第二話◇
俺は凡人であり、凡庸であり、才能などなかった。
生まれながらに全てを持っているやつが、酷く妬ましい。
彼らは日がな一日酒を飲むか、女を抱くか、弱者を虐げることしかしない。他にやることはないのか。
こっちは手のマメが潰れて、血が滲むほどに鍬を振っているというのに。
奴らも、鍬を振らないのなら、剣の一本でも振ればいいのだ。奴らの腰の剣は飾りもいいところで、柄には血など一滴も付いておらず、綺麗なものだ。だが逆にその剣身は、切り捨てた弱者の血に塗れて、錆びつくほどなのに。
(こんな世界で、俺は一生鍬を振って死ぬのだろうか)
あんな奴らのために、畑を耕して。有事の際には、我先にと逃げ出す臆病者たちに、なぜ俺たちを裁く権利が与えられているのか。
世界は依然として脅威に満ちている。天災に飢餓、そして魔の軍勢。挙げればキリがないほど、俺たちは死に近いところで生きている。それなのに、人間同士で戦争までしている。どこにそんな余裕があるんだ。
作物を作るのには何ヶ月もかけなくちゃいけないのに、燃やす時は1日で灰になる。
人間だって、何十年生きたところで、剣で心臓を一突きすれば数秒で死に絶える。――俺の両親のように。
「やぁアレン!元気かい?――手が止まっていたように見えたけど、体調でも、悪いのかい?」
「ああ、いえ、大丈夫です。レジナルド様。――少し、休んでいただけです」
クソ貴族め。護衛をぞろぞろと連れて、こんなところで何をしているんだ。どこも人手不足だというのに、私兵を何人も囲って、いざという時は使い捨てるくせに。
「あーそれはよかった。畑仕事しか能がない君が、それすらできなくなってしまったら、私は君を切り捨てて、替えを探さなきゃならない。私も大変なんだよ」
何が大変なんだ。どうせお前がやるわけじゃないくせに。
「ああ、はい。――あの、村の水源の件はどうなりましたでしょうか?以前の土砂崩れで、川の水がほとんど村まで届かないのです。その件は何とかするとおっしゃってましたが……」
「あ!?――なんだ、私が責務をはたしてないとでも言いたいのか!?」
「い、いえ、そうではなく。村の者も皆困っておりまして。このままでは作物の育ちも悪くなりますし、その、いつ頃になるのかと……」
「ッチ、そんなものはそのうち何とかなる。お前たちはいいから黙って手を動かせ。私に指図するなど、切り捨ててもいいのだぞ」
「い、いえ、その、申し訳ありません。――仕事に、戻ります」
「ッチ、気分が悪い。――街に行くぞ、早く馬車をまわせ」
ぶつくさと文句を言いながら、レジナルドは去っていく。
街に行く暇があるのなら、土砂崩れを何とかしにいけよ。酒と女のことしか頭にないのか。水がなければ、お前たちでさえ飢えることになるというのに。
あんな奴、生きているより、死んでくれた方が喜ぶ人間は多いだろう。魔物にでも襲われて死ねばいいのに。
そんなことを思った日の夜、それは起こった。
深夜、アレンが眠るあばら家の戸を叩く音で目を覚ます。
(こんな時間に誰だ?)
戸を開けると、そこには俯いた1人の女が立っていた。
「フィオナ!どうしたんだ、こんな時間に」
家の前に立っていたのは、俺の幼馴染のフィオナだった。
顔を上げたフィオナは、瞳に光はなく虚ろだ。そしてアレンに抱きついて、嗚咽を漏らす。
「アレン……私」
「いい、まずは中に入れ。今日は街の酒場での仕事だったよな――何かあったのか?」
俺はフィオナを抱きしめて、優しく頭を撫でてやる。昔と同じように。
フィオナは泣きじゃくるばかりで、何があったのかはわからない。フィオナが泣き止むまで背中をさすり、落ち着くのをじっと待ってやった。
「アレン……ごめんね」
フィオナは顔を上げないまま、ぽつりとアレンに言う。
「どうした、俺は謝られることなんかされちゃいないさ」
「今日、酒場にあの人が来たの。レジナルド様が……」
レジナルド、街に行くと言っていたが、よりによってフィオナの店に。
「それで、私に、お酒を注ぐように命令して、それで、私……」
「…………。」
もう、聞きたくない。もういい、もう言わなくていい。
「――それで、私に、服を脱げって、無理やり……」
俺はフィオナをギュッと強く抱きしめる。もう何も言わなくていい。
「せっかくアレンが見つけてくれた仕事だったのに、もう来ない方がいいって言われて……だから」
「ああ、もういい、うちにいろ。俺のそばに、いればいい」
ああ、ダメだ、この街は。いや、この国が、この世界がもうすでに病んでしまっている。今すぐにでも奴を殺しにいきたいが、そんなことをしても、もう何もかもが遅い。
俺が、俺が弱いせいで、何一つ守ることができない。弱いだけじゃない、俺は動かなかった、動けなかった。命令されるままに畑を耕して、高すぎる税を払い、挙句大事な幼馴染も傷つけられて。――こうなる前に、自分で行動しなきゃいけなかったんだ。
街を出よう。フィオナを連れて、明日にでも。世話になった人たちには悪いが、もうこんな街にはいられない。
――だが、その前にやっておかなければならないことがある。
「フィオナ、今日はもう寝ろ。明日、大事な話をするからここにいろよ」
そう言って俺はフィオナを離し、寝床に寝かせる。
そして俺は外に出て、納屋に隠してあった剣を手に取る。
やはりあいつだけは今日、殺しておかなければ。




