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7、決死の脱出

 一瞬のうちに格納庫を飛び出したマーズ号の前方には、無数の障害物が待ちかまえていた。ヴィザードの船はもちろんのこと、戦いに敗れもはや墜落を待つばかりのヘリウムの艦船の残骸も大きな障害となっていた。このちっぽけなマーズ号が高速のままそれらの浮遊物にぶつかり、強力なラジウムモーターのシャフトにひずみが加わったら、一瞬のうちにバラバラになってしまうことだろう。

 左右のペダルと方向レバーを必死に操作し、それらをひらりひらりとかわしていく。

 「しっかりつかまって!」

 「下へ行きます!」「今度は上に!」

 地球人の私には、火星人より速い反射神経という武器があったが、この高速度ではそれでも十分とはいえなかった。直進、回避を繰り返す船の速度計は1500ハアド(時速120マイル強)を激しく前後していた。無数の飛行船は絶えず空中を移動しているため、それらの移動距離を予想しながら、かいくぐるのは至難の業で、幾度となくもうだめだと目をつぶる場面があった。

 ヴィザードの指揮官たちもこちらに気がつき、たちまちあたりには単座の飛行艇が出現した。1500ハアド前後では、空中戦慣れした単座艇にすぐに追いつめられてしまう。たちまち、マーズ号の周囲には100機ほどの敵が、取り囲むように集まりだした。

「もっとスピード出します!」

このままでは身動きがとれなくなることに気が付いた私は、無理を承知でスロットルレバーをさらに動かした。この船が特別に造られた高速用で、このままでは追いつけないことが敵にもわかったらしい。いっせいに機銃の掃射が始まった。

 私たちにとって幸いしたのは、敵がラジウム弾を使わず通常弾を使用したことだった。たぶん船の浮力タンクに穴をあけ、地面に着陸したところで捕まえようともくろんだのだろう。それでも危険があることには変わりなく、透明なキャノピーは簡単に弾を通してしまうだろう。もし、弾がリア・ソリスに当たったら・・。

 

 息が詰まるような緊張感の中で、ひたすら私は船ジグザグに進めた。ある時は進路正面に敵の大型飛行船をすえ、単座艇に機銃が使えなくしたり、急降下し地面すれすれで機首を立ち上げたりして、追尾を振り切ろうとした。高速度での方向転換は、機体の構造材に大きなストレスを与え、たわみと振動で今にも機体がバラバラに空中分解しそうな不安にかられた。

 急降下から急上昇に移ると、Gのため頭の血液が下がり、目の前がブラックアウトを起こし、気絶寸前になった。ふつうのバルスーム人だったら、とっくに気を失ってる状態だったが、私の地球人の強靱な肉体は持ちこたえてくれた。

 とうとう、敵艦船の密集空域を抜けることに成功し、目の前に広がるのは自由への広大な空間だ。迷わずスロットルを最高に引く。レバーを握る手が振りきられるほどの加速が加わり、強烈なGが体にかかった。刻一刻とマーズ号は敵との距離をあけ、速度計の針が4000ハアドを指す頃には機影は消えていた。

 

 やった!敵を振り切ったのだ!

 

 空中の追跡劇が始まってから、私はすべてのことを忘れて操縦の没頭していて、同乗者のことを考えに入れてなかったことに気が付いた。ほっとして、リア・ソリスに声をかけると反応がなかった。シートベルトに体を預けるようにして、ぐったりしていた。

 体を揺さぶっても反応がないことに不吉な予感を覚え、いったん着陸した方がいいと考えて場所を探すと、すぐしたに火星の太古の川のあとが渓谷となってるのを見つけた。高度を下げていくと、峡谷はグランドキャニオンのように1000メートルぐらい切れ込んでいて、水が枯れた川岸のがけ下には身を隠すところが至るところにあった。ためらわず一番近くの場所にマーズ号を着陸させ、ラジウムモーターを停止させた。

 すぐにリア・ソリスのシートベルトをゆるめ、体を揺さぶるが反応はまるでない。ぎょっとして、彼女の鼻に耳を近づけ、目は胸の動きで呼吸を確かめようとした。呼吸は停止していた!なかばパニックに襲われながらも、手を首に当て心臓の鼓動を確かめようとしたが、バルスーム人は体の構造が地球人と違うかもしれないと思い至り、胸に直接耳をつけ心臓の音に聞き入った。必死の思いで神経を集中し、心臓の鼓動が聞こえないかと耳を傾けるが、音は聞こえなかった。

 

心臓は動いてなかった! リア・ソリスは死んでしまっていた!


 その瞬間、何かが私を行動に駆り立てた。怒りにも似た感情に我を忘れた私は、彼女をシートから抱きかかえると船外に降り立ち、地面に仰向けに横たえた。彼女の青ざめた顔を横向きにし、口をこじ開けると指でおう吐したものを取り除く。胸の前にひざまずき、心臓とおぼしき場所に両手を当てると、肋骨も折れよとばかりの力で心臓マッサージを始めた。

 短い間隔で15回押し、今度は顎を引いて気道を広げて、その今はものを言わぬ口に大きく息を吹き込む。胸の様子に注意し、慎重に息を6回入れる。次は心臓マッサージの繰り返し。いつかどこかで聞いた心肺蘇生法をリア・ソリスに施していた。必ず生き返らせてみせる!死なせてたまるか!

 私の頭の中には、彼女を生き返らせるという、一つの目的しかなかった。繰り返し繰り返し心肺蘇生法をほどこすが、彼女の心臓が動くきざしはない。

 いつの間にか夜となっていた。いったい、蘇生法を始めてからどのくらいの時間がたっているのか? 1分なのか? 1時間なのか? それすら見当も付かないくらいに、憑かれたようにひたすら心臓マッサージと人工呼吸をおこなっていた。さすがの私も、今までの戦闘と緊張感から疲労困憊に達していた。しかし、これをやめるわけにはいかない。

 

 リア・ソリスの体が冷えてきたのを感じて、飛行艇の備品入れより毛布を取り出し、体を包み込んだ。白い毛布の上からマッサージを再び始めるが、すぐにはっとして手を止めた。

 

 彼女を包む白い毛布に黒いシミが広がっていくではないか!

 

 二つの月の一つが天にかかっていたので、完全な暗闇ではない。薄明かりの中でも、この黒いシミはすぐに血だとわかった。暗闇の中で、赤い色が黒く見えたのだ。毛布を掛けるまでは気づかなかったが、あの空中戦のさなかに銃弾を受けてしまったらしい。すでに毛布は、リア・ソリスの胸と腹部の部分が広範囲に血で染まっていた。

 目の前に突きつけられた事実に、私のはかない希望は無惨にもうち砕かれ、どうしようもない絶望感に包まれた。あふれでる涙と汗に曇った目には、彼女の顔はもはや見えなかった。

 もはや、リア・ソリスが目覚めることはない。自分は彼女を守ってやれなかったのだ。ジョン・カーターとデジャー・ソリスの末娘のリア・ソリスは死んでしまった!

 緊張の糸が切れた私の体は、自分では気がつかなかったが疲労の極に達していた。戦闘の傷が、今になって追い打ちをかけた。遺体のそばにがっくりと膝をついた私は彼女の手を取り、そのまま眠るように気を失っていった。

 

 悪夢が何度も襲ってきた。同じ夢の繰り返しだった。マーズ号のコックピットで彼女の心臓が動いてないことに気がついてから、体を包んだ毛布が真っ赤な血で染まっていくさままでが、夢に何度も出てきた。

死んではいけない! 生き返ってくれ!

 夢の中で何度も絶叫していた。

心臓よ動け! 息を吹き返せ!

 そして、夢は血で染まったリア・ソリスをどうすることもできずに見ているおのれの姿で終わる。

 この役たたずめ! 何をしにこの火星に来たのか! 一人の女の命も守れずになにをしているんだ! 

 自分を責めていると、リア・ソリスの顔が夢に出てくる。そしてこう聞いてきた。

「なぜ、そのように自分を責めるのです?あなたはヘリウムの民ではありません。それなのになぜ、わたくしを助けられなかったことでそんなにも自分を責めるのです?」

 それに私は何度も同じことを答えるのだった。

「愛してしまったのです。最初の出会いから、自分ではどうしようもできないほどに愛してしまったのです!」

 その答えを聞いたリア・ソリスの顔は消えた。それでも私はむなしく叫んでいた。

「愛しています、私の王女さま……」

 やがて夢も消え、猛烈な寒さが襲ってきた。寒くて寒くてがたがたと体がふるえ、凍えるようで我慢ができなかった。このまま死んでしまうのかと、漠然と思っていると、不意に優しい暖かさが体を包んでくれた。

 依然体はふるえ続けていたが、私はその温かさに身をまかせ、救いとなる深い意識下の世界に沈んでいった。

 

 どのくらいそうやっていたのだろうか? 混沌とした頭には何もわからなかったが、徐々に自分の意識が戻ってくるのを感じていた。初めに耳の感覚が私に目覚めを告げたが、目はまだ開けようとしても開くことができなかった。しだいに全身の感覚がよみがえると、あの私を救った暖かさが、まだそこにあるのがわかった。我知らず抱きしめ、その暖かさの快楽を独り占めしようとして、ようやくこれはおかしいと気がついた。

 おそるおそる目を開け、腕に抱きしめているその温もりの正体を確かめる。一目見るだけで十分だった。リア・ソリスがそこにいた。あろうべきことか、私は無意識のうちにリア・ソリスの死体を抱きしめていたのか?!

体を堅くしながら様子を見ると、彼女は規則正しく息をしていて、腕に抱かれて眠っているのだった。二人とも、毛布で巻かれていて頭以外の様子は見えなかったが、体に触れる感覚から、彼女が全く裸なのがわかった。胸のふくらみが私の胸に押しつけられていて、絡めた太股にはさらさらした感触がある。私の鼻のところには彼女の髪の毛があり、そのかぐわしき匂いを楽しみながら、夢ならさめてくれるなと祈っていた。

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