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【ようやく電車に乗る】

 これもまた火事場のクソ力だろう。僕はズルズルと列車に引きずられながらも、必死の思いで電車のデッキに手をかけ、未弥を抱いたままその電車に乗り込むことに成功したのだ。


 われながらほとんど超人的な行為だった。できないできないと思い続けていた走る電車への飛び乗りが成功してしまったのだから。

 驟斬鬼のパワーがまだほんの少しだけ体の中に残っていたんじゃないかとでも解釈するしかない。いや、それ以外にはありえない。


 僕は未弥とともに車両の中に這いずり込むと、死にかけの干物のようにぐったり通路に横たわった。


(死にかけの干物って……意味不明だな)


 天井を見つめながら、そう思うとちょっと笑えてきた。少し心に余裕が生まれはじめているのだろうか。


 当面の危機は去った、のか?


 なにしろ一時は本気で死を覚悟したのだから気持ちが緩むのも無理はない。


 そうだ、未弥だ。生死を確かめないと。


 僕は体を起こすと、いまだぐったり目を閉じている未弥の胸に耳を当てた。


 柔らかい。いや暖かい。そこではじめて体温があることに気がついた。

 そのまましばし集中していると、トクントクンという控えめな血の流れも伝わってきた。


 ……よかった。生きてる。


 でも、まだ安心はできない。未弥はずっと意識のない状態だ。血が通っているからといって百パー安心していいってわけじゃない。

 それに、寿司山喜三郎のいった通りだとすれば、未弥の体にはすでにクヴァブイの卵が大量に産みつけられている可能性が高い。早く対処しないと今に卵から孵った大量の子クヴァブイが未弥の体を食い破ってワラワラと外に……。


 白骨化していたほかの獲物のことが頭に浮かび、僕は身震いした。穏やかに眠っているように見える未弥のあどけない顔を見つめながら、


(そんな目には絶対あわせないぞ)と、心に固く誓った。具体的にどうしたらいいのかはわからないが、こういうのは理屈じゃない。今はとにかく強い意志を持つことだ。


(それにしてもいったいこの列車、何でこんなに暴走してるんだ)


 変にスピードが出ている。僕は顔を上げてキョロキョロすると今ごろそのことに気がついた。これはちょっと走るのが早すぎるぞ。

 

 屋敷の鉄道制御システムが狂ってしまったのだろうか。

 別のエリアが水びたしになったおかげで、こっちのほうにも何らかの影響が出たんだろうか。ウソみたいなクソ力を発揮して何とか電車に乗り込むことができたが、仮に制御不能だとすれば、今度はこの暴走電車からいつまでたっても降りられないことになるかもしれない。ヘタするとどんどん加速していって角を曲がりきれずにどこかに衝突して脱線、破壊で未弥とともにオダブツだ。クソ、一難去ってまた一難か。


 それに、さっきの警笛は誰が鳴らしたんだ。この電車、人が運転してるのか?


 未弥の体を抱き起こし、とりあえず座席に寝かせた僕は、先頭車両向かって歩き出した。


 次の車両もからっぽで、乗客は誰もない。すべての吊革が、電車が揺れるたび同じ方向にこれまた揺れている。二両編成だから、もうすぐそこが運転席だ。


 運転席のガラス窓に人影が映っている。やっぱりそうだ。人影はこちらに背を向け、頭をがっくりと垂れ、震えているように見える。


(あいつ……)


 僕は近づいていくと、軽くガラスをノックした。


 数秒のあいだ無反応だったが、やがてふと気がついたように、相手はゆっくりとこっちを振り向いた。


 僕を見ためぐみの顔は、最初は驚愕の表情になり、しだいにそれが泣き顔になっていった。


 静かに運転席の扉を開けると、めぐみが飛び込むように抱きついてきた。


「人、はねちゃったよ!」大声でめぐみは叫んだ。僕はめぐみの背中をやさしくポンポンと叩くと、


「この電車、おまえが運転してんのか?」


 するとめぐみは僕からパッと離れ、おおきく首を左右に振った。


「警笛を鳴らしただけだよ」


 だろうなあ。人が運転してるんならこんなに電車を暴走させるはずがない。


「あの人、無事かなあ?」


 どうやら電車に衝突したのが、ほかでもない紗織さんだとは考えもしていないようだ。


「彼女はそう簡単に死なないと思う……」


「彼女? 誰? 知ってる人? なんでそんなことがわかんの?」


 今すっかり興奮しているめぐみに事情を詳しく説明するのはまだ早いような気がした。はねられたのが紗織さんだと知ったらもっとおおきなショックを受けることだろう。


「さっきの人、助けたいんだけど、この電車、どうしても停まらないんだよ……」めぐみはふたたび運転席に向かうと、レバーをガチャガチャ動かした。「急ブレーキもどれだかわからないし」振り向いて僕にいう。


「手動に切り替えるスイッチがどっかにあるんじゃないの」


「どれよ、さっきからやってるんだけどわからないよ」めぐみはさらにいろんなスイッチの類をメチャクチャに押しはじめた。「ぜんぜん止まらないんだよ。これじゃ降りることもできないよ」


「おまえ、ひょっとして、僕と別れてからずっと電車に乗ってたのか」


 するとめぐみは振り返って僕をにらみつけると、


「なんべん乗り換えたかわからないよ! どこに行けばよかったのかもぜんぜんわからなかったよ! 途中、乗りかえの部屋で気持ちの悪い生き物に襲われそうになったよ! 廊下でゴリラみたいなのに追いかけられたよ! 必死に逃げたよ! あ、あと、ものすごくおおきなコウモリも見たよ! そいつ、真っ赤な色してたんだよ! あたし、どうやってこの電車に乗ったかもおぼえてないよ! 何でまだ生きてるのか不思議なくらいだよ!」


 一気にまくし立てためぐみの目に涙がいっぱいあふれ出した。

 彼女は彼女で壮絶な体験をしてきたようだった。





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