響するため、出来るだけ高めておきたかったのである。神聖魔術と盾術のスキル値が20ほどになっており、魔術適正のスキルは10程度であった。魔術適正の奥義はリラクゼーションだけ習得しており、これは10秒間MP回復速度を上昇させるというものである。しかし発動中は行動不能という弱点があるため、使う頻度も少なくなかなかスキル値が上昇していなかった。
また、HP、MP、STや筋力、魔力、頑強、回避力などの身体スキル値も20程度に上昇していた。
等々、各項目をチェックしていると強化魔術を習得していなかったことに気がついた。買いに行こうとしたら、フレンドリストのレオンハルトの名前がオンラインになった。夕食時にログアウトした場所に戻ると、彼がぼんやりと佇んでいる姿が見えた。
「レオンさーん、お帰りなさい」
取り敢えず声をかけてみた。
「あ、セフィリアさん。ただいまです。今自分のスキルを確認しているところでした」
なるほど、メニューウィンドウ確認時はあのように周りから見えているのか。確認中の人にぶつかったりしないように注意しないと。
「レオンさんは剣術と盾術と、他には何を取るつもりなのです?」
「私は闘気スキルと挑発スキルをまずは覚えようと思います。さっきの戦闘で犬さんを全然引き付けられなかったので……」
「確かにそれらのスキルがあると楽かもですね。僕は今から強化魔術のスクロールを買いに行こうと思うのですが、もし良かったら買い物が終わったらまた一緒に狩りに行きませんか?」
しつこいかなと不安になりつつレオンハルトを狩りに誘う。早口になっていないか少し気になるが、彼の返答を待つこと一瞬、彼はポカンとした顔をした後、破顔してこう言った。
「もちろんです!私からお願いしたいくらいでした。ぜひ狩りにご一緒させてください。待ち合わせはここで大丈夫ですか?」
すんなりOKが貰えた。安堵して軽く脱力しながら答える。
「はい、ではまた後ほど!」
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急いで買ってきますねと言うレオンハルトにのんびりで良いですよーなどと返して買い物を終え、無事に彼と合流して街を出た。ゲーム内の2日が現実の1日に相当するように体感時間が設定されており、まだ陽が出ていて明るかった。
「さっきは森に行きましたけど、今度はどこに行きましょう?」
というレオンハルトの問いに対し、
「草原はどうです?草原のちょっと遠めの方なら人も少ないでしょうから」
と返す。森のような入り組んだ所では不意打ちが怖いと先ほどの戦闘で感じたのである。森でなく草原に人が多いのもそういった理由があるのだろう。
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2人でのんびりランニングし、草原の遠くまでたどり着いた。ここまでは人も多く余剰Mobはほとんどいないようであった。しかし、この近辺には人の姿も見えず、快適な狩りが出来そうである。
「向こうに鹿みたいなのが見えますね。あれ倒しましょうか」
そう言うと、レオンハルトもそれに了承して駆けていった。セフィリアも走りながらローヒールの詠唱を開始する。移動しながらの詠唱は時間がかかる上に効果も低下するが、手数を増やすために必要と感じていた。
「行きます、タウント!」
レオンハルトが鹿のMob──ブラウンディアー──に向かって叫ぶ。するとブラウンディアーは彼に躍り掛かった。レオンハルトも盾で防ぐが、ブラウンディアーは格上なのか、貫通ダメージも大きい。セフィリアはすかさずローヒールを解放し、覚えたての強化魔術を唱え始めた。
「彼の者に守りを──ハードニング!」
防御力上昇バフを与える魔術である。効果量は大きくないが、継戦時間が長ければ長いほど総被ダメージ量に影響が出るため侮れないものである。
レオンのSTとHPを適宜回復していると間もなく戦闘が終了した。減少したMPを魔術適正スキルのリラクゼーションで回復させながらレオンに話しかける。
「なんだか物足りないですねー」
「確かにそうですね。森での戦いのようなスリルはありませんね」
そう、はっきり言えば戦闘中暇だったのである。鹿の攻撃は単調でレオンハルトも簡単に防げていて、あまりヒーラーとしてすべきことが無かったのである。
「もう少し遠くに行ってみますか」
そう提案する。レオンハルトも二つ返事で同意し、草原の奥へ向かうこととした。
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向かった先で大きな狐を発見した。
名前はマギフォックス。その名前に嫌な予感を覚える。
「あの狐、魔法とか使ってきそうですね。まあ一応ハードニングかけておきますか」
そう言って自身とレオンハルトに強化魔術をかける。もしあの狐が魔法主体の攻撃をしてくる場合あまり意味はないが、念のためである。
「魔法ですか。そういえばまだセフィリアさんが使っているような魔法しか間近で見てはいませんね」
レオンハルトは目を輝かせ、攻撃系の魔法に興味津々といった様子である。かくいうセフィリアも攻撃魔術を見てみたいと思っていた。これは良い機会である。
「よし、やりましょうか」
そう言ってローヒールを唱える間にレオンハルトは狐へと駆け寄った。
「タウント!」
レオンハルトは先制して挑発技を叩き込む。これでセフィリアにヘイトが向くことは早々ない。
それに対し、マギフォックスが取った行動は──
「逃げた!?」
レオンハルトが驚愕する。セフィリアも同様に驚いたが、すぐさまその理由に思い当たった。
そう、詠唱のためである。
マギフォックスは狐ならではの素早さで後退すると、鳴き声を上げ始めた。レオンハルトも慌てて走るが、如何せん大狐のマギフォックスには走りでは敵わない。
間もなく詠唱が完了し、狐の嘶きと共に魔法が放たれた。
それは火球であった。人の頭よりも大きい炎がレオンハルトへと飛翔する。
レオンハルトは一瞬硬直したが、辛うじて盾を火球に合わせることに成功した。しかし火球は盾よりも大きく、すぐさま腕が燃えだした。
レオンハルトは錯乱して腕を振る。
当然である。痛みは無いとはいえ、自分の腕が燃えているのである。常人なら慌てるのが普通だ。
「ローヒール!」
セフィリアは錯乱するレオンハルトへローヒールを放った。1/4ほど削れたHPがある程度回復する。
レオンハルトの腕も、振り回していたおかげか炎が消えていた。
「大丈夫ですレオンさん!火は消えました。それよりも次の魔法が!」
その言葉にレオンハルトはハッとしてマギフォックスの方を見る。その瞬間、次の詠唱が完了した。
再び火球がレオンハルトへと飛ぶ。先程の攻防でレオンハルトは盾で防ぐのは危険と判断したか、横に飛んだ。
火球がレオンハルトの脇を掠める。着地と同時にレオンハルトは狐に向かって駆け出した。
マギフォックスはすぐさま詠唱を開始していた。彼らの距離は10mほどである。レオンハルトが接近する直前に詠唱が終わった。
至近距離で放たれる火球。しかしレオンハルトは回避も防御もしなかった。
全力で斬りかかったのである。胸に着弾した火球から炎が燃え広がり胴体が燃える。至近距離のためかなりのダメージである。HPの半分近くが減少した。次の火球はおろか爪で引っかかれるだけでも危険なHP残量である。
しかし、彼は一人ではなかった。
「ローヒール!」
セフィリアが待機状態の神聖魔術を解放する。レオンハルトのHPは若干回復した。レオンハルトは続けざまに剣を振るう。セフィリアも連続でローヒールを唱える。
マギフォックスはたまらず後退しようとするが、レオンハルトが全力で突進してそれを妨害した。バランスを崩した大狐をひたすら剣で攻撃し、ついにはHPが潰えた。
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「いやー、攻撃魔法って凄いですね」
レオンハルトがそう言う。確かにリアルで目の前に火球が飛んでくる等ということはまず起こらない。セフィリアは以前に通常のMMORPGの他に没入型VRのアクションゲームなどもプレイしていたため、ある程度のVR耐性はあった。しかし、たとえ痛みは無くとも身体が燃えるなどというゲームは初めてであった。ファンタジーにしてこのリアル感、セフィリアはこれこそが求めていたゲームだと確信した。
「レオンさん腕燃えてましたよね。痛みは無いと思いますがどういう感覚だったんです?」
「ええ、痛みはありませんでした。でも熱かったですね。痛みのない熱さというのも不思議な感覚ですが……」
「そんな感覚なんですね。あと、レオンさんはどうして最後のファイヤーボールを避けなかったんです?」
その後に「きっと怖かったと思うんですが……」と続ける。痛みのない熱さというのも気になったが、セフィリアはレオンハルトが最後に起こした無謀とも言える行動が不思議であった。
「ああ、それはあの炎を避けるよりも詠唱中に突っ込んだほうがマギフォックスを逃さずに倒しきれるんじゃないかと思ったんです。多分、避けたりしていたらまた距離を取られて同じことの繰り返しだったと思います。それに──」
「それに?」
レオンハルトは少し息を整えてこう言った。
「──それに、多分あの火球に飛び込んでもセフィリアさんが助けてくれると信じていましたから」
彼は恥ずかしそうに笑っていた。
彼の真っ直ぐな信頼が気恥ずかしくて、彼から目をそらしながらセフィリアは小声で答えた。
「そ、そっか。まあなんというか、ありがとう?」
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「ところでセフィリアさん、今の狐の攻撃魔法の名前、どうしてファイヤーボールだって分かったんですか?」
恥ずかしさを紛らすかのようにレオンハルトが尋ねてくる。確かに、これは前衛だと気が付かないかもしれないと思い、セフィリアは種を明かす。
「視界の右下にバトルログウィンドウがあるでしょ?そこに書いてあるんだよ」
敬語が自然と外れたが、まあ良いかと思い続ける。
「バトルログには使った技・魔法・ダメージなんかが書かれるみたいだ。多分前衛だと戦闘中に見てられないと思うけど」
「おお、確かにファイヤーボールと書いてありますね。これって攻撃魔法の中でも強い方なんでしょうか」
自分は砕けた話し方なのにレオンハルトが未だかしこまった口調なのが気になった。
「ねえレオン、もうタメ口で良いんじゃない?」
彼が自分にまだ距離を感じているのだろうかと少し不安になったのである。
「すみません、私、これが素で……」
どうやらレオンハルトは普段から丁寧な口調のようである。どんな紳士だと呆れながら空を見る。VRとは思えないほど空は綺麗で、セフィリアの不安は天へと掻き消えていった。
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「セフィリアさん、さっきのファイヤーボールみたいな魔法ってどうやって防げば良いと思います?」
レオンハルトがふと思い出したように言った。
「避けるか、防御するかだと思うけど。でも多分範囲魔法とかだと避けるの無理だよねー。うーん……そうだ、さっき魔法攻撃食らったときに何かスキル上がったりしてない?」
セフィリアのその言葉を聞いてレオンハルトが固まった。おそらくスキル一覧を確認しているのだろう。固まっていてもそこは優男、まるで彫刻のように様になっていた。その姿をセフィリアはなんとなくボーッと眺めていると、レオンハルトが動き出した。
「システムメッセージウィンドウとスキル一覧を見てみましたが、どうやら抵抗スキルが1上がっているようですね。ステータスで言うと魔法防御力の値に関係しているみたいです」
「なるほどねー。普通の防御力は頑強スキルで上がるけど、魔法防御は抵抗スキル依存なのかあ。ダメージ自体はそれで軽減できるんだろうけど、ちゃんと防ぐってなるとどうやるんだろ。盾術スキルの上位技にあったりするのかなー」
そう言いながらセフィリアは思案する。もし普通のタンクを育てるとしたら、体力・持久力・頑強・抵抗・盾術・挑発スキルはおそらく必須であろう。もしそれらを100まで上げるとしたらそれだけで600もスキルを使ってしまう。さらには剣術などの武器スキルに所持重量と攻撃力に関する筋力スキル・攻撃補助の闘気スキルを上げれば合計900に達する。そうなるとあと100しかスキルポイントは残らない。
「これはスキル構成が難しそうだなー。スキル情報が出回ったら僕も本格的にヒーラーの構成を決めないと」
そうボヤきながらも、セフィリアの表情はほころんでいた。大きな空色の瞳は輝き、小さな唇は弧を描いている。オリジナルのスキル構成のキャラを作れるということが楽しくてたまらない、そういった顔をしていた。
一方レオンハルトはセフィリアのその顔を見て、微笑ましく思いながらも自身も興奮覚めやらぬという面持ちであった。先程のマギフォックスとの戦闘では自身に向かってくる魔法にこそ一瞬恐怖したが、それ以上に後ろの可憐なセフィリアを守るという使命感、そしてそれを達成するための刹那の思考。それによって選んだ突進という行動。自分に向かってくる炎はバーチャルとは思えないほどあまりにも現実染みていて、それに体当たりをしたことは思い返せば我ながら無茶なことをしたものだと今になって冷や汗が出そうになる。
しかし、それよりも楽しいという思いが遥かに大きかった。誰かを守るために勇気を出して戦う、それこそがレオンハルトの望んでいたことであった。それをこのゲームで実現し、体感している。
そこまで漠然と考えた後、レオンハルトはセフィリアと自分との相違点に気がついた。セフィリアはゲーム自体を楽しんでいるのだろうが、レオンハルトは手段としてのゲームによって得られるものを楽しんでいる。
なんとなく、レオンハルトにはセフィリアが眩しく見えた。
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その後二人はフォックス地帯で狩りを続けた。魔法のマギフォックス、標準のブラウンフォックス、あるいはその群れと戦ったりもした。主要スキルは30程度にまで上昇し、次の魔術やテクニックを覚えるため、そしてログアウトするために街へ戻ることにした。
それからしばらく二人で草原を駆け、やがて今の拠点となっている“始まりの街”ことベルモンテへとたどり着いた。
「それじゃあレオン、おやすみー。また明日」
「はい、セフィリアさんもおやすみなさい。また明日よろしくお願いします」
買い物や分配を済ませてセフィリアはレオンハルトへログアウトの挨拶をした。何も考えずにまた明日と告げたが、レオンハルトは明日も付き合ってくれるようだ。少し嬉しくなって、少し後ろ髪を引かれる気持ちと共にログアウトを実行した。徐々に薄れる視界。消え行くレオンハルト。そして暗転。
目を覚ますといつもの自室がそこにあった。軽く仮眠を取ったような感覚。ヘッドギアを外し、背伸びをする。楽しかった。確かに、そう思えた。明日のログインが待ち遠しい、そんな思いを抱きながら、彼は今日を終えた。




