聖なるくちづけ
★
「炎を使わないと、聖霊も大したことがないのねえ」
クリスティーナは、図書室の床に膝をつくイグニスを見下ろした。イグニスは兵士たちに剣を突きつけられている。
「……」
「なぜ炎を使わないの? 全て燃やすと言っていたじゃない」
「そうしてやりたい。最初から、そう思っている。教会を燃やし、おまえたちを燃やしたい。しかし、ユーリはそれを望まない」
「あの子のために?」
膝をつく美しい青年を見下ろし、クリスティーナは目を細めた。
「どこがいいの、あんな娘の」
「オロカモノに教えてやる筋合いはない」
クリスティーナの瞳が冷たく光った。
「動けないよう痛めつけなさい。おとなしくなったら地下牢につないで」
踵を返し、歩き出す。たとえ処刑の邪魔をしようと企んでも、聖霊がいなければユーリは何もできまい。無力なユーリを殺せば、今度こそクリスティーナが聖女になる。
ほくそ笑んだクリスティーナは、ルピナス、と囁いた。すうっ、と音もなく無表情な聖霊が現れる。
「ユーリを探して始末しなさい」
彼は無言で頷き、闇に消えた。──さあ、燔祭の始まりだ。
「クリスティーナさま」
声をかけられ、振り向くと、リカルドが立っていた。いつも眩しいものでも見るような目でこちらを見ているのに、今日は妙に硬い表情だ。
「あら、リカルドさま。どうされたの?」
「あなたの護衛につくようにと、副団長が」
「あら、そう。よろしく」
クリスティーナはそう言って微笑んだ。
★
バルドーは、牢の壁にもたれていた。カツカツと靴音がして、黒い物体が牢屋に投げ入れられる。それがなにかわかった瞬間、バルドーは目を疑った。
「……イグニス?」
乱れた黒髪の間から、赤い瞳がこちらを見る。
「どうも」
「何があった。ユーリは?」
彼を助け起こそうとしたら、腕を跳ね除けられる。
「触らないでください」
相変わらずなのだな、とバルドーは思う。この聖霊は、ユーリ以外には心を許さない。
「おまえが人間に捕らえられるとは」
「不可抗力だ。捕らえられても、ユーリを守るのに支障はない」
「どういう意味だ?」
「ユーリは私を呼ぶからだ」
イグニスは優越感に満ちた赤い瞳でこちらを見る。傷ついてうちひしがれているはずの彼は、なぜか息を飲むほど美しかった。いくら痛めつけられても、彼の魂は一切傷つかないのだ。
「あなたたち人間ではなく、私を呼ぶ。私しか、ユーリの本当の味方はいない」
「それは、そうなのだろうな」
どんなに親しい間柄でも、人間は疑うことをやめられない。利害や疑心で、信頼関係が揺らいでしまう。だがユーリとイグニスは無条件でお互いを信じ合うことができる。
「羨ましいな」
そうつぶやいたら、あげませんよ、と返ってきた。
☆
陽が落ちた赤の広場で、松明が燃え盛る。民衆が集まる中、塔の天辺にクリスティーナが現れた。途端に、わあっ、と歓声があがる。
「クリスティーナさまー!」
「聖女さまー!」
クリスティーナは彼らを見下ろし、一見穢れのない笑みを浮かべる。
──ああ、これよ。この歓声。この視線。みんな私を特別な存在だと崇めるこの瞬間。どんな人間もクリスティーナに跪く。そう、あのイグニスでさえも。この快感こそがクリスティーナの生きる糧だ。
だから、地位を守るためにはどんな手も使う。所詮教会も権威主義なのだ。信仰や本当の力など、誰も求めていない。民衆が求めるのは美しい聖女。悪しきものが罰せられることで得られる充足感。何が正しいかなど、どうでもいいことなのだ。クリスティーナは精々鎮痛に見えるよう、表情を暗くする。
「皆さん、今日は悲しい日です。我々の信じる神を侮辱する、悪しきものを裁かねばなりません」
広場の中央には、火刑に処されようとしているミーシャがいた。髪がほつれ、うなだれている。額には「ENVY」の文字。聖霊の影だかなんだか知らないが、肉体がなくなれば出て行くだろう。
クリスティーナは、司祭に頷いてみせた。司祭が片手をあげる。
「火を!」
松明の火が、ミーシャの足元にある藁へと近づいて行く。次の瞬間、小さな人影が野次馬の中から飛び出した。
「!?」
「なんだあいつは! 止めろ!」
小さな人影はミーシャの前に立ちふさがり、声をあげた。
「処刑は待ってください! ミーシャは影に取り憑かれてるだけなんです!」
背後にいたリカルドが絶句する。
「ユーリ……! あいつ……何してるんだ」
クリスティーナは内心であざ笑う。あちらから出てきてくれるとは。本当にバカな子。司祭がユーリを指差し、叫ぶ。
「その娘は聖女を追い落とそうとした悪女だ! 捕らえて火あぶりにしてしまえ!」
「司教さま、そんな」
クリスティーナは眉を下げる。
「いけませんわ、あの子は無知なだけなのです。聖女を騙るのがどういうことなのか、わかっていないだけ」
そう、火あぶりにする必要などない。ルピナスがあの子を殺すだろう。松明の影が、ゆらりと揺れた。ああ、いる。私の聖霊が。
──やりなさい、ルピナス。
松明の後ろからふうっ、と現れたルピナスが、ユーリに向かって風の刃を放った。
さようなら、ユーリ。クリスティーナは目を閉じて、滲んだ笑みを隠すために口元に手を当てた。
☆
ユーリは心臓をどくどく鳴らしながらミーシャの前に立ちふさがっていた。周りは兵士たちに囲まれているし、民衆たちは怪訝な目を向けてくる。この娘は誰だ? 彼らの目はそう言っていた。
「わ、私が、本当の聖女なんです!」
声がひっくり返る。イグニス、どこ? ひとりだと不安で仕方ない。早く来て、イグニス。
「ふざけたことを言うな! おまえのようなちんちくりんが聖女なものか!」
「ち、ちんちくりん」
「どけ! 処刑の邪魔をするな!」
え、こ、怖い。ユーリは民衆たちの勢いに慄いた。みんな、処刑をみたくて集まっているのだ。──どうしてそんなに処刑が見たいの? みんな、人が焼かれるところを見て、何が楽しいの?
「ユーリ……」
背後から聞こえてきた声に、ユーリはハッ、と振り向く。ミーシャが虚ろな目でこちらを見ていた。
「ミーシャ、大丈夫?」
「もう、いいよ」
「そんなこと、言わないで。もうすぐイグニスが来てくれるから。そしたら助かるからね」
「ユーリに、ひどいことした罰、だよ。ユーリは、聖女さまだもん。私とは、違うのに」
そんなこと。
「そんなの、おかしい」
ユーリは声を震わせた。
「聖女とか、関係者ないよ、ミーシャと私は友達だもん、なにも違わないよ!」
ミーシャが瞳を揺らした。うつろだった目に、ちいさな炎が映り込む。
「ユーリ……」
「伏せろ!」
頭上から聞こえてきた声に、ユーリはハッとした。リカルドだ。慌てて身を伏せたら、ヒュン、と風が吹いて、なびいた髪を切り去る。
「っひ!」
ユーリはなくなった部分の髪を見て背筋を震わせ、視線を動かす。その先には、無表情な聖霊がいた。
「ルピナス……」
「いまだ、あの娘を捕えろ!」
ユーリは駆けてきた兵士に、地面へ倒された。もがきながら、ミーシャへ手を伸ばす。
「いや、ミーシャ!」
「火を!」
司教の言葉に応じ、火が放たれる。ミーシャが諦めたように目を閉じた。ユーリは揺れる炎を絶望的な気分で見る。
──だめ。
──イグニス、きて。
──イグニス、おねがい。
「呼びました?」
次の瞬間、ユーリの身がふっ、と軽くなった。兵士たちが悲鳴をあげながら地面に転がる。片腕は炎で焼けていた。
「い、ぐにす」
イグニスは赤い瞳でちら、とこちらを見下ろし、
「無様ですね、ユーリ」
「遅いよ!」
ユーリが顔をくしゃくしゃにすると、不細工だな、とつぶやく。それに反応している暇なく、ユーリはミーシャに視線を向ける。炎は藁から貼り付け台に燃え広がろうとしていた。
「ミーシャ!」
イグニスが舌打ちする。
「私は炎の聖霊。近づくと余計火が……ユーリ!」
ユーリは起き上がり、ミーシャの方へ駆けていく。
もう、ユーリはどんくさいわね。ユーリが困っていると、いつもたすけてくれた。
──神さま、ミーシャをたすけて。私の大事な友達なんです。
そう祈った瞬間、ユーリの頭に、声が響いた。
──罪に口付けを。
ユーリは地面を跳躍し、ミーシャに抱きついた。ミーシャがうっすらと目を開ける。
「ユーリ……?」
ユーリは微笑んで、その額に口付けた。
☆
二人の少女が焼かれていく様子を、クリスティーナは内心あくび混じりで見る。みずから丸焼きになるなんて、本当にバカなのかしら。思ったより面白い見世物にはならなかったわね。
ギャラリーの目を気にして、ふう、と悲しげに目を伏せた。伏せ目がちって結構疲れるのよね。その時、周囲がざわついた気配がした。
「く、クリスティーナさま、あれを」
その声に視線を動かしたら、焼け死んだはずのミーシャとユーリが、傷一つなく地面に倒れていた。
「っな……」
しかも、二人の身体は、まばゆい光で包まれている。ミーシャの額から黒いものがふうっ、と出て、ルピナスの方へ向かうのが見えた。ルピナスは黒いものが入ると、苦しげに呻いて倒れる。
「あ、あれは、なんなの」
「……百合の聖痕を持つ少女、炎から罪を救う」
奇跡だ。リカルドのつぶやきに、クリスティーナは固い声で答える。
「それはただの伝承よ、今のは、そう、たまたま運が良かっただけで」
「では、あなたが聖女だという証を見せてもらえますか」
茶色い目が、じっとこちらを見ている。──なんなのよ、こないだまで私にべた惚れだったくせに! クリスティーナは腹わたが煮えくりかえるような思いで微笑んだ。
「ええ、もちろん。──来なさい、ルピナス」
しかし、ルピナスは倒れているだけで動かない。
「ルピナス! 早く起きなさい!」
首筋にひた、と冷たい感触を覚え、クリスティーナは喉を引きつらせた。リカルドは彼女に剣を突きつけながら、
「あなたが聖女かどうか、真偽を問う必要があるようだ」
冷たい声で言った。
☆
なんか、ほっぺがあったかい、ううん、いたい。──ユーリ。ユーリ。ペチペチペチペチ。頰を叩く音に、ユーリは眉をしかめる。
「う、うう、痛い」
ぱち、と目を開くと、目前に赤い瞳が見えた。
「わっ、イグニス」
彼はほ、と息を吐き、不機嫌につぶやく。
「いつまで寝ているのかと思いました。このハムスター聖女が」
「ほっぺがすごく痛いんだけど、むぐ」
「痛いですんで良かったと思いなさい。炎の中に突っ込んでいくとは正気ですか」
イグニスはユーリの頰をぐいぐい引っ張った。
「いひゃい」
「死んだらどうする」
引っ張るのをやめたイグニスが、頰をそっと撫でる。ユーリは彼の手に、手を重ね合わせた。額に額を合わせ、赤い瞳を覗き込んだ。
「怒ってる?」
「怒ってないように見えますか」
「許して」
「いやです」
「グルーミングしてあげるから。ほらほら」
艶のある髪をわしゃわしゃかき回す。
「犬扱いするな」
イグニスはそう言いつつ、ユーリの手を振り払おうとしない。ユーリはふふ、と笑い、はっとした。
「ミーシャは」
「寝ていますよ。寝不足と疲労で、しばらく安静だそうです」
「処刑はなくなったんだよね?」
「さあ、知りませんが」
「聞きに行かなきゃ」
慌てて起き上がろうとしたら、イグニスに押し倒された。
「ぐえ」
「起きたばかりでしょう。寝てなさい」
「でもミーシャが、ひゃあ」
首筋を舐められ、悲鳴をあげる。
「起きられないようにしてあげましょうか」
「うぎゃー! 怪我的な意味で!? 噛まないで、イタイイタイ」
首筋を甘噛みされ、ユーリは青くなった。食べられる。甘辛く煮付けられる。
コンコン、とノックの音がして、ガチャリと扉が開く。
「ユーリ、起きているか……」
ドアの向こうにいたのはリカルドだった。イグニスとユーリを見て、目を瞬く。そのあと、かあ、と目尻を赤らめた。
「……終わったら呼べ」
パタン、と閉まったドアに向かい、ユーリは手を伸ばす。
「え、なにを!? ちょっ、リカルドさまー!」
「気持ちの悪い反応ですね」
イグニスは鼻を鳴らして、ユーリの耳たぶを噛む。ユーリはびくりとして叫んだ。
「イグニス、ふせっ!」
「っぐ」
ヘタリと力を失ったイグニスの身体を押しのけ、ユーリはベッドを降りた。ドアを開けると、リカルドが立っていた。ユーリと目が合うと、咳払いして口を開く。
「クリスティーナの諮問会議がある。おまえも出席しろ」
「え、私が、ですか」
「ああ、ミーシャの罪状についても話し合われる」
ユーリはハッとして、行きます、と答えた。
のし、と重みがかかる。見上げると、赤い瞳がジト目でこちらを見下ろしていた。置いていく気か、とでも言いたげな目で、ユーリの頭に顎を乗せている。ユーリは苦笑して、
「イグニスも一緒に」
★
クリスティーナは地下牢にいた。簡素な椅子に座り込み、イライラと、組んだ足を揺らす。服は聖女服ではなく、侍女服にすら劣る粗末なものだ。──なんで私がこんなところにいなくちゃいけないの。
かつん、と靴音が響いたので、そちらに瞳を向ける。最初に騎士服が目に入り、次いで食えない顔が視界に映った。
「そんな顔をしていたら、美人が台無しだ」
「……バルドー様」
目の前で微笑む男を、クリスティーナは睨みつけた。立場が逆転したというわけか。
「いい気味だとお思いなのでしょうね」
「あなたはなにを着ても美人だとは思っているが」
「笑わせないで。私を笑いに来たんじゃないなら、何の用?」
「迎えに来たんだ。会議が始まるからね」
「私を吊るしあげようっていうの」
「そうだ、クリスティーナ」
バルドーが真面目な表情になる。
「君が他者を踏みつけたように、君も踏みつけられるだろう。だが行かなければならない。これが君の、聖女としての最後の仕事だ」
クリスティーナは舌打ちし、立ち上がった。
☆
ユーリはそわそわしながら椅子に座っていた。右にはイグニス、左にはリカルドが座っている。いつもはクリスティーナが座っている席だから、なんだか落ち着かない。
「手洗いなら済ませて来なさい」
イグニスの言葉に、ユーリはむっとする。
「違うもん」
「おい、騒ぐな」
リカルドの言葉に、イグニスが眉をあげた。
「どうでもいいが、なぜユーリの隣に座っているんです? 小僧」
「騎士団長の命令だ」
「ふん。で、あのロリコンはどこに行ったんです。釈放されたのでしょう?」
イグニスがそう言った瞬間、タイミングよく扉が開き、バルドーが現れた。
「噂をすれば影だな」
つぶやいたイグニスを、ユーリは目でたしなめる。バルドーの背後には、クリスティーナが立っていた。いつもの微笑みは影をひそめ、粗末な服に身を包んでいても、彼女はやはり美しかった。リカルドは無表情で目を伏せている。握りしめられた拳が、やり切れなさを現していた。ユーリが気遣わしげにそちらを見ていたら、司祭が口を開いた。
「聖女さま、シノドを始めましょう」
沈黙。
「あなたのことでは?」
イグニスにそう言われるまで、自分のことだとは思わなかった。ユーリは慌ててはい、と答え、
「あの、シノドってなんですか?」
その瞬間、場の空気が凍りついた。イグニスは知らんふりをし、リカルドが早口で囁く。
「司祭、騎士、聖女で行う会議のことだ」
「あ、はい、しましょう!」
ユーリは元気よく言った。リカルドの隣にいるカイがくく、と笑っているのがわかる。なにか変だっただろうか?
司祭が咳払いして、クリスティーナに目を向ける。
「その女は力もないのに聖女を騙っていた。処罰せねばなりません」
「処罰、って?」
「やはり、火焙りが妥当かと」
「そ、そんな、絶対だめです!」
ユーリは首をぶんぶん振り、ばつ印を腕でつくる。
「そのオジさんは私に死んでもらわなくちゃまずいのよ。色々施しを受けたことを知られたら聖職者としておしまいだものね?」
クリスティーナの言葉に、司祭が真っ赤になった。
「特に赤ちゃんプレイがお好きで」
「ば、バルドー! その女を黙らせろ!」
「生憎女性の口に戸を立てるのは難しいので」
バルドーは笑顔で言う。
「ユーリ様!」
ユーリはクリスティーナを見つめた。こんな場面でも、ほつれた髪の先まで美しい。初めて会ったころ、ユーリが見惚れた時のまま、彼女は変わらない。聖女の力はなくても、人を惹きつける魅力があるひとだ、とユーリは思う。その力の使い方が、間違っていたとしても。
「私は、クリスティーナさまにはここにいていただきたいです」
「ユーリ」
イグニスは口を挟んだ。
「それは死ねと言っているようなものだ」
「……クリスティーナは修道院に送りましょう。羊の群れに紛れさせて、静かに余生を過ごさせるのがいい」
司祭が強引に話を進めた。
「なにせ、男を狂わせる悪女ですからな。男のいない場所ではなにもできまい。どうだ、バルドー」
バルドーはうやうやしく礼をした。
「聖女さまの決定に従います」
クリスティーナは冷たい目で司祭を見て、す、とユーリに視線を移した。
「承諾しなさいよ。私を追い出すことを。それがあなたの役目なんだから」
ユーリはぎゅ、と拳をにぎり、クリスティーナを見つめ返した。
「……承諾します」
「ではさっそく修道院に手紙を書く。それまで地下に閉じ込めておけ」
司祭は我が意を得たりというように言い募る。バルドーはクリスティーナを促し、会議室を出て行く。ユーリは席を立ち、クリスティーナを追いかけた。
「クリスティーナさま!」
振り向いたクリスティーナが、さらりと髪を揺らした。
「おめでとう。よかったわね、もうくだらない雑用をしなくて済むわよ。綺麗な服を着て、愛想を振りまいてればいい」
「いいえ」
ユーリの言葉に、クリスティーナが眉をあげた。
「なにがいいえ、なの?」
「聖女は、誰かを助ける存在でなきゃ。神様は、ほんとはみんなを助けてあげたいけど、できないから。神様の代わりに、ひとを助ける存在を、聖女と呼ぶんだって、私はそう思います」
その言葉を聞いて、クリスティーナはふっ、と無表情になった。低い声で吐き捨てる。
「私、あなたみたいな聖女ぶった女は大嫌い」
振り返らず、クリスティーナは歩き出す。バルドーはユーリをちら、と見て、気にするな、とでも言いたげに微笑んだ。歩いて行った二人を見送っていたら、頭に重みがかかる。
「うぐ」
「なにをしているんです。まだ会議が終わっていないそうですよ」
「……イグニス」
視線をあげると、赤い瞳と目が合った。
「なにをしょぼくれているんです」
「聖女ぶった女は嫌い、って言われちゃった」
「まあ、ビッチにしては正論だな」
「ちょ、口が悪いよ……」
というか、少しはフォローしてくれてもいいのに。
「聖女ぶった、ではなく、あなたは本物の聖女でしょう。力にふさわしい振る舞いをすればいい」
「う、うん」
戻りますよ、と言って歩き出したイグニスの手を、ユーリはぎゅっと握りしめた。イグニスの手、あったかいな。思わず口もとが緩む。
「へへ」
「なにがへへ、ですか気色悪い」
そう言いつつ、彼はユーリの手を握り返してきた。
イグニスと一緒に──聖女らしくなっていけたらいいな。
次でおしまいです。




