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23、対決

 デジャー・ソリスの、はっと息をのむ声がした。

「あなたは、ゾダンガの塔でわたくしたちが危ないときに来てくれたお方。どうして、わたくしをリア・ソリスと……・カイ! シスがいつも話していた、カイなのですね?」

 私はその問いにうなずいて答え、

「私はあなたのことを、リア・ソリスと勘違いしてました。似ているとは聞いていましたが、まさかこれほど瓜二つとは思ってもいませんでしたので……。初めまして、地球の日本という国から来たカイといいます」

「こちらこそ。わたくしはヘリウムの王女デジャー・ソリスです。ジョン・カーターの妻であり、またリア・ソリスの母でもあります。地球人の新たな友人を得られたことを、大変嬉しく思っております」

 私はこう言いながらも、デジャー・ソリスではなく、シスに目がいくのを押さえようがなかった。冷静に考えてみると我々に残された時間は、せいぜいあと数分がいいところだろう。”歌”の効果が切れたときに、私の時間は永遠に終焉を迎えることになる。いっさいのためらいが消えた。いったん剣をさやに収めると意を決し、シスの傍らに行く。

 

 彼女と二人っきりで話したいと、デジャー・ソリスにわびを入れると、そっと引き下がるように場所を譲ってくれた。シスの手を取り、ベールで隠された顔をまっすぐ見つめながら話し始める。

「さっきはもう心配ないと言ったが、本当のところ我々に勝ち目はない。この期におよんでも、自分自身を偽り続けるのは意味がない。私は自分の心に正直になろうと思う。シス、私は君を愛している。ぜひ”私のプリンセス”と呼ばせてほしい」

 突然の告白に、彼女の手がさっと固くなるのがわかった。火星では男が女に”わたしのプリンセス”と呼びかけるのは、特別の意味がある。相手の女に永遠の愛を誓うと同時に、結婚の申し込みを意味しているのだった。一応、婚礼の儀式はあるにはあるのだが、あくまでもそれは親族一同に、お披露目をするという意味でしかない。”わたしのプリンセス”という男の言葉に、女が”わたしの族長様”と答えたときに、事実上二人は永遠に結びつけられるのだ。この誓いは固く、どちらかが死ぬまでこの効力が消滅することはない。

 

 わたしが今までためらっていたのは、リア・ソリスに対しても、すでに同じ誓いをたててしまっていたからだが、死を目の前にして、どうしてもシスには本心を知っておいてもらいたかったのだ。シスは顔をうつむかせ、悩んでいるようだった。彼女がわたしのことを愛しているのは、これまでのことからわかってはいたが、おそらくは自分の身分のこと、顔の醜いやけどのこと、失った声のことが障害となって自分に素直になれないのだろう。

「わたしは君の内なる美しさを知っている。いま君が考えてることは、わたしにはなんでもないことなのだ。そのことは知っておいてほしい」

 わたしの手を握る、シスの手が握り返してきた。それから、そっと右手を離すと、わたしの左の手のひらに、指でバルスーム文字を一言一言つづった。


”わ、た、く、し、の、ぞ、く、ち、ょ、う、さ、ま”と。


 手のひらで動く華奢な指先が、ふるえているのが感じられる。我が生涯の、感動の瞬間だった。シスを優しく抱き寄せ、顔のベールを上げる。やけどで引きつったその顔は、わたしにはデジャー・ソリス以上に美しく思えた。万感の思いを込め、その唇にそっと口づけをした。

「わたしのプリンセス……」

声にはならないが、彼女の唇が ”わたくしの族長様”と動くのがわかった。シスの頬を、一筋の涙がつたっていった。再び私たちは永遠の愛を誓うべく、唇をかさねた……。

 触れ合う胸に彼女の心臓の高鳴りが伝わり、やがて二人の鼓動は歓喜の歌に変わっていった。今、世界は二人のために存在していた。この世に、二人以外は存在しないも同然だった。だが、その幸福感は長くは続かない。

 

「邪魔するようだが、もう時間が来てしまったようだぞ!」

 ジョン・カーターの声に、私たちは一瞬で天国から地獄に引き戻されてしまった。離れる前に、今一度しっかりとシスを抱きしめた。ナティス・オカピーに声をかける。

「ナティス・オカピー、もし我々が防ぎきれないとはっきりしたときは、手遅れにならないうちに”死神”の歌を歌ってくれないか。ここにいる人質の女性達をサ・バンの餌食にはしたくはない。それから、これは君自身のために……」

 と、腰に吊してある短剣を手渡した。彼女は受け取った短剣を、胸に大事そうにかき抱くと、しっかりとうなずいた。円陣に立つジョン・カーターの傍らに戻ると、ホールを埋め尽くす敵の兵達は、ほとんど回復し、今にも切り込んできそうな様子だった。多少、まだ足元がふらついているのか、あちらこちらでよろめく姿が見られる。大元帥は一歩前に踏み出すと、大声で話を始めた。

「わたしはバルスームの大元帥ジョン・カーターだ」

 その声は、力強く自信に満ちていて、まさに王者の風格を感じずにはいられないものだった。

「ヴィザードの戦士達よ。ワフーンの強者達よ。そこにいるヴィザードの皇帝サ・バンは、バルスームに新世界を作り上げると言ってるそうだが、それは全くのたわごとに過ぎない。サ・バンはこのバルスームを憎んでいる。ただ、この世界を滅ぼしたいだけで、新世界はそのための口実に過ぎない。皇帝は、自分もろともこのバルスームを消したいだけなのだ。これは彼の復讐だ。バルスームで己の身に降りかかった、いろいろなことに対する復讐なのだ。なぜなら、サ・バンはバルスーム生まれではなく、わたしと同じジャスームの人間だからだ!」

 突然上がったどよめきの大きさから、サ・バンの正体を初めて聞いた者も多かったに違いない。ジョン・カーターとて、こんな話を聞かせても、ここにいる大勢の戦士達が主を裏切って、こちらに寝返るとは思ってはいない。動揺を与えるためなのか、それとも何かの時間稼ぎのつもりなのだろうと思われた。

「今の話を聞いてもなおかつ、サ・バンに従おうと思う者は、大元帥であるわたしを倒してから、他の者を相手にするんだな」

 ここまで黙って聞いていた、皇帝サ・バンがとうとう声を上げた。

「スレダーの”歌”の攻撃は、うかつだったが、もう二度と同じ手は通用しないと思え!なに? 大元帥を倒してからにしろ? 立派なことを抜かしおって! この場で、そのようなきれい事が通用するとでも思っているのか。誰か、腕に自信のあるやつがいたら、ジョン・カーターを倒してみせてみろ。見事、大元帥を倒した暁には、国一つを褒美にとらすぞ!」

 皇帝の一言に、大勢の兵士が立ち上がった。その中でも特に上背の高い、戦士の中の戦士とでも呼べる人物が、自分が指名されて当然というような顔つきで壇上に駆け上がってきた。

「おれ様が褒美をいただく!」

 その声とともに剣を抜きはなった戦士は、猛烈なスマッシュで斬りつけていった。これほどの剣さばきなら、バルスームでもかなりの使い手にはいるはずだった。猛烈なスマッシュを繰り返していたかと思うと、カマキリが上体をさっと引くように身をかわす。またあるときは、切り込むと見せて、左右にフェイントをかけるなど、変幻自在の技でジョン・カーターを攻め立てた。

 普通の者が見れば、ジョン・カーターは一方的に防戦に追い込まれているように見えるだけだろう。だが、わたしは知っていた。彼の口元にはいつものように、楽しそうに微笑みが浮かんでいたのだ。彼はこの戦闘を楽しんでいた。相手が高度の剣の使い手であればあるほど、体の中に流れる戦の神の血が騒ぐのだろうか。

 この一対一の決闘は、結末はあっけなかった。今まで一歩も足を床から離してなかった大元帥が、鋭く踏み込んだ瞬間に、剣が相手の胸板を貫いていた。ほとんどの者には、敗れた男が油断したせいだと映ったに違いない。なぜなら、次から次と挑戦者が現れたからだ。だが、次の挑戦者も、今一歩のところで気を抜いてしまったところをジョン・カーターに剣を打ち込まれてしまった。次の挑戦者も、その次も……。

 

 気がつくと、壇上には10名近くの死体が転がっていた。ここに来て、ようやく皆おかしいと気がついたようだ。ジョン・カーターは、自分の剣の実力の半分も出していなかったのだ。見ている者に、俺なら勝てると思えるような演技をしていたのだった。いくら待っても次の挑戦者はでてこなかった。サ・バンがいらだたしげに怒鳴った。

「たった一人の男も倒せないのか! 誰かいないのか?! 国の他に、美女を10名つけてやるぞ!」

 これ以上いくら褒美を追加したところで、兵士達に立とうとする意志のある者はいなかった。

「ええい! このたわけ者たちめ! 誰も行かぬのなら、余みずからが大元帥を倒してみせるわ!」

 とうとうサ・バンは言い放った。同じ地球人として、彼の剣の腕がどれほどのものか、わたしにも興味があった。ジョン・カーターは別格にしても、男一匹で皇帝の地位まで昇りつめたのだから、ただ者ではあるまい。

 おもむろに剣を構えたサ・バンはゆっくりと、対戦相手のいる壇の上に上がっていった。まさに剣が交わろうとした瞬間、轟音が2回轟いた。見えない巨人の拳に打たれたように、ジョン・カーターの身体が後方に飛んだ! 足がもつれたようによろけながら、数歩下がり、まさにデジャー・ソリスの目の前に、どっと仰向けに倒れた。

 左胸と頭の左から、大量の血が噴き出していた。サ・バンの左手には、拳銃が握られていて、その銃口からはまだ煙がかすかにでている。火星のオリジナルのラジウム・ピストルとはデザインが違う。どこかで見たことがあると思ったら、西部劇のガンマンが腰に吊しているのでおなじみの、ピースメーカーだった! 

 

 地球から持ち込んだものとは考えにくいから、ラジウムピストルを改造したものだろう。その独特の形状から、熟練者はコンマ数秒で早打ちが可能だ。右手で剣を抜いて見せ、ジョン・カーターが油断したところに、左手で拳銃の弾を2発浴びせたのだった。

 倒れているジョン・カーターはぴくりとも動こうとしない。気を失っているのか、それとも死んでしまったのか。デジャー・ソリスは目の前でおこったあまりの出来事に、身体が硬直したようになっていたが、呪縛が説けるとすぐに愛する人に駆け寄っていった。

 わたしはサ・バンのあまりの卑怯さ加減に、怒髪天をつくほど頭に来ていた。火星のしきたりでは、戦う者は互いに同じ武器を使用することになっていて、ルールを破るよりは、死を選ぶ方がましなくらいに考えられているのだ。

「きさま! 剣の相手に拳銃を使うとは……・」

 わたしが剣を握り返し、怒りの叫びを上げると、サ・バンはこちらに銃口を向けて、にたりと笑った。

「銃を使ってなぜ悪い。相手に死を与えるのに、剣も銃の関係ないだろう。」

「だが、この世界では同じ武器を使うことになっているんだぞ!」

「おまえは、この世界は狂っているとは思わなかったのか? 飛行船やラジウム弾、これらは地球より遙かに進んだ科学技術の産物だ。どの国も、これらの進んだ兵器をさらに改良し、強力にしようと躍起になっている。だが、いざ戦闘になるとそれらを使うのは最初だけだ。あとはおきまりの、剣と剣のチャンバラになってしまう。銃を使えば自分の命が助かるのに、いつもホルスターに入れられたまま死んでいく。昔からの慣習だか何か知らないが、俺にはめんどくさくてしょうがねえ」

 言われてみれば、サ・バンの言うとおりだった。このバルスームは最先端の技術と太古より受け継がれてきた古風な慣習が、融合した世界だった。武器に関しては、わたし自身どこかで矛盾を感じていたところがあった。合理的に考えれば、この場面ではこの武器を使う方が効率がいいと、何度思ったかもしれない。

 

 女性達だってそうだ。いくら温暖な気候とはいえ、夜は裸でいるのが辛いほどに冷える。衣服には、体温調整をするほかにも、外から受ける怪我や虫を防ぐ役目もあるのに、最低ぎりぎり以下の布しか身につけないのだ。火星生活が長くなり、今では自分を押さえられるようになっては来ているが、それでも時にはどきっとする肢体を見せられるときがある。だからといって迷惑だというわけではない。むしろ楽しかったというのが本音だったが……。

  サ・バンのバルスーム論に納得したからと言って、わたしの怒りが静まるはずもない。皇帝は依然こちらに銃口を向け、いつでも発射できる態勢のまま、高らかに笑った。

「ジョン・カーターのいなくなったお前らなど、赤子の手をひねるも同然。何がおかしいかと言えば、地球人のくせに火星人と戦士ごっこを演じているのが、二人もいるかと思うと……つき合いきれんバカどもめ!」


 張りつめたその場の糸を切るように、再び轟音が轟いた。激しい爆発音のあとに、身体に響きわたる振動が伝わってきた。鼓膜が強く圧迫され、床が地震のように揺れ動いた。

 

 サ・バンの銃が発射されたのかと思わず首をすくめたが、どうやら違うようで、反射的に音がした方に顔が向く。神殿入口の扉に通じる通路から、もうもうたる白煙が吹き出していた。通路内で警備に当たっていたものはもちろん、ホール内の出口付近の兵士達が衝撃で倒れているのが見て取れた。吹き出した白煙は、たちまちホール内に充満していき、辺りは霧に包まれたようにかすんでいった。

 鼻と目の感触から、煙と思えたもやの正体が、岩が砕かれて出る埃なのだと気がついた。神殿の扉が爆破されたのだ! 生き残るための希望は、消えてなかったのだ!

 

 サ・バンの注意が一瞬それた時、わたしの背後から何かが空を切って、飛び出していくのを感じた。空中を蛇のように伸びていく、その生き物にも似たものは、サ・バンの拳銃にかみつくと、次の瞬間には手よりもぎ取ってしまっていた。まさかと思い背後を振り返ると、シスの手に投げ縄と拳銃があった。

 なんというすばらしい娘なのだろう! 何度もわたしの命を救ってくれたシス。何とも言えない感動で、胸がいっぱいになってしまった。これまでにも2度ほど、あわやと言うときに命を助けてもらっていたが、これほどまでに機転の効く女性だったとは。お遊び半分で、ワフーン式の投げ縄投法を教えたのだが、一発勝負の本番にこれだけ強いとなると、今ではわたし以上の実力を持っているだろう。

 

 サ・バンは何事が自分の身におこったか、理解してないようだった。手にする拳銃がまるで魔法のように消え失せたのが、いまだに理解できないようで、さかんに床の上を目で探っていたが、もちろん下には落ちているはずもない。そのうちに、神殿入口の方から激しい戦闘の音が聞こえてきた。とうとう味方が、突入を開始したのだ!

 先ほどまでは、削岩機による破壊工事の音が聞こえないために、外の世界は空気不足により、死の世界と化したのかと思っていたが、こうなると勇気も百倍だった。

 

 これはあとからカーソリスに聞いたことなのだが、我々が空気工場の地下トンネルより神殿突入を開始したのと入れ違いに、ジョン・カーターの息子のカーソリスが現場に到着した。妹のリア・ソリスの姿を求めて、バルスームの未開の地を広範囲に捜索していたカーソリスは、大気の状態から大気製造工場に一大事が発生したことを知り、猛スピードで舞い戻ったのだ。

 扉破壊の進行具合を把握した彼は、最後の数センチは火薬による爆破を進言した。削岩機により少しずつ穴を広げていく場合、中の兵士達の武器により、何名の犠牲が出るかわからないからだった。それに、爆破により扉の内側を強固に守っている敵の一掃が可能となり、突入も容易になると考えられたのだ。

 問題になったのは、爆破の時間のタイミングだった。不用意に爆破すれば、神殿内部に侵入した、我々先発隊の作戦に、危険を及ぼす恐れがあった。この難題にカーソリスは、扉に小さな穴を開け、そこから内部の音を聞き、様子ををうかがうことで、爆破のタイミングを待つことにしたのだった。だが、我々がサ・バンと対峙していた壇の位置は扉の位置より70メートルも離れていたために、何が起こっているのかは聞き取れなかったそうだ。

 いつ爆破すべきかと、考えあぐねているときにおこった銃声。それははっきりと聞き取ることができた。いま中で重大なことがおきつつあると判断が下され、即時に扉が爆破され突入が開始されたのだった。入口を突破して、中に踏み込む兵達の先陣には、もちろんカーソリスの姿があった。

 ヘリウムの先鋭部隊の後方には、カルド・ソルバルが指揮するワフーンの強者達が控えていた。ホールの入口近くにはサヴァル・コルダンに同調したワフーンの緑色人兵士達が大勢集まっていたが、ヘリウムの勇敢な戦士達は、その姿にひるむ気配も見せない。特にカーソリスは父親譲りの怪力と機敏な動きで、自分より倍も大きい緑色人を、一人また一人と切り倒してこちらに進んでくる。

 

 圧倒的に数の多いヘリウムの兵士達の前に、誰が見てもサ・バンとサヴァル・コルダンの形勢は不利だった。わたしは再びサ・バンに呼びかけた。

「お前の考えた火星新世界計画も、これで終わりのようだな。お前がこれまで行ってきた大量の虐殺と我々に加えた悪行の数々、よもや命が助かるとは思ってはいまい! 最後ぐらいバルスームの剣士らしく堂々と剣を合わせ、戦って死んでみろ!」

 さすがのサ・バンも、もはやこれまでと観念したのか、改めて剣を構えなおすと壇の中央に進み出てきた。わたしもそこに進み、剣を構えた。よく見ると、サ・バンが使っている剣は、刃の部分が普通の戦士が使っている物より湾曲していた。対戦するために構えた状態だと、刃の曲がり具合がよくわかる。それに刃幅も広く、三日月刀のような印象を受ける。

 

 最初に技を仕掛けたのは、わたしだった。軽く足を踏み出し、相手の胸板めがけて鋭い突きを試してみたのだ。サ・バンは上体を弓なりに反らし、最初の突きをかわすと、次に手首をひねって下から剣を振り上げ、2度目の突きをはらい上げた。剣をはらい上げられた衝撃が右の手首に大きく伝わり、思わず剣を取り落としそうになるが、何とか持ちこたえることができた。わたしも戦術を変え、正面から剣を振り下ろそうとするが、またもや斜め下からの剣の動きで封じられた。今まで対戦してきた剣士とは根本的に違う動きに、とまどいを感じずにはいられない。

 攻めあぐねていると、サ・バンがここぞとばかりに、ラッシュをかけてきた。下から斜め上に振り上げられる剣の動きは、まるでカンフーのような回転と、手首のひねりを主体としたもので、勝手が違ったわたしは防戦するので精一杯だった。

「どうした火星の剣士! ジョン・カーターが死んだ今となっては、俺を倒せるのは、お前しかいないのだぞ。どうやら、予想外の使い手に驚いたみたいだな。俺は火星に来る前に、アジアのあちこちを旅しながら、武術を身につけてきたのだ」

 剣と剣が火花を散らす合間に、サ・バンが得意げに話をはさんできた。

「こんないい腕を持っているのに、なぜ策略にたよらねばならなかったんだ?」

「おっと! 今のは、いい突っ込みだったな。俺は地球ではいつも一人だった。火星に転移したとき、これで救われるのかと思ったが、期待していたのとは裏腹な、奴隷の苦しみをこの世界は与えてくれた。俺は、自分の剣の腕で生き残ってきた。だが、地位が上がっても誰も俺を愛してはくれなかった。きさまにはわからないだろうが、ほとほと腐れきった世界だと感じたよ」

 サ・バンから一歩距離を置き、肩で息をしながらわたしは、できるだけ体力の温存をはかろうと言葉を返した。

「気に入らないから、消してしまおうとしたのか? 誰も愛してくれないから、消そうとしたのか?」

 わたしの右手の感覚は、すでに半分失われていた。常に斜め下からの攻撃に、剣を持つ手首に無理な力が掛かりすぎたのだった。サ・バンもぜーぜーと荒い息をしていたが、自分の一方的な攻めに満足しているのか、口元に残忍な笑みを浮かべていた。わたしは、猫の前に飛び出したネズミだった。サ・バンの策略家としての面しかみていなかったので、同じ地球人とはいえ、まさかこれほどまで剣の腕が立つとは、思ってもみなかったのだ。外観だけで判断したあげくに、油断したと言えばそれまでだが、後悔するのが遅すぎた。

 

 わたしは痛んだ右手首をかばうために、無意識のうちに左手を剣の握りに添えていた。赤色人の剣は握りの部分が短くて、両手で握るには不向きだったが、わたしの左手は薬指と小指がないため、何とか両手で構えることができるのだった。こうやって構えると、剣は日本刀に思え、わたしの先祖より脈々と受け継がれてきた血が、体の中で目を覚ました。その時、わたしは日本のサムライになりきっていた。今まで剣道など習ったこともなかったが、この構えをすると落ち着くのはなぜだろう。こんな場合にも関わらず、自分が日本人と言う、民族の一人であることを感じずにはいられなかった。

「誰一人もな……」

 サ・バンが力なくつぶやいた。その時わたしは、彼にオルパ・デスリーのことを言っておかなければならないと感じた。

「オルパ・デスリーがいるぞ! 彼女はお前を愛した」

 オルパの名前を耳にしたサ・バンは、かなりびっくりしたようだった。

「どうしてきさまがその名前を? ああ、もう一人のスレダーがしゃべったのだな。オルパが俺を愛していただと? アルマダで虐殺を繰り返した俺を愛するはずがない! あいつは、ただ抵抗を諦めただけの話だ! 終いには、若いスレダー……ナティス・オカピーに、オルパは船から突き落とされてしまった」

 話をする彼の顔には、もう今さらどうにもできないと言う、苦悶の表情が浮かんでいた。

「それは違うぞ、サ・バン! ナティス・オカピーは同じスレダーとして、告白を聞いただけで、彼女の死には関係してない。オルパ・デスリーが、自分自身で死を選んだのだ。憎んでも憎み足りないお前を本気で愛してしまったからこそ、悩み抜いての選択だったのだ!」

 いつの間にか、サ・バンの剣先は下がり、ガードは隙だらけになっていた。今踏み込めば、確実にその命を奪えるとわかってはいたが、わたしにはできなかった。

「オルパが俺を愛していた……だと」

「だが、彼女が愛したお前は、それまでに犯した罪の大きさから、許されるものではなかった。彼女にとってもお前にとっても、出会ったときはすでに手遅れだったんだよ。やり直すことなんてできなかったんだ。さあ、話はここまでだ。剣を構えろ、サ・バン!」


 はっと我に返ったサ・バンの顔には、今までの邪悪な陰が消え失せ、実におだやかな表情が浮かんでいた。嘘のように澄み切った眼がきらりと光ったような気がしたら、次の瞬間、激しい剣さばきでわたしに切り込んできた。初めの一太刀をかわした瞬間に、彼が全力を出しきっているのを知った。今までの動きとまるで違い、動きの一つ一つにかみそりのような鋭さを感じた。

 両手で日本刀のように剣を握っているからこそ、この攻撃を耐え抜くことができたのだと思う。どんな剣士でも、あの斜め下からの、からみつくような剣さばきにあっては、1分と手首が保たないはずだ。わたしは防御に精一杯で、とても攻撃に転じるどころではなかったが、数分もそうやって我慢しているうちに、ある一定の攻撃パターンを学び取っていた。

 左から右に、回転するように剣を反転するときに、ほんの一瞬だが、右の脇に隙が生じるのだ。何度もタイミングを頭の中で計りながら、チャンスを待つ。いつものように左下からの攻撃を剣ではたき返すのではなく、みずから剣を絡めるようにして、サ・バンの剣を上に跳ね上げたのだ。前のガードがあいたところに、一発勝負の突きを食らわした!

 当然彼は上体を反らして剣先をよけるだろうし、ある程度のダメージを負わせればいいぐらいのつもりだった。だが、サ・バンはよけなかった! わたしの剣は彼の胸板の真ん中に深く刺さり、背中に貫通した。踏み込みの足りない突きだったから、よけようと思えばよけられたはず。それなのに……。

  彼の手から剣が床に落ちて、大きな音を立てた。その顔は遠い道のりの果てに、やっと我が家にたどり着いた旅人のように、疲れてはいるが妙にホッとしたような表情を浮かべていた。

「サ・バン、わざとよけなかったな!」

 ごほっと、口から血の泡があふれ出る。

「さあな……。それより、オルパにわびないと……」

 それが皇帝サ・バンの最後だった。


 カーソリス率いるヘリウムの戦士達と、カルド・ソルバルのワフーン族は、次々に神殿になだれ込み、数にものを言わせてヴィザートとワフーンの裏切り者を倒しまくった。わたしもそれに加わり、敵の背後から攪乱するように戦力の壁を崩していった。サ・バンの兵士達は誰一人命乞いなどする者もなく、最後の一人が事切れるまで戦闘は続いた。

 長かった戦闘が終わったとき、わたしは素直に喜べなかった。偉大な火星の英雄ジョン・カーターが、サ・バンの銃弾に倒れたのを思い出したからだ。カーソリスとともにデジャー・ソリスの元に駆け寄ると、大元帥はいまだにそこに倒れていた。間に合わせの布きれで作った包帯が、頭と胸に巻かれていた。

「母上、父上の具合は?」

 カーソリスが心配そうに尋ねた。

「バージニアのジョン・カーターは、このぐらいで死ぬ人ではありませんわ。胸に深手を負って気を失ってはいますが、命はとりとめると思います」

 よく見ると、弱々しくはあったが、確かに彼は息をしていた。胸に受けた傷はラジウム弾の威力が強すぎたのが幸いし、貫通していた。頭の傷は側頭部を弾がかすっただけだったが、その時のショックで意識を失ったらしい。まずはともあれ、一安心だった。

 

 生きて再びシスを抱擁できるとは思ってなかったので、二人とも喜びは大きかった。彼女をきつく抱きしめ、万感の思いを込めて何度も何度も接吻を繰り返した。


 そんなとき、一人の兵士が伝言を持ってやってきた。神殿の奥の肉食獣の扉の下に、これが引っかかっていたと。差し出したのは、ワフーンの皇帝サヴァル・コルダンの首飾りだった。餌を差し入れる蓋の下に挟まっていたとのことだった。おそらく彼は神殿入口の爆破の時に、我々より一番離れているホールの入口近くにいたに違いない。ヘリウムの兵が侵攻してきて、もはやこれまでと悟り、神殿の奥に向かって逃げていったのだろう。あいにくそこは火星の肉食獣が入れられている場所だった。普通なら獣のうなり声で部屋の主が知れるのだが、爆風で一時的に耳をやられたサヴァル・コルダンには聞こえなかったに違いない。何とか逃げようとした彼は、扉の下に蓋を開け、中に隠れようとでもしたのだろう……・。

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