CASE.002「ケイン・アッキネン」
ご覧いただきありがとうございます。
全話では本作の主人公組「特殊第六執行部隊」が登場しました。
じゃあターゲットは何処だって??
ではご覧ください、第2話です。
※本作はカクヨム、アルファポリスにも掲載しています。
ある男が森の中を駆ける。
月に一度回ってくる、下級冒険者向けの定期依頼。
内容は至極単純――街道近くの森に出没する小型魔獣の討伐、あるいはその痕跡調査だ。
危険度は高いにもかかわらず、報酬は労力に見合わぬ雀の涙。
それでも請け負う者が絶えないのは、他に仕事がないからに他ならない。
男の身なりは、その依頼にふさわしかった。
幾度も継ぎを当てられたローブは、洗濯を重ねるうちに元の色を失い、くすんだ泥色へと成り果てている。腹回りには締まりがなく、走るたびにだらしなく揺れた。装備も安物で、剣は手入れが行き届いているとは言い難い。
顔立ちだけは整っているが、輪郭は贅肉に覆われ、その印象も台無しだ。
見てくれは、どこにでもいる“下級冒険者”。
――少なくとも、外見だけは。
男は木々の間を縫うように走る。
その速度は、明らかに常人の域を超えていた。
通り過ぎた空間に突風が生まれるほどの加速。湿った落ち葉の上でも足取りは一切ぶれず、露出した木の根を踏み外すこともない。急な下り坂に差しかかっても減速せず、体重移動だけで衝撃を殺し、地面を蹴る。
息は一切乱れていない。汗一つ浮かんでいなかった。
見た目と釣り合わない身体能力。
動きに無駄はなく、まるで最短の進路を把握しているかのような洗練された走り。
だが、それもそのはず――
――この男は、生まれてこの方、一度もこの街の外へ出たことがないのだ。
男の名は『ケイン・アッキネン』。
二十四年前、彼はこの世界に転生した。
恵まれた容姿。恵まれた家庭環境。
そして文字通り、天より授かった恩寵。
すべてを持って生まれたはずの男は、今や地方の小さな街で、月に一度、下級冒険者として依頼をこなすだけの存在だ。
なぜ、こうも落ちぶれたのか。
その答えを、ケイン自身が最も理解していなかった。
「――チッ、早く出て来いよ……」
舌打ちと共に、ケインは足を止める。
視線の先には小さな洞穴が口を開けていた。獣臭が濃く、いかにも何かが潜んでいる――そんな穴だ。
「あぁッ!! 早く出て来いよッ!!」
わずかの間すら待ちきれず、声を荒げながら地団駄を踏む。
その癇癪に応えるように、数匹の狼型魔獣が姿を現した。
“グレイウルフ”。
通常の狼より一回り大きく、灰色の毛並みは所々が灼けたように黒ずんでいる。
赤く煌めく眼光。群れで行動する程度の知性を持つ、この森の食物連鎖の頂点に君臨する獣だ。
その中でもひときわ大きな一体が、獲物を見定めるようにケインを睨み――次の瞬間、露骨な怯えへと表情を変えた。
ケインが放つ、異常なまでの圧。
それを前に、自らが“狩られる側”であると悟ったのだ。
「ハッ……犬畜生が」
ケインが地面を片足で蹴る。
すると草木ごと地面が大きくえぐれ、その反動で一気にグレイウルフとの距離を詰めた。
見た目にそぐわぬ超高速移動。
獣特有の優れた動体視力をもってしても、捉えることはできなかった。
ケインは両手でグレイウルフの胴と首を掴み――
ブチブチブチブチッッッ
――腕力だけで、真っ二つに引き裂いた。
内臓が飛び散り、両手は狼の血で赤黒く染まる。
「ブフゥーッ……フゥーッ……雑魚が……」
その光景に、洞窟に残ったグレイウルフたちは完全に竦み上がっていた。
ケインはそれを見下ろし、口元を歪める。
(……やっぱり、この瞬間が一番キモチイイな。おめーらみたいな雑魚を潰す時がなぁッ!!)
――――
狼の首が入った袋を肩にぶら下げ、血を滴らせながら、ケインは街を歩く。
交易中継都市『ハルヴェイン』。
山と森に囲まれた地方の中規模都市で、人口は多くも少なくもない。特徴らしい特徴のない、ごく普通の街だ。
ゆえに冒険者の質は低く、高位の者は長居せず、低級冒険者の溜まり場となっている――そんなしがない街でもある。
ケインの目的地は、街に一つしかない冒険者ギルドである。
ぽたぽたと血を滴らせ、赤い軌跡を引きずりながら歩く姿は、依頼を終えた冒険者というより、何か別のもののようで薄気味悪い。
表情は暗く、背は丸まり、視線は地面に落ちている。
(……で、この瞬間が一番クソなんだよな……マジで)
ケインはギルドの扉を開ける。
中に広がっていたのは、活気に満ちているわけでもない、物語でよく見るような、ごく平凡な組合所の光景だった。
酒を煽る低級冒険者の三人組。
依頼登録に来た街娘。
受付の職員。
彼らの腫物を見るかのような視線が、一斉にケインへと向けられる。
(……見るなよ。低級共が……)
ケインは受付台へ向かい、依頼書と、グレイウルフの首が詰まった袋をドスンとカウンターの上に置く。
乱暴な動作とは裏腹に、口から出たのは、蠅すら怯みようのないか細い声だった。
「……あ、あの……依頼の、勘定を……お、お願いします……」
あまりに小さな声に、誰も反応しない。
「あ、ああの……!」
「……は、はぁ~い」
二度目でようやく、受付の女性がやって来る。
ケインの顔を見て表情がぴくりと引きつるも、営業用の笑みは崩さない。
袋の中を確認した彼女は、内心でひどく顔をしかめた。
血抜きもされていない首が六つ。
袋の底から血が漏れ、床に滴っている。
(……掃除が……血抜きくらいちゃんとやってよね……)
だが、それを表に出すことはない。
プロとしての矜持、そして何より――目の前の男を刺激したくないのだ。
「は、はい~……グレイウルフの首、六体確認しました~。こちら、報酬金になります」
「あ……す」
報酬を渡すと同時に、受付嬢は首袋を引きずり、奥へと退避する。
ケインもまた、報酬金を懐に収め、入室時の倍の速さで足早にギルドを後にした。
その背中を見送りながら、彼の姿が十分見えなくなったところで、酒場の三人組の一人が呟く。
「出たよ、“根暗怪力”」
「おい、馬鹿。聞こえるだろ」
「いーだろ別に。どうせ何もできやしねぇよ」
「そんな胆力あったら、今頃こんな辺鄙な街で燻ってねぇよ、だ」
「違いねぇ(笑)」
それぞれが胸の内に溜めていた言葉を、好き放題に吐き散らす。
そこへ、酒を運ぶ給仕の女が近づいた。
「もしかして……今の人が噂の方ですか?」
「お、嬢ちゃん新入りか?」
恐る恐る尋ねると、一段強面の男が揚々と応じる。
「はい、今日からここで働くことになりました! そ、それであの人って……」
「おぉ。ありゃあ、落ちぶれた英雄だ」
「英雄にすらなってねぇけど、な(笑)」
「……落ちぶれた英雄?」
四人の談笑を奥で聞いていたバーのマスターが、ジョッキを拭きつつ重々しく口を開く。
「昔はな……“神童”ともてはやされてた。すべてを持って生まれた異端児だったんだよ、アイツは」
「でも……じゃあ、なんで……」
「アイツは、親を見殺しにしたんだ!!」
ジョッキが乱暴にカウンターへ叩きつけられる。
マスターの激情に、新入りの給仕係は目を丸くした。客の男三人組も「またこの話か」と言いたげな顔をしながら、それでも追加の酒を頼む。
「アイツ――ケイン・アッキネンの両親は、この街の長だった……この街の希望だったんだよ」
それは二十四年前、ハルヴェインの話。
町長アッキネン家に、一人の男児が生まれた。
ケイン・アッキネン、将来を約束された存在。
誰もが羨む美貌に、何不自由ない家庭環境。そして、天から授かったとしか思えぬ特異な力。
街は彼を英雄として祭り上げ、看板として未来を託した。
だが、ケインには一つだけ、致命的に欠けていたものがあった。
英雄足りうる、“器”が。
【今回の用語まとめ】
■ケイン・アッキネン
今回の執行対象。
地方都市ハルヴェインで低級冒険者として活動している転生者。
自己肯定感が極端に低く、周囲との人間関係も劣悪。
■ハルヴェイン
ケインが暮らす交易中継都市。
山と森に囲まれた地方都市で、高位冒険者はあまり定着せず、低級冒険者の溜まり場となっている。
■グレイウルフ
ハルヴェイン近郊の森に生息する狼型の魔獣。
通常の狼より大きく、群れで行動する。
下級冒険者にとっては危険な討伐対象。
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・本作ではChatGPTとclaudeを、誤字脱字の確認、前話との整合性確認、アイデア整理、世界観管理の補助として一部使用しています。
・作品本文および物語の主要構成は、すべて作者自身が執筆・最終決定しています。




