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【カタストロフ】

 僕は刀を杖に立ち上がった。


 立てる。


 まだすっくと立てる。この驟斬鬼とかいう刀、ただものじゃないぞ。体の痛みも消えている。一時的に血も止まってるんじゃないか。


 紗織さんがまた刀を頭上高く掲げた。


「今度はそうはいくか!」


 驟斬鬼を構えた僕は、一気に紗織さんに突進していった。


「あれぇっ?」


 次の瞬間、僕の体はやっぱり宙に浮いていた。紗織さんの手にしている刀、風切から発せられる強烈な空気砲を正面からまともに受けていたのだ。


 僕の体は巨大なドームの円蓋天井に達するかと思われるほど天高く舞い上がり、やがてスーッと落下していった。


 それでも驟斬鬼のパワーは絶大だった。僕は決して地面に激突することなく、くるくると体を回転させ、ストンと三点立ちで着地できたからだった。


 しかし、着地した場所が悪かった。よりにもよって巨大な機器の上に立つ魔女のとなりだからだった。


 これにはさすがの魔女も驚いた表情になったが、僕だって同じだ。双方驚きあって互いの顔を見つめた。


「ぬおおおおっ」


 怪異な声を発している魔女の顔を間近に見ながら、僕はふと奇妙な思いにとらわれた。


「この魔女……?」


 しかし、何がどんな風に奇妙に思えたのか自分でもよくわからなかった。そんな気持ちになった理由がはっきりしない。気のせいだろうか。しばらく考える時間があれば何か掴めた気もするのだが、もちろん深く熟考する間もなく、魔女は絨毛だらけの手でいきなり僕の首を締めてきた。


「くっ」


 僕はとっさに驟斬鬼を魔女に向かって突き出した。


「ぐあああーっ」


 どこかに刺さったらしい。すぐに引き抜いたのでどこを刺したのかわからない。刺すつもりはなかった。この魔女はとんでもない悪人だが、決して殺してはいけないような気がしたのだ。

 だいいちもともとはふつうの人間だったはずなのだから。屋敷の中で飢えに負けてヒプノティの屍肉を食らってしまった哀れなストーカー女にすぎないのだから。


 目の前の魔女は顔面を覆ってのたうち回り、体をおおきくのけぞらせると全身の触手をブン回しはじめた。


 捕らえられていた侍従警団の連中は全員振り飛ばされ、さっきの僕みたいに皆バラバラと宙を舞った。それがここからだとまるで人型のビスケットみたいに見えた。

 しかし、彼女ら侍従警団の心配をしている余裕など今の僕にはなかった。いつのまにか紗織さんが僕の目線の高さの位置まで上昇してきていたからだ。風切の空気砲を利用し、ここまでジャンプしてきたのに違いない。風切を使えば空気を自在に操れ、空を飛ぶことや空中で静止することだってできるようだった。


「紗織さん、目をさまして!」


 視線の合った紗織さんに、僕は真剣に訴えた。寿司山喜三郎が僕に言ったプルストリンゲールとかいうヒプノティの毒効果はいったいいつまで持続するんだろうか。ああ、もう紗織さんは顔色ひとつ変えず、僕に向かって風切を降り下ろした。


 強烈な衝撃波に僕は宇宙まで吹き飛ばされた気分だった。すぐ間近からやられたので、衝撃はこれまでのものを上回るものだった。あっというまに僕の目の中で魔女や紗織さんの姿が豆粒ほどのおおきさまでになったかと思うと、僕の背中はドームの天井に激突した。


「ぐわっ」


 不思議なパワーを注ぎ込む刀を手にしていなければ、僕の体はバラバラに砕け散ったことだろう。なぜなら僕がぶつかった衝撃で、ドームの天井に亀裂が入ったからだ。


 半分気を失いながら、僕は自分の体がスローモーションのように落下していくのをかろうじて知覚した。同時に、体が反転して仰向けになっていた僕は、自分が今衝突した天井の亀裂が見る見る広がっていき、そうして次の瞬間に一気に崩落していくのを見た。


 水だ。


 巨大な水のかたまりが、天井の裂け目から滝どころか惑星のように落ちてきたのだ。


(……ああ、こりゃダメだ)


 薄れゆく意識の中で僕はぼんやり思った。(今度こそ本当にダメだ。いくらなんでもこれじゃ助からない)


 非現実的すぎてまるで他人事のような感覚だった。広大な膝栗毛屋敷の一部を水没させた水が、巨大な円蓋天井をあっさりと破壊して怒濤のように流れ込んできた。だだっ広い制御ドームは天井が割れるとほぼ同時に水没してしまったのだ。僕は空中を落下しているはずが、途中から荒れ狂う水の濁流に呑まれ、竜巻に舞い上げられた板切れのように翻弄されたのだ。


 おそらくこれで全員が死んだだろう。僕も含めて。


 濁流はドームを飲みつくし、機器類をなぎ倒し、壁面をもぶち破った。確かに世界の終わり、カタストロフを僕は目撃した。ただし、目撃したのは自分の目じゃなかった。僕の意識は僕の肉体からとっくに離れて、心眼でこの世の終末の風景を見ていたからだ。僕の肉体は藻屑と化し、どこかに飛ばされてしまっていた。




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