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25、婚礼の式で

 結婚式の当日は、都はひどい騒ぎになっていて、凱旋の時よりもお祭りになっていた。ヘリウムの大宮殿の大広間が、婚礼の式で使われることは滅多にないこと。最近ではジョン・カーターと、その息子のカーソリスが使って以来だった。

 大広間の入口から大僧正の待つ壇上までは、深紅の絨毯が敷かれ、その左右にこの日のために呼ばれた賓客が、ずらっと並んで待っていた。ヘリウムの皇帝タルドス・モルス、小ヘリウムの王で皇帝の息子、デジャー・ソリスの父親のモルス・カジャックの姿も見えた。ジョン・カーターはもちろん、その息子のカーソリスとサビア。ヘリウム海軍提督のカントス・カン、私の友人カルド・ソルバルにラング・ランド、それにあのホロヴァス老人もいた。

 リア・ソリスの姉のターラと、その夫でガソールの王のガハン。その他大勢のお歴々が私の結婚式のために参列してくれていた。ただ一つ残念なのは、ワフーンと敵対関係にあるサークの皇帝、タルス・タルカスの姿がないことだった。こればかりは致し方ない。

 

 私は全身を、ずっしりと重いほどに宝石で飾り立てられ、少々閉口していた。腰に下げる短剣や長剣も儀礼用のものだ。赤いマントをつけられ、肩に固定するボタンは赤ん坊の拳ぐらいもありそうな、ダイヤモンドだった。伸び放題の髪の毛も、ジョン・カーターのように短く切りそろえ、身体に塗りたくっていた赤い染料も無色の物に変えていた。

 驚いたのは、染料を落としても、肌の色がそれほど極端には変わらないことだった。長い間の裸の生活で、こんがりと日に焼けたからだと思うが、これは嬉しい驚きだった。ジョン・カーターのように肌の色が違って目立つことがなく……こう考えてるのは自分だけで、彼らから見るとやはり違うのだと思うが……ふだんの生活では気楽だった。

 

 そのジョン・カーターも、地球時間で一月の間にめきめきと回復し、いまでは何らふだんと変わらない生活を送っていた。さすがに、激しい剣術の稽古は押さえ気味にしていたが。

 いろいろなことを考えながら、大広間の入口の扉の前で待つ私だったが、中ではシスの入場がおわったところだった。ナティス・オカピーの”祝福”の歌声がかすかに聞こえていた。こういう格式張った儀式が大の苦手の私は、自分の出番を待ちながら、高鳴る心臓の鼓動を押さえようと躍起になっていた。この日の婚礼の儀を披露することに賛成した、自分の浅はかさに後悔し、今すぐにもこの場から逃げ出したい衝動に駆られていた。

 

 ナティス・オカピーの歌声がいつの間にかやんでいた。突然飛び上がるほどの大音量でファンファーレが鳴り響き、目の前の扉が左右に開かれた。心の準備ができないうちに自分の出番となってしまい、私はお付きの者に半ば押し出されるように、大広間に足を踏み入れていった。しばしの間、目の焦点が定まらずに足元の赤い絨毯を頼りに進んでいたが、まっすぐ先にシスがいた。

 その姿を目にとめた瞬間に、不思議と心は落ち着きを取り戻し、心地よい高揚感が私を包み込んでいった。先ほどまでの自分とは別人のように、胸を張って堂々と歩を進めることができた。この火星に来てから大勢の友人と出会い、これからもその出会いは続いていくことだろう。だが、私にとって一番の出会いは、やはりシスと不思議な運命で巡り会ったことであった。

 

 大勢のともが見守る中、私は最後まで立派に歩き通せたと思う。シスの左に並び……男は剣を握る命よりも大切な右手を、女性は心臓に近い左手を手錠で結ぶため、このように並ぶのだった……、大僧正が私の経歴を……多少飾りすぎのきらいもあるが……長々と述べた。次にシスの経歴の番だったが、それは省略され、替わって述べられたのは彼女の心根の優しさ、女性としてのすばらしさだった。

 

 そっと彼女を盗み見るが、ベールの陰に隠された顔は見えない。全身これでもかと宝石で飾り立てられ、頭には黄金の冠をいただいている。左手首の「族長カイ」の黄金の腕輪はぴかぴかに磨かれていた。この一月のヘリウムの生活で、彼女の身体は目に見えて美しさを増していった。肌が艶を帯び、髪の毛は光り輝かんばかりに光沢を帯びていた。本当に美しいと思った。最後に教典を閉じると、大僧正はよく通る声で叫んだ。

 

「この二人に、この金の腕輪がかけられるとき、生涯固い契りで結ばれることになる!」

 シスが左手を、私が右手を差し出す。黄金の手錠を受け取った大僧正は、初めにそれを高く掲げ、そして私たち二人の手に掛けた。その瞬間に、あちこちからわき起こった祝福の声を私は生涯忘れることはない。それに呼応するように、宮殿の外の数万人の群衆からも割れるような歓声が上がった。

 

「きれいだよ、シス」


 私のささやきに、彼女は恥ずかしそうに、そっとうつむいた。しきたりでは、このあとに賓客の前で、愛のあかしの口づけをすることになっていた。私は彼女をやさしく手で促し、向かい合った。初めの頃は、彼女のベールを上げて、他人に顔を見せるのは抵抗があったが、今後は「カイ夫人」として堂々と紹介することができる。ベールの下を持った私はゆっくりと持ち上げて誓いの口づけを……・・?!


 わたしは、はっとして身を引いた。ベールの下から現れたのは、シスではなかった! 

 顔にやけどのあとが全くなく、一目で別人と判断できたが、混乱したわたしには、すぐには彼女が誰か、わからなかった。ベールを頭からはずし、目をしばたたきながら見つめ直す。その美しい顔はリア・ソリス!

 

 なぜ、なぜ? リア・ソリスがなぜ? 再び混乱した私の思考は、何も考えられなかった。

 

「リア・ソリス……・」


「今までだましていて……ごめんなさい。実は、シスはわたくしだったの」


 消え入りそうな声でリア・ソリスは言った。

「で、でも顔のやけどが!?」

 私は何がなんだかわからないまま叫んでいた。それを合図としたかのように、デジャー・ソリスがこちらに歩いてきた。手に持った品を私に渡し、ちょっぴりくすっと笑うのがわかった。

「これをご覧になってみて」

 私の手にあるのは、半透明で色がピンクがかった、薄いゴムのような物だった。両手に持って広げると、人の顔ぐらいの大きさで、4カ所ほど破れたような穴があいていた。これがどういうものかわからずにいると、私の様子を見ていたデジャー・ソリスは、それを自分の手にそっと奪い取った。

「カイ、これはこのように使うのです」

 美しい顔を天井を見るように上向きにすると、その奇妙な物を両手で広げて、自分の顔にかぶせると丹念に密着させた。すると驚いたことに、こちらを振り向いた顔のほとんどが、醜いやけどで覆われているではないか! 

 そこにはデジャー・ソリスではなく、まさしくシスが立っていた。顔との境目がわからないほどに薄く作ってあるために、近くで見ても作り物のやけどとは思えないほどのマスクだった。呆然とするばかりの私に、リア・ソリスが言う。

「いつかもうしたとおり、ヘリウムの王女とて、いつもさらわれているばかりにはいきません。赤色人の女の弱点が美しさなら、その美しさを敵の目より隠し、己自身の身を守るすべを考えなければいけません。母上や姉のターラの教訓から、このマスクは作られました。不慮の事態に巻き込まれ敵の手に落ちた場合、これで顔を隠すことにより別人となり身の安全を図るのです。わたくしはこのマスクを、いつも手荷物の中に忍ばせていました。それでも信じられないなら、これを……」

 彼女は黄金の契りの手錠がかかったままの左手首を差し出した。そこにはシスのためにこしらえた黄金のブレスレットがはめられていて、見覚えのある「族長カイ」のバルスーム文字が、浮き出しで掘られていた。私にはそれが本物であるのは一目見るだけでわかったが、ロック部分の接合部が一度はずされていないかと、再度確かめずにはいられなかった。

 

 今思い返すとずいぶん昔のことのようだが、バララックの廃都の駐屯地で、シスを奴隷から自由にする際、身元保証の意味で飾り職人に頼んだブレスレット。二つ一組で、私の左手首にも同じ物がはめられているのだ。自分の物と見比べるが、彼女がはめているのは紛れもない本物で、接合部分もはずされた形跡はない。やけどの仮面、「族長カイ」の腕輪、これらの証拠を突きつけられても、今ひとつ納得がいかない。考えても見てくれ、美しさに憧れた女性と、心根の優しさに憧れた女性の二人がいて、どちらを選ぶかさんざん悩んだあげくが、今になって二人の女性は一人であるといわれたとしたら……。

 外見は女神のような美しさを持ち、心は輝く黄金のように、曇り一つない理想の女性。あまりにも話がうますぎて、信じたいと思いつつ、気持ちのどこかで信じることができないでいたのだ。

 

 そんな私の葛藤が、顔にでていたに違いない。リア・ソリスは賓客の席の方を向くと何かの合図をしたようで、赤色人とは比較にならないほどの巨体で器用に人々の間をよけながら、ワフーン族の皇帝カルド・ソルバルがこちらに歩いてきた。

 何をするつもりなのかといぶかしむ私をよそに、一番最前列の壇の下まで来ると、リア・ソリスに投げ縄を差し出した。受け取った彼女は左手で縄の束を持つと、右手で先端の輪を器用に操り、いったんハート型に折り畳むと腰を若干沈めた。まさかと思った瞬間、彼女の右手は目にも留まらぬ早さで縄を投げた。ちょうど西部劇のガンマンが、腰のホルスターの拳銃をすばやく抜いて撃つような動作だ。

 空中を飛んでいく縄の輪は、きれいに広がって蛇のように伸びていき、招待された賓客テーブルの上の酒の瓶を捕らえた。標的を捕らえる前に、リア・ソリスが縄を絞ったので、大きく広がった輪はボトルにかかるときには小さくなっていた。輪が閉まりきった瞬間に、彼女は一気に縄をたぐり寄せた。気がついたときには、その手に酒が入ったボトルを握っていた! それも栓が抜かれ、中身が入ったボトルをだ! 中身は一滴もこぼれていなかった。

 

 こんな芸当ができる赤色人女性は、シス以外考えられない。リア・ソリスこそ、私のプリンセスのシスだったのだ!

 

 今や完全に私は確信した。シスの正体がリア・ソリスとすれば、いままで心に引っかかっていたことのすべてが説明できたのだ。

 漠然と感じていた、奇妙な類似性もそうだ。裸で瀕死の私の体を温めてくれたときに、何気なく感じた体の線。左手のプロテクターを器用に修繕したこと。その教養の高さの謎。奴隷市場で感じたシスの思考波に何かを感じ取って、彼女を買い取ったときのこと。奴隷から自由にすると言ったときも、頑として聞き入れず私の所に残ったのもそうだ。決定的なのは、愛犬?ウーラが、異常にシスになついていたこと。外見で人間はごまかせても、ウーラには初めからお見通しだったのだ。

 

 私の身の内に、大いなる感動の波が押し寄せてきた。一度に二つの宝を手に入れたのだ! 

 震える両手で彼女の手を握り、目をまっすぐに見ながら一言一言確かめるように言う。

「君は……シスだったんだね? 私のシスだったんだね?!」

 はにかむように微笑んだリア・ソリスは、私の手のひらに指で”わたくしの族長様”と綴った。もう遠慮したり、迷ったりする必要はなかった。私はこみ上げてくるものを我慢できず、彼女を力強く抱きしめていた。気がつくと二人の唇は重ねられていた。長く情熱的な接吻だった。

「シス……いや、リア・ソリス。君をなんと呼べばいいのだ?」

「シスでもリア・ソリスでもかまいませんわ。どちらにしろ、わたくしはあなたのものであることに変わりはないのですから」

 再び接吻の繰り返しだった。ふと我に返り辺りを見ると、マスクをすでにはずしたデジャー・ソリスが、我々の方をにこにこしながら見ていた。ちょっぴりばつの悪さを覚えながら、リア・ソリスからしぶしぶ身体を離した。

 

「デジャー・ソリス、あなたはいつから知っていたのです?」

「ゾダンガでシスが誘拐されたときからです。わたくしにはすぐに自分の娘だとわかりました。ですが、リア・ソリスからはサ・バンの件がすんで、無事ヘリウムに帰り着くまでは秘密にしてほしいと頼まれました。地球人を愛した女同士、娘が何を望んでいるのか、すぐにぴんときました。娘のリア・ソリスはヘリウムの王女という飾りを取り去った、本当の自分自身をあなたに愛してほしかったのです。母としては娘が幸せになれば、あとは何も望みません。カイさん、リア・ソリスをよろしくお願いいたします」

 私は力強くうなずきながら、母の手を握りしめた。

「リア・ソリスを絶対に幸せにしてみせます!」


 それから私はカルド・ソルバルの方を向いた。

「カルド・ソルバル、いつからなんだ?」

「カイがオランガの毒で、生死の境をさまよっていたときだ。あの時はさすがに驚いたよ。口が利けないはずのシスが、意識のないお前の耳元で、何度も話しかけているじゃないか! 彼女から、このことについては黙ってくれるように、何度もお願いされたものでな。だがな、信じないかも知れないが、シスがヘリウムの王女リア・ソリスだということは、昨日まで知らなかったよ」

 バララックの廃都で刺客に襲われたときからだと! わたしはカルド・ソルバルの、とぼけぶりにあきれ果ててしまった。でも、あの時の奴隷市で私が彼女を買い取らなかったら、どうするつもりだったのか? 気まぐれで残虐な金持ちも、あの時は大勢いたはずだ。その一人に買われでもしたら、今頃は拷問の苦しみの果てに切り刻まれているか、肉食獣の餌になっていたはずだ。

「ええ、そのことも考えました。飛行艇が不時着し、奴隷狩りに見つかったときに、とっさの判断でやけどのマスクを付け、王女という身分を隠すのに成功したのですが、奴隷でいつかは誰かに買われる運命に変わりありません。父がわたくしの耳に、たこができるほど何度も言って聞かせてくれた、”生きてさえいれば、いつかはチャンスに巡り会える。わたくしはまだ生きている!”と、考えるのが大事なことなんだという、話を思い出したのです。

実はわたくしが、市で競りに出されたのは3度目でした。もう、あなたに巡り会うのは無理かもしれないと、絶望の淵に沈んでいたときに、あなたの手が上がったのです。自分の幸運さに信じられない思いでした。その時なんとなく、シスという身分もない一人の女性に、わたくしがなったとしたら、あなたはどうするのかと思いついたのです。

あなたの気持ちが、どんどんシスに傾いていくのを感じ、わたくし心中おだやかではありませんでした。ヘリウムの王女リア・ソリスが、美しくもない奴隷の娘に負けたのですから……。けれども、よく考えてみたら、どちらにしろわたくしはカイに愛されていると気がついたのです。一生このままでもかまわないと、わたくしの心が叫んでいました。

サ・バンも死んで、故郷のヘリウムの地を踏んだとき、本当のことを話そうとしたのですが、父のジョン・カーターがやめるように言いました。父が若い頃に、大元帥に任命される際に、なにやら友人達のちょっとしたたくらみに引っかかったそうで……。そのまま今日まで、シスとして偽り続けることになったのです。

あの夜、あなたがわたくしの屋敷の中庭で、シスを選んだと告白してきたときは、本当に苦労しましたわ。何しろ、腕輪が見られたら正体が分かってしまうから、夜着で見えないように隠したりして。我ながらひどい演技で、笑いをこらえるのが大変でした」

「君はひどい人だ! あの時は、てっきり君が声を忍ばせて泣いているように見えたんだぞ! それにジョン・カーター、あなたにもまんまと一杯食わされてしまいましたね。『火星の大元帥』を読んでいるので、あなたが友人と信じていた人達から、正義の王座で火星の大元帥という名誉を与えられる際に不気味なユーモアに騙されてしまったと言う、いきさつは知ってました。でも、まさか私自身が再び同じような目に遭わされるとは、思っても見ませんでしたよ」


 ジョン・カーターは照れたように頭をかき、壇上に登ってきた。

「いやー、驚かしてすまなかった。私にもすぐにシスがリア・ソリスの変装とわかったから、ひょっとして君もすでに感づいているのでは? と思っていたのだが、今の様子だと、まるっきり知らなかったようだな。だが私が大切な娘を、君にやることには変わりがあるまい。この子は母に似て気丈なところを持っているから、父親としては何も心配してないが、くれぐれもよろしくお願いするよ。我が息子カイ!」

 そう言うと大元帥は、私を力強く抱きしめたのだった。デジャー・ソリスも新たな息子となった私を、優しく抱きしめてくれた。

「改めて言わさせてもらいますわ。ようこそバルスームへ、地球人カイ。これからはヘリウム王家の一員として、わたくしの息子として歓迎いたします」

 その時、大僧正が大声で叫んだ。

「これにて地球人カイとヘリウム王家のリア・ソリスは、結婚したとを宣言する!」

そのとたん巻きおこった、賞賛と祝福の嵐に、私は今になって思い至った。ここにいる全員がシスの正体をすでに知っていたことを。宮殿の外からヘリウム市民数万の、大合唱が響いてきた。皆リア・ソリスと私のことを称えていた。結局、真相を知らなかったのは私一人だけだったようだ。群衆の歓声と歌はいつまでも街路に響きわたり、彼らが愛した”小さなソリス”の結婚を祝っていた。

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