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24、ヘリウムでの再会

 大気工場の5本の供給トンネルのうち、ゾダンガ線を除くラインは簡単に復旧することができた。神殿内のサ・バンの私室に、無線のコントロール装置が見つかったのだ。あらかじめ供給トンネルに仕掛けられた機械がこの装置より信号を受けると、小型のポンプが作動し、トンネルの中で空気の袋を膨らまし、流れを遮断する仕組みになっていたのだ。コントローラーより解除の信号を送ると空気の袋はしぼみ、第9光線の供給が再開された。

 ゾダンガの空気井戸に関しては、大がかりな工事が必要だったが、数ヶ月後には元通りの機能を取り戻すことだろう。重傷を負って動くことができない、大元帥の替わりに陣頭指揮をとったのは、この私だった。すべての後始末が一通りすんだあと、ジョン・カーターの招きで、ヘリウムの宮殿でしばらく過ごすことになった。サ・バンとの剣の戦いで、やはり右手首を骨折していたのがわかり、治療する意味もあったのだが、ともに火星の危機を救った友人としての、たっての招きだった。

 

 我々がヘリウムの門をくぐってからの凱旋パレードは、想像を遙かに超えた歓迎ぶりだった。街路を埋め尽くす人々の群は、建物の窓という窓にもおよんでいた。”地球人カイ”という名前は、一夜にして火星の人々の知るところとなり、わたしとサ・バンの一対一の対決の武勇はかなり誇張された話になって、人から人へと語り伝えられていった。

 凱旋パレードの時、わたしがまたがるソートには一緒にシスが乗っていた。今二人こうしていることに感謝していると同時に、ヘリウムの街に入ることには素直に喜べないところもあった。リア・ソリスとの問題が未解決のままで、これからのことを考えると気が重くなる。彼女は、大気工場が機能を取り戻した次の日に、ヘリウムに無事帰還したとの話だった。

 

 凱旋パレードと歓迎のレセプションが無事に終わり、人々の熱狂ぶりがやや冷めた頃に、わたしは宮殿の近くに屋敷を借り、そこに身の回りの整理をする者数名と、愛するシスと住もうと決めていた。宮殿の豪華な部屋から引っ越しをしようとした前日に、デジャー・ソリスよりすてきな提案があった。宮殿での必要不可欠な、立ち居振る舞いをシスに教えたいと言う話だった。ただそのためには30日ほどの期間、デジャー・ソリスとともに生活する必要があり、わたしとシスはしばらくの間、別々に生活をしなければならない。最後にデジャー・ソリスは言った。

「我々の恩人、地球人カイとシスのために、ヘリウムで婚礼の儀の手はずをさせてもらえませんか? このことはジョン・カーターも望んでます」

 わたしを含めて、男というものは結婚式とかにはこだわらないが、シスのことを考えると、ささやかでも婚礼の儀式を行った方がいいと思い、その提案を喜んで受けた。婚礼の式はシスの教育が終了した次の日に、とり行われることになった。こういうのはできるだけ早い方がいいのだ。あと何日と、指折り数えて気をもむのは苦手だったから。

 

 デジャー・ソリスの屋敷は、宮殿も含めて数カ所あったが、今回は宮殿に近い、広い庭園が特徴の屋敷だった。庭園をはさんで隣は、リア・ソリスの住まいとなっていた。教育が始まる約束の日、わたしがデジャー・ソリスの屋敷にシスを送っていくと、最初に出迎えてくれたのは、キャロットのウーラだった。

 初めてその姿を目の前にしたときには、あまりの凶暴な面構えに思わず剣を抜きそうになったが、屋敷よりでてきたデジャー・ソリスが

「ウーラ!」という一言を発したので、事なきを得た。かえるにワニの口を付けて、足を8本つけた姿を想像してもらえれば、ウーラのことがわかってもらえるだろう。大きさは地球の犬ぐらいの大きさだったが、その性格もよく似ていた。主人から受けた恩義を決して忘れないというところだ。

 ウーラはジョン・カーターより命を救われたことがあり、そのことを決して忘れないのだった。事実、ジョン・カーターの命令を遂行するために、単身火星の半分の距離を走破したことがあるぐらいだ。

 

 屋敷の前で出迎えてくれたウーラは、シスが気に入ったらしく、立ち上がって前足をかけたり、彼女の周りを駆け回ったりと、一時も黙っていなかった。ウーラがシスばかりにかまうので、少々ジェラシーを覚えたぐらいだ。当のシスは、最初はウーラを面白がっていて、その身体をなでたりしていたが、あまりにも度を超した歓迎ぶりに当惑を隠せなくなっていた。そこにデジャー・ソリスが助け船を出し、シスはウーラより解放された。

 

 これでしばらくシスとも会えないかと思うと、別れの口づけも長くなってしまった。気がつくと、ちょっと離れたところから、デジャー・ソリスが微笑んでこちらを見ている。ちょっぴり、ばつの悪さを覚えながらも、シスを腕から離すにはもう少し接吻がひつようだった。

 

 一人っきりになったわたしには、もう一つ大きな課題が残されていた。リア・ソリスのことだ。仮宿に帰ったあとで、慣れないバルスーム語を召使いに書き取らせ、彼女の屋敷に届けてもらった。5日後返事が来て、彼女の屋敷で夜に会うことになった。

 

 その日、重く沈んだ心を胸に、リア・ソリスの屋敷の門をくぐるのは、言葉で表現できないぐらいに辛かった。出迎えた召使いの案内に従い、彼女が待つ中庭につれて行かれた。夜も遅い時刻、裸のままではかなり寒気を感じずにはいられない。空には二つの月がかかっていた。

 その月明かりの元、中庭にリア・ソリスは立っていた。光り輝かんばかりの美しさは相変わらずだった。全身をくるむように夜着をまとい、わたしを出迎えてくれた。

「カオール! リア・ソリス王女。カイです、ただいま参りました」

「カオール、カイ。カイこそ元気そうで何よりです」

 そのあとは会話が続かず途切れてしまった。ばつの悪い沈黙が続いた。二人ともその場に突っ立っているだけで、何から話を切り出したらいいのか、わからないでいた。やがて、リア・ソリスが口を開いた。

「あなたとシスのことは、母上より聞きおよんでおります。一言おめでとうと、祝福をさせてくださいませ」

 彼女は、背中を向けるように向きを変えた。わたしはその背に向かって言った。

「わたしはあなたと最後の別れの際に、愛を告白した。あなたもわたしを愛していると言ってくれた。だが、わたしの心はあなたを裏切り、他の娘を愛してしまいました。自分の心を偽り続ける人生は、わたしにはできません。今宵は、あなたに正直なカイでいたいと思います。どのような罰も受ける覚悟にです、どうかお許しを!」

 しばらく彼女は反応がなかった。だが、やがてその肩が細かく震え出すのを見逃さなかった。泣いているのか? 大きく何度か深呼吸した後、空の月を見ながらリア・ソリスは答えた。

「わたくしはあなたに、愛の言葉をかけた覚えはございません。あなたから、愛を告白された覚えもございませんわ。ヘリウムの王女に対して、一介の剣士が愛などという、大それた言葉を使うのは冒涜になります。今後は気をつけるように。それにわたくし、近々ある国の王子と結婚する予定となっております。

あなたがわたくしを、ワフーン族から救うためにマーズ号を飛び立たせたとき、何かの爆発が船を襲いました。飛行艇は完全に操縦不能になり、何時間もでたらめに飛行した後、不時着したのです。そこは見知らぬ他国の領地で、たまたま通りがかった、内乱の果てにその国を追われた王子一行に助けられたのです。

わたくしは彼に、ヘリウムの貴族の娘と身分を偽りました。ヘリウムの王女という称号は、時として殿方に野心を抱かせるものですから……。でも彼は、こんなわたくしを必死になって守ってくれました。自分が王位継承の剥奪を狙う弟の陰謀のために、命を狙われているにも関わらずです。そして、愛を告白してくれました。わたくしはその時初めて、本当の愛を知ったと思います。あなたがあの時、ワフーン族と闘って生き残れるなど誰が思うでしょう! 死んだものと思ってましたから、その愛を受けました。わたくしも今では彼のことを深く愛しているのです」

 わたしはその話を聞いて、ホッとしたと同時にひどく落ち込んでしまっていた。これで二人の関係は清算できたはずなのに、一抹の寂しさを覚えるのだった。

「こちらからもおめでとうと、祝福させてもらいます。私の式には出てくれますか?」

 その問いに、彼女は振り向かずに首を横に振って答えるだけだった。最後に一度だけリア・ソリスを抱きしめたいと思い近づこうとしたが、彼女は避けるように身を引き、決して私の手が届く範囲には立ち止まらなかった。

 

 こうして、私とリア・ソリスの物語は幕を閉じた。夜空を見ると、二つの月が浮かんでいた。見る間に、近いほうの月がもう一つの月より離れていった。私たちの人生も夜空の二つの月のように、決して一つになることはないのだ……。

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