異世界生物怪奇譚11:カブ
ここは異世界、ナイラーヘイムル。
日は東から昇るし月は一つだが、生き物は現実世界と少し違う。
そんな世界。の少し変わった生き物のお話。
あれはこの世界に来てから、ずいぶん経ってからの事だった。
世界各地に行き、いろんな人に会い、いろんな生き物に遭遇し、酷い目に遭い。
慣れてきたと言えば聞こえは良いが、警戒心と鈍感さは身についていた。
やたら報酬が良いものは危ないし、作物や食べ物が喋ったり走り出したりしても、驚くほどの事ではない。
そんなある日、日頃から懇意にしていただいている商会の主人が、困った顔をして相談があると言う。
はい、来た。
こういう時は大体ろくでもないことだろう。
雪山に行くのか、砂漠に行くのか、危険な作物やら、盗賊やモンスターだったり。
警戒はするが、依頼は断れない。
嫌な予感がしつつも、恐る恐る要件を伺った。
「クラウヅさん。何かありましたか?お仕事の依頼とか?」
そう商会の主人へ訊ねると、とても言いづらそうに重い口を開いた。
「いつもいろいろお願いしているところで悪いが、カブの収穫に行って欲しいんだ。君にお願いするような依頼でもないんだが、生憎人手が足りなくて。」
そこまで言うと、一度紅茶に口を付け、続きを話しだした。
「報酬も路銀分くらいしか出せないし、普通だったらうちの従者の誰かを行かせるんだが、全て出払ってしまっていて誰も居ない。他にも声を掛けたんだが、みんな忙しいみたいで。私も断りたかったんだが、西の領主様からの依頼だから断れなくてなぁ。」
クソ案件の孫請けである。時代が違っても、仕事なんてこんなものだ。
適当に理由を付けて断ろうとも思ったが、一番の取引先の面子を潰させるわけにもいかないので渋々引き受けた。
もちろん、
「次は埋め合わせで、割の良い仕事くださいね。」
と、営業トークは忘れずに。
日程は急で、すぐにでも出発して欲しいと。
本当だったら、二日前には現地に到着していないといけなかったのだとか。
・・・ますます嫌な予感が膨らんでいくが、受けてしまったものはしょうがない。
最低限の身支度をして、馬を借り西へ向かう。
馬代の請求書を押し付けたので、クラウヅさんも赤字だろうが、こっちも赤字みたいなものなのでお互い様だろう。
時間もなかったので、道中で野宿をし馬を飛ばして、翌日の昼過ぎにはなんとか現地へと着いていた。
村へ着くと、村長と徴税官が出迎えてくれた。
まず、村長が、
「遠路はるばる申し訳ないねぇ。宿はこっちに用意してあるので、どうぞどうぞ。馬はそっちに繋いでおいてくれたら、後でこちらで世話しておきますので。」
と声をかけ促してくると、隣の徴税官が、
「お忙しいところ、すみません。ご多忙かとは思いますが、時間もないのでどうぞよろしくお願いいたします。」
口調は丁寧だが、皮肉たっぷりに圧を掛けてくる。重ね重ねやる気が削がれていくが、まぁ仕事は仕事。しょうがない。
宿に案内され、部屋のドアを開くと3畳あるかないかの部屋にベッドだけが置かれている。
調度品なんかもちろん置かれているわけもなく、窓も手のひらサイズの木窓が一つだけ。
ボロボロで汚いが、二段ベッドや相部屋じゃないだけマシだろう。
荷物を置いたら、村の案内と、収穫の段取りなどを説明してもらう事に。
そうして、村の中を歩いていくのだが、やたらと怪我人が多い。
包帯を巻いたり、杖を突いていたり。
中には片腕が無かったり、眼帯をしている人もいた。
・・・もうやだ帰りたい。絶対カブなんてろくなものじゃない。
しばらくして、宿に戻ると宿の女将さんが話しかけてきた。
「王都なんかに比べると、汚くて狭いだろうから悪いねぇ。うちの旦那も元気だったら、来てもらわなくて済んだんだけど、兄弟のところもお隣さんも怪我したり、腰悪くしちゃったりしてねぇ。」
あぁ、やっぱり気のせいではなく、怪我人が多発してるのか・・・
「いえいえ、お気になさらず。翌朝からさっそく収穫に入るので、よろしくお願いします。」
なんとか当たり障りなく返したつもりだったが、顔は引きつっていたかもしれない。
世間話をして、日が暮れてくると夕食を出してもらった。
何かの穀物の汁気が多い粥と、具が少ない味の薄いスープ。
うん・・・二品出てきただけ良い方だろう。
本当に貧しい村だと2~3粒何かが浮いてるお湯だけだったり、茹でた小さい芋一つとかで、部屋でレンガのような乾パンを齧る羽目になる。
そこからすると、ちゃんとした食事なだけ幾らかマシだった。
カビ臭いベッドで夜を明かした翌朝。
本題である、カブの収穫をするために畑へと向かう。
思っていたより、かなり広めの畑に青々とカブの葉が広がっていた。
ところどころ、花が咲き始めていたり、葉が枯れていたりと、収穫時期を逃してしまっている感じはする。
穏やかな朝日と、小鳥のさえずりを背にしながら畑へ入っていく。
見た目は普通のカブだ。見た目は。
手ごろな一本を見つけると、葉の根本を掴んだ。
声は・・・特に聞こえない。
今のところ、魔力も感じないし、何かが変わる様子もない。
そのまま引き抜こうとしたが、思いとどまり辺りをキョロキョロと伺う。
他のカブも・・・動いてはいなさそうだった。
空も見まわしたが、飛竜や猛禽類のような危ない飛行生物も飛んでない。
二三回ほど深呼吸をし、意を決してゆっくりと引き抜いた。
カブだ。
特別大きくもないし、色は白く、口や牙があったり、触手が生えていたりもしない。
抜いたカブの土を簡単に掃うと、傍らに置いていた大きなカゴへと入れた。
そして、次のカブへ向かい葉の根元を掴み・・・
振り返って、カゴに入れたカブを見た。
動いていない。
おかしい。何も起こらない。
経験上、ナイラーヘイムルの生き物たちは、こちらを攻撃してこなかったとしても、逃げたり叫んだりすることは多いし、よく分からない仕掛けがあったりする。
しかし、今のところ何も起こっていなかった。見落としているのか、この後もっと大きい異変があるのか。
そうして、警戒しながら次々とカブを引き抜き収穫していった。
ペースはかなり遅かったかもしれない。
収穫したカブを入れるためのカゴは、六割ほどしか埋まっていなかった。
村長には微妙な顔をされたが、しょうがない。ナイラーヘイムルの作物なんて、どいつもこいつも油断すれば酷い目に遭う。
とはいえ、仕事はこなさないといけないので、翌日以降はペースを上げて収穫を続けて行った。
五日経った頃には、あらかた収穫し終わり、枯れたり腐ったものを潰したりと後片付けを始めていた。
村に着いて一週間。
仕事は終わり、バーイリンへの帰途へ着く。
徴税官からはクラウヅさん当ての封書を預かっていた。納品書か小切手でも入ってるんだろう。
街道を馬に揺られながら、ずっと考えていた。
結局、何もなかった。
分かりやすい異変が無かったということが、逆に何かを見落としているのではないかと、不安ともやもやが晴れず、村についてから今までの行動や見たもの聞いたものを振り返っていた。
そのころ村では。
「一時はどうなることかと思ったが、人を出して貰って助かったねぇ。」
村長が呟くと、徴税官が答えた。
「全くです。ここのところ戦争が続いていましたからね。しばらくは徴兵もないので、来年は大丈夫でしょう。」
収穫の終わった畑の端で、カブの黄色い花が静かに風で揺れていた。




