CASE.035「ラブラドーラ」
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※本作はカクヨム、小説家になろう、noteにも掲載しています。
ラブラドーラと名乗ったメイド長の女性。
服装はたしかに使用人のそれ――黒と紺のワンピースに白いエプロン、フリル付きのヘッドドレスという典型的なメイド服を纏っている。
黒曜石にも近い、漆黒の髪。それを三つ編みにして後ろへまとめた女だ。
だが不思議と、その眼だけは爛々と、宝石のようにプリズムに輝いているようだった。
「お前が内通者か」
「はい、その通りでございます」
ドゥーは得物を収め、事実確認をミラへ要求する。
きっかり0時、場所もぴたりと一致。この女がビラをばら撒いた張本人であることは、まず間違いないだろう。
だが、念には念を入れよ、だ。
「確認できました。この方は間違いなくロザリアお抱えのメイド長っス。過去に何度もロザリアの城、そんでドン・クライム城を出入りしている記録があるっス」
「――了解」
身元確認が済んだところで、今度は彼女――ラブラドーラからの情報収集を早速試みる。
「一人か」
「はい」
「他に仲間は?」
「貴方方が初めてでございます」
「おねーさん、これいつからやってたのー?」
ヨーがビラをひらひらと見せながらラブラドーラに問いかける。
「12年前から、不定期に」
「12年も……これは一人でやっていたのか?」
「はい。全て手書きでございます」
なるほど、とドゥーは頷く。
あれほどの量のビラを、全て手書きとは非効率にもほどがある。暗号の難度の高さと相まって仲間が集まらないのも頷ける話だ。
そしてそれほど回りくどい手段を取らざるを得ないほど、ロザリア政権は盤石だということでもある。
するとドゥーの耳に、ミラが新情報を届けた。
「先輩、12年前はちょうど王様がロザリアに城を献上した時と一致するッス。それとロザリアがここに転生した時期とも大体一致するッスね……」
その情報に、ドゥーは思わず無い眉を上げる。
つまり彼女は端から、ロザリアに敵意を抱いていたことになる。
どういった経緯があるかは定かでないが、協力者としてこれ以上の適任はいない。
それに、見たところ彼女自身は戦闘能力を持たない一般市民と同義だ。万が一妙な動きを見せるなら、一刀両断すれば済む話でもある。
任務成功への貴重な足掛かりを手に入れた。
これは幸先の良いスタートだ。
「ここだとやばいぞ、ドゥー」
インがドゥーのマントを引っ張り忠告する。
確かに、王の玉座でのんびり話し込むのはリスクが高い。早々に場所を移すべきだろう。
「ラブラドーラさん。内密に話せる場所はあるか?」
「お気になさらず。この時間帯、玉座こそが宝国内で最も人の寄り付かない場所となります」
「……なるほど。では――」
「ただお話しできる時間には限りがございます」
「どういうことだ」とドゥーは問う。
「現在、執事であるヴォルツが出払っております。よって今が千載一遇の好機。見たところ貴方方はただ者ではない――戦士の類とお見受けします」
そうだと頷く執行官の3人。
赤い丸いモノアイと、緑と青の三角のモノアイがほぼ同時に頷く光景はなかなか滑稽だ。
だがその外見は機械的で、幾つもの不可思議な装備を纏い、難なく玉座へ辿り着いた事実が、ラブラドーラに「ただ者ではない」と判断させたのだろう。
すかさずドゥーは気になる点を問いかける。
「その『ヴォルツ』とは何者だ」
「……始まりのルーンプリンス。あの悪徳令嬢の最初の傀儡にして、最強の騎士でございます」
最強というひと言を耳にし、ドゥーはわずかに反応する。
それを受けて、カタカタとミラが即座にヴォルツの詳細解析を開始した。
ターゲット本人より警戒すべき『ルーンプリンス』の貴重な情報を引き出そうと、ドゥーは畳み掛けるように質問を続ける。
「時間に限りがあるとは?」
「はい。ヴォルツは今、隣国のレイン共和国へと向かいました。帰還は早くとも夜明け頃……彼がいない今だからこそ、そして貴方方が現れた今だからこそ、唯一無二の好機なのです」
「おーん? ボク達も強いぞぉ!?」
ラブラドーラの言い回しが気に入らなかったのか、ヨウがぷんぷんと反応する。
愛らしい仕草だが、三角の緑のモノアイが暗闇の中でぴょんぴょん跳ね回る様は、第三者から見れば恐怖の対象に十分なり得るだろう。
「そうなのですね……たしかに貴方方は強いのでしょう。しかし私には、貴方方があの男に勝てるビジョンがどうしても浮かばないのです」
「具体的な戦力、能力は分かるか?」
ラブラドーラは首を横に振る。
「申し訳ございません、詳細は分かりかねます。ただ……朝帰りの感覚で一国を滅ぼすほどの力、と言えばおわかりでしょうか」
ヴォルツの遠征の目的は、レイン共和国の殲滅か――とドゥーは理解する。
それが事実ならば、この男こそが本任務における最大の障壁となるだろう。直接交戦する機会があれば、の話だが。
「事実ッスね。現在レイン共和国で大規模な戦闘が勃発しているみたいッス。遠すぎて詳細は掴めないですが、相当な惨事っぽいッスね」
ならば話は早い。そいつが戻る前に決着をつければいいだけだ。
「では他のルーンプリンスの戦力は?」
「はい、こちらを」
ラブラドーラが一冊のメモ帳をドゥーへ差し出す。
かなり使い込まれており、今にも頁がばらばらに崩れそうなほど老朽化している。
ドゥーがぱらぱらとページを捲ると――
「――これ……まさか全てルーンプリンスの情報か……」
「……その通りでございます」
およそ300ページ以上、一冊丸ごとびっしりと情報が記されている。それも全て手書きだ。
並大抵の執念では成し得ない所業に、ラブラドーラの穏やかな外見の奥深くへ潜む、研ぎ澄まされた覚悟のようなものをドゥーは感じ取る。
「先輩、そのメモ帳解析するんでぱらぱらと捲ってもらえますか?」
ミラの要望に応じ、ページをひと通り捲っていく。
到底人が読み込める速度ではないが、ミラの手にかかれば、カメラに一瞬でも収めさえすれば即座に解析が可能だという。
その間に、ドゥーは会話を続けた。
「情報の提供、感謝する。時間が限られていることも概ね把握した」
「ありがとうございます」
「では次に――あんた自身のことだ。何故ロザリアを堕とそうとする? 何があんたをここまで駆り立てる?」
するとラブラドーラの目から、ふっと光が消えた。
どうやら彼女の地雷を大きく踏み込んでしまったらしい――ドゥーは内心しまったと後悔する。
しばしの間を置いて、彼女がゆっくりと口を開く。
「それは、作戦成功に必要な情報でしょうか?」
瞳の血管がうっすらと充血し、握った拳が白くなるほど力を込めている。
目は虚ろで、内なる憎悪が表面へ滲み出ないよう必死に堰き止めている様だった。
その姿を見てドゥーは、「すまない。答えたくないのであれば構わない」と静かに一歩引いた。
「た、大変申し訳ございません……」
平静を取り戻したのか、ぺこりと頭を下げて謝意を示す。
普段から感情の制御が極めて徹底している人物なのだろう。
12年もの間、主への憎悪を微塵も悟らせずに仕え続けたその精神力は、上位存在であるドゥーら基底界人をも唸らせる代物だ。
これ以上は踏み込むべきではないと、ドゥーは判断した。
――
「解析結果が出ました」
少し間を置いて、ミラがラブラドーラの提供したルーンプリンスの情報の精査完了を告げた。
待ってましたとばかりに、インヨウ兄妹が跳ね上がる。
「驚きッス。構成員のほとんどが他国の皇子や貴族ッスね」
ものの見事に全員イケメン――と、ミラは大きく怒りを交えたため息をついた。
「強い奴はいるのー?」
「いえ、ヨウ先輩。強くはありますが、転生者ほどの脅威は確認できませんでした。せいぜい強化前のケイン・アッキネンの劣化版ッス」
じゃあ余裕だと、インヨウ兄妹は楽観的な様子だ。
ではさっそく動こうとドゥーがラブラドーラへ先導を依頼する。
事前に有効な作戦があるのであれば、それもぜひ聞いておきたい。
「いえ、貴方方にはルーンプリンスの殲滅をお願いいたします」
「え、悪徳令嬢はどうすんのさ」
インの至極真っ当な疑問に、ラブラドーラが微かに微笑む。
「ご心配なく。あの女は私の手で引導を渡します。こう見えて私――メイドの剣術指南役でもあるのですよ?」
笑ってはいるが、その内側に喜びといった類の感情はおそらく存在しない。
あれは“私の獲物だから邪魔をするな”――そういう狩人の目だ。
「貴方方がルーンプリンスの宿舎を襲撃し次第、私は護衛という名目で彼女の下へ向かいます」
「……襲撃というと?」
「2、3人仕留めれば全員飛び起きるでしょう。周辺のルーンプリンスが結集すると思われますが……貴方方なら問題はないのでは?」
そうだそうだと、インヨウ兄妹が意気込む。
子供のやる気を引き出すツボを完璧に心得ていると、ドゥーは半ば真剣に感心した。
「ラブラドーラさんは?」
「ふふふ……貴方はお優しいのですね、ドゥー様。ですがご心配なく。この命はあの女を殺すためだけに捧げる所存……」
「刺し違えてでも、必ず仕留めてみせます」
そこまで言うのならと、ドゥーは折れる。
多少の懸念は残るが、明らかな異分子である自分たちが乗り込むよりも、城の内情に精通し、身分上も油断されやすいメイド長のラブラドーラが実行に当たる方が成功率は高い。
ミラの正面、モニター上のロザリア自身の反応はとても小さい。これはおそらく彼女本人の戦闘力が低いからこそであり、一度見失えば面倒くさいことになる。
潜入直後に気づかれ、どこかの隠し通路を使って逃げられでもすれば目も当てられない。
初動は彼女に委ねるのが得策だとドゥーは判断する。
インヨウ兄妹も、そしてイヤホン越しのミラとカイも、その作戦に同意した。
それに万が一彼女が失敗したとしても、問題はない。
ミラの監視眼がある以上、ロザリアの位置情報さえ掴めれば、ラブラドーラが死のうが斃れようが任務の遂行に支障はない。
冷酷に聞こえるかもしれないが、今この場において彼女の命の優先順位は極めて低い。
それがドゥーの、執行官としての判断だった。
「では参りましょう。どうぞよろしくお願いいたします、お三方」
【今回の用語まとめ】
■始まりのルーンプリンス
ヴォルツを指す呼称。
ロザリアが最初に手に入れたルーンプリンスであり、最強の騎士でもある。
ラブラドーラは、ドゥーたちですら彼に勝つ姿を想像できないと語った。
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