燃やした過去と新たな出会い
高等部2年、小夜啼イズルはクラスで浮いていた。
ついたあだ名は味方殺しの炎帝。
纏う炎は周囲を燃やし尽くす。
「ねえ、あの人かっこよくない?」
「ちょっと、分かってて言ってるの? あれ炎帝よ」
「え、嘘!? はじめて見た!」
そんな会話をしているのは、入学したばかりの1年生たちだ。
「炎帝って何?」
「パーティを組んだら燃やされるんだって」
「私は目を合わせたら燃やされるって聞いたよ」
噂はひとり歩きしていき、事実と違うことまで広まっていた。
「ったく、何が炎帝だよ。 アホくせえ」
炎帝――それはイズルにとって忌まわしき呼び名だ。
その名が広まることになったのは、1年生の2月に行われた魔物討伐実習がきっかけだった。
イズルはパーティメンバーとして、後衛でサポートをすることに徹していた。
だが当日、事件は起こった。
実習の中で、いるはずのないBランクの魔物に遭遇したのだ。
前衛2人は重傷。残ったのはイズルともうひとりの後衛だけ。
このままでは、待ち受けているのは死しかない。
だからイズルは、剣を抜いた。
鞘から抜かれた刃は日の光を受けて銀色に輝き、イズルの全身は炎で包まれた。
その炎は、魔物の体を溶かした。迫ってくる腕は、剣であっさり切り落とした。
戦いながらも炎は大きくなり、魔物の体を灰にした。
「大丈夫か――」
声をかけようとしたイズルの目に飛び込んできたのは、全身黒焦げになった後衛だ。
いや、彼女だけではない。
負傷こそしていたが、気絶していただけのはずだった前衛の2人も─―黒焦げだった。
幸いにも3人とも命は取り留めたが、焼き焦げた姿はあまりにも無惨だった。
その日をきっかけに、イズルは周囲から距離を置かれるようになった。
近づいたら燃やされるなんて、分かりやすい悪口つきで。
「去年まではうまくやれてたんだけどな」
起こってしまったことを嘆いても仕方ない。
あそこで剣を抜かなければ死んでいた。
頭では分かっていても、孤立したという事実は変わらなくて、やるせなさを感じていた。
イズルは人混みを避けるようにして、他の生徒が普段は使わない道を使って帰る。
寮までは遠回りになるが、誰かに見つかってひそひそ言われるよりも、精神的にはずっと楽だった。
誰もいない道。そう思って歩いていると、学園の制服を着た女の子がいた。
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誰かと待ち合わせをしているのだろうか。
石垣の上に座り、足をぶらぶらさせている。
制服のリボンは緑色――入学したばかりの1年生だ。
(まだ入学して数日だってのに、こんなところで待ち合わせをするなんて青春だな)
もし本当に待ち合わせをしているなら、早く通り過ぎた方がいい。
特に相手が男だった時には、気まずいなんてレベルじゃない。
イズルは歩く速度を上げようとして、地面を蹴る足に力を入れた時だった。
少女は飛んだ。
石垣から降り立ち、イズルの前に立った。
「先輩、お待ちしていました」
少女はイズルを見つめる。
背は低く、可愛らしい顔立ちをしているが、吊り上がったその目は獲物を狙う猫のように挑発的だ。
「私とパーティを組んでください!」
イズルは困惑した。
確かにこの時期は、誰もがパーティ相手を見つけようと必死だ。
この学園の試験は、筆記試験を除けば学年は関係ない。
実技試験は全学年合同で、純粋に学園内での順位を競う。
来月には、パーティ対抗の試験があり、皆が競って有望な相手に声をかけ合う。
その時のパーティと、そのまま1年間過ごすことも珍しくない。
イズルも例に違わず、最初に組んだパーティメンバーと1年間過ごした。
それはとても楽しい時間で、もしあの事件がなければ、今も一緒にパーティを組んでいたと確信できるほどだ。
「私、見たんです。 学園見学の時に、先輩のパーティが模擬戦をするのを」
夏休みには、入学希望者向けの学校公開があった。
そこでは模擬戦が行われ、学内ランキング4位までのパーティが参加した。
イズルたちのパーティは、その時ちょうど4位だった。
1年生だけのパーティで4位になるのはかなりの異例で、外部の関係者も数多く見学に来ていた。
(そう言えばそんなこともあったな)
イズルにとってそれは、遠い昔のように感じられた。
「先輩は本当に凄かったです。 それはもう、他の誰よりも」
「誰かと勘違いしてないか?」
模擬戦では敗れはしたものの善戦した。
だがそれは……
(他の3人が凄かったからだ)
少なくともイズルはそう思っている。
「俺の近くにいたら、きっといつか焼き尽くしてしまう」
「安心してください。 先輩の炎では、私は燃えませんから」
イズルは怒りが沸いてきた。
何を言っているんだこいつは。
そんなことを言えるのは、模擬戦しか見ていないからだと。
「条件――もし私が魔導決闘祭で勝ったら、パーティになってくれますか?」
魔導決闘祭は、1週間後に開催される学内行事だ。
参加者は高等部1年生から3年生までの在校生全員。
一対一で戦い、学内最強を決める。
「勝てたらな」
イズルは、自分が強いとは思っていない。
勝つ自信があるわけでもない。
だけど負けられない理由はあった。
だからその決意を口にしただけだ。
「約束ですからね!」
挑発的だった少女は安堵を見せ、最後には笑顔を浮かべた。
少女自身もそれに気がついたようで、ポンと頬を叩くと逃げるように走り出す。
「先輩、約束ですからね!」
そう叫びながら。
「まったく、俺なんかにそんな価値はないっての」
そう呟くイズルは気がついていなかった。
自分もまた笑顔を浮かべていることに。
それから1週間が経ち、魔導決闘祭は始まった。
開会式の舞台に上がったのは、学園長・神代 美澪。
30代半ばと学園長としてはかなり若い部類に入る。
普段は穏やかだが、スイッチが入ると人が変わったように話はじめる。
「この魔導決闘祭は、諸君が魔法を学ぶ上で道標となるだろう」
「はじまるのか……学園長の長い話が」
「そもそも魔導学園とは……」
穏やかな見た目と違う熱血さに、その姿をはじめて見る1年生たちは戸惑いを見せる。
だが2年生や3年生は慣れたものだ。
「なあなあ、誰が優勝すると思う?」
「そりゃ生徒会長だろ」
5分もすると好きなように話し始めた。
イズルもその空気に流されるように、周囲を見渡した。
誰を探していたわけでもないが、あの後輩と目が合って、大げさに手まで振られた。
「おい、ルナ・プリンセスが笑ってるぞ」
「しかも手を振ってるとか羨ましすぎる」
「やばい、可愛すぎる……天使だ」
どうやら後輩は、ルナ・プリンセスと呼ばれているらしい。
しかも厄介なことに、人気者でもあるらしい。
この状況にイズルは既視感があった。
(同じだ――去年と)
笑わない聖女――そう呼ばれた人物と出会った時と。
「そう言えば、戦わずに終わったらどうなるんだ?」
イズルは負けるつもりはない。
学内で孤立している以上、優勝して力を見せつける必要がある。
優勝すれば、学外からも声がかかる。
そうすれば、この学園に留まり続ける理由がなくなる。
そうすればきっと、孤独ではなくなるはずだ。
今すぐ軍に入ったっていい。
研究機関に協力したっていい。
魔導決闘祭で優勝することができれば、それはもう選び放題だ。
「手を振っている相手は誰だ?」
「うげ、炎帝じゃないか?」
「はあ? 冗談だろ?」
周囲の言葉で、イズルは現実に呼び戻される。
人気者が誰かに特別な視線を向ければ、周囲もそれを追いかける。
イズルはそれが苦手だった。
苦手だから、パーティを組んでからは目立たないようにした。
パーティメンバーの3人は実力者ばかり。
3人をサポートしていれば、イズルは目立つことはなく、結果も残すことができた。
これから2年間も――卒業までずっとそうしているつもりだった。
だがその望みは、1年の終わりに自身の炎で焼き尽くされた。
残りの2年間は、周囲の冷たい目に晒されて過ごすしかない。
そう思っていたはずだった。
「せんぱーい」
手を振りながら、後輩の口はそう言っているように見えた。
イズルに向けられる好奇の目は、あの人気者とどういう関係なのだという――野次馬という名の青春に変わっていた。
「勘弁してくれよ……」
生徒がざわめく中でも学園長はマイペースで、演説は15分にわたって続いた。
そのせいで、イズルのメンタルは極限まで削られた。




