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逢瀬



 ゲイル王国王城前広場では、未だ無念の死を迎えた王と王族、そして貴族たちがその無残な骸を晒したままであったが、その死臭は王族専用の庭まで漂ってくることはなかった。


 濃密な花の香りが鼻に強くつく。

 誰もいない暗い夜。

 空に輝くのは、細い月のみ。それすらも、分厚い雲に隠れがちの暗い夜だった。


 鑑賞する者も、こまめな手入れを施してくれる者もいなくなってしまった庭は、枯れた薔薇の花がそのまま茶色く変色した花弁がだらしなく葉や茎に絡んでいた。

 そのすぐ横で、本来ならば大きく美しく咲くモノ以外は摘まれてしまう運命であったであろう小さな蕾が、懸命に花開こうとしてもいる。今が盛りだと咲き誇る薔薇もある。

 それらすべてが混在する退廃的な薔薇の庭は、だからこそ強く蠱惑的な甘い香りが漂う。


 その中をひとり、足音を忍ばせながら、レット・ワートは足を進めていった。


 目的の場所であるガゼボに、目当てとなる人影がないことを知って息を吐く。

 落とした視線に、手の中に持った小さな紙が映った。


【月の女神が密かに見守ってくれる秘密の場所で貴方を待っています】


 署名すらない、聖書の一部を千切ったものに走り書きされたそれ。

 少し丸みを帯びた文字に、緊張が解けた。


 晩餐室で手を取られた時、後ろに控えた側近たちに彼女の視線は向けられていて、レット本人とはほとんど視線を合わされることは無かった。

 その替わりといってはなんだが、握られた手に、この紙が渡されたのだ。


 多分きっと、彼女がレットと視線を合わせようとしなかったのは、この紙のことを敵国の王子に悟られない為だ。想像以上に思慮深い王太子妃の判断に感心する。

 

「多分、ここで合っていると思うのだが」


 見上げるガゼボの横には小さな噴水が設置されている。だが、そこに流れるべき清き水は止まったままだ。


 月の女神を象った彫像が、手にした壺から豊穣の水を齎す噴水。


 今はその足元には淀んだ水が溜まっているだけだが、つい先日までは、ここには地下からくみ上げられた綺麗な水が絶えず流されており、そのせせらぐ音が心を鎮める王族のみに許された特別な場所であった。

 近衛騎士ではなく王国騎士団の団長でしかなかったレットがココへ呼ばれることは滅多になかった。

 だが、ただ一度だけ、ここでピリアと会った事がある。

 実際にはアルフェルトから呼び出しを受けて向かった先にピリアもいた、というだけであったが。


 あの時の自分が、ピリア王太子妃に対して持った印象は……



「毒婦、でしたね」


 驚き振り向いた先で、黒いドレスを身に纏ったままのピリアが立っていた。


「!」

 先ほどまで雲にすっぽりと隠れていた月からひと筋のひかりが差して、彼女を照らしていた。


 明るく照らされている訳ではない。表情の判別まではできないが、その声には悲哀が感じられた。


「ここでアル様と軽く打ち合わせをなさっていた時、視界に入った私に向けて、レット団長は小さな声で呟かれていらした」


「いや、そのっ」


 レットは王国騎士団団長として、外交時の警備を任されていた。

 だから、リタ・ゾール侯爵令嬢がどれだけ過密といっていいほどの仕事を任されていたのか知っていたし、それを熟す為に彼の令嬢がどれだけの時間を費やして努力していたのか知っていた。

 噂ほど悪辣な性格であるという報告を受けたこともない、学園に通う時間もほとんどない彼の令嬢が、婚約者であった王太子が心を傾けていた下級貴族の令嬢へ嫌がらせなどを行う暇などないと知っていた。


 確かに、学園では嫌がらせや虐めが行われていたという調査結果が出た事は知っていたが、だからといって婚約者のいる王族、それも王太子殿下に対して、心安く対応していたというならば、そういった対応を受けるのは、ある意味当たり前で当然のことだ。


 それを覚悟した上で、寵妃を夢見て足場を固めるつもりであったならともかく、元の婚約者を追い払い自分がその地位に就くように動くなど、毒婦以外のどんな感想が思い浮かぶというのか。


 当時の記憶を思い出して、苦い物がこみ上げる。胸が塞いだ。

 消沈してしまったレットに、けれどもピリアが笑いかける。


「ふふっ。いいのです。今の私なら、わかります。でも、夢のように甘い、幼い恋に夢中になっていたあの頃の私には……周囲の評価など聞こえなかった」

 遠い目をして、ピリアは自戒した。

 苦い追憶。苦い反省。

 若さ故と言ってしまうのは簡単だが、その結果が今のゲイル王国の現状を導いたのだ。

 ピリアの表情は硬い。


「そんな私が、このような願いを貴方に申し出たとしても、受け入れて貰えるかどうかわかりません。でも、それでも。アルの、アルフェルト様の代わりを務めるのが、王太子妃としてゲイル王国唯一の王族となってしまった私にできる唯一の、贖罪です」


「貴方には、表向きはあの国に追従したように見せ掛け、国内の反論を押さえるよう努めて欲しいのです。そして内向きにおいては地方に散らばるこの国の力を見い出し、この国の未来を掴む日の為に、終結させておいて欲しいのです。私は…私が、あの国を油断させてみせます。その時の為に、どうか力を貸して欲しいのです」


「ピリア、王太子妃殿下」




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