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転生監査機関RAC  作者: ぽんにむ
第一章「特殊第六執行部隊」1-2「エリオット・レインフェル編」
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CASE.024「残響」

ここまでご覧いただきありがとうございます。


一章第二節「エリオット編」最終話です。

本話は激闘の末、残された者達の声に焦点を当てています。



※本作はカクヨム、小説家になろう、アルファポリスにも掲載しています。

「エリオット……」


 わずかに間に合わず、レーゲンブルクたちは現場へ到着した。


 エリオット・レインフェル――工藤・旭の身体は四つに分かたれ、灰のようにぼろぼろと崩れていく。

 悲鳴も何もない。

 ただ静かに、灰のように散っていく。

 その様を、彼らはただ見つめることしかできなかった。


「エリオット様ァッ!!」


 ミークは二つの遺体を抱えたまま膝から崩れ落ちる。

 涙を流し、エリオットの名を喉が張り裂けるほど叫んだ。


(さらばだ……我が息子よ)


 せめて苦しまずに逝けたことだけが、最後の情けだろう。

 レーゲンブルクは崩れ落ちた息子だったものの一部を、そっと掌ですくい上げる。

 とても軽い。

 どうやら触れても問題はないらしい。


「…………」


 目の前には、依然としてあの赤いモノアイが佇んでいる。

 得物はぐずぐずに崩れ、もはや使い物にならなくなっているというのに、なおこちらに勝てる見込みは見えない。

 ただこちらをじっと見つめてくるばかりで、戦意があるのかさえ判じがたかった。


「用は済んだ。約束通り魔王軍を引かせるが……それともこのまま続けるか?」


 ドゥーは淡々と、事務報告のような口調で己の任務が終わったことを告げる。

 

 事は終わった。

 あとは転送まで待機するだけ。

 だがその間、目の前の人間たちの出方次第では戦闘を継続しなければならないだろう。

 相手の留飲を下げる術など持たぬ以上、この場は彼らの決断に委ねるしかなかった。


 その時――


「お前ぇええええええッッ!!!」


 ミークが怒号を上げる。

 杖をドゥーへ向け、魔法を展開し始めた。


「よくもッ!! よくもエリオット様をッ!!」

(まあ、こうなるよな)


 ドゥーはブレードを構えようとして、ふと手を止めた。

 そういえばアバドンの影響で完全に破損していたことを思い出したのだ。


 彼の覇気、魔力らしきオーラ、実力はエリオットには遠く及ばない。

 だがそれでも、この世界の基準においてミークは上位に位置する。

 その彼の魔法が徐々に形を成していく。


「あなただけは許さない!! エリオット様が……あの方があなた方に何をしたって言うんですかッ!!」

「…………」

「あなたはここで殺します! このミークが、エリオット様の……みんなの仇を――」


「よい」


 レーゲンブルクはミークの杖の前に手を翳した。


「だ、大賢者様……?」

「もうよいのだ、ミーク君」


 レーゲンブルクは疲れたような顔をしていた。

 だが同時に、どこか枷が外れたような、奇妙な解放感すら滲ませている。手のひらになった灰を見つめる様は、息子の死を追悼するかのようだった。


「いつか、こうなるとは思っていたのだ。あの子の居場所はここではない……」

「そんな! 大賢者様!!」

 

「もうこれ以上の争いは無意味だ。逝った者たちも望むところではあるまい」

「………………くっ…」


 ゼノ、ロッテ。そしてエリオットの顔が脳裏に浮かんだ。

 ミークは杖をぽろりと落とし、再び崩れ落ちる。

 その肩をぽんと叩くと、レーゲンブルクはドゥーへ目を向けた。


「御仁、名を聞こうか」

「……ドゥー」

「ドゥー……なるほど。ではドゥー殿。エリオットはこれからどうなるのだ」


 話してよいものかと、ドゥーはカイへ目配せを送る。

 すると今度は彼女の声が、ドゥーのガントレットから発せられた。


「あーあー。それについては私、カイがお答えします」


 ドゥーは聞き取りやすいよう、レーゲンブルクへ腕を差し出す。


「これよりご子息様の魂は輪廻の流れへと回帰します。しかるべき施設にてしかるべき手続きを経て、次なる肉体を以て再び生を受けます」

「なるほど……。記憶は保持されるのだろうか」

「今回の場合、残念ながら記憶の保持は厳しいでしょう。さらに、人間として生を受けることも保証しかねます」

 

「そうか…………説明、感謝する」


 レーゲンブルクは深く息を吐くと、高らかに宣言した。


「皆の者、よく聞け!! 我が息子、「エリオット・レインフェルの死」を以て、大戦全ての戦の終戦とする!! 全軍、マルバスター王朝まで退却せよ!!!」

「おい、どういうことだ」


 魔王軍を退却させるとは約束した。

 だが、この戦争そのものを終わらせるとは聞いていない。

 ドゥーは頭に疑問符を浮かべる。


 その直後。

 レーゲンブルクの背後から、見知った顔が姿を現した。


「お前は……」

「私から説明させていただこう、ドゥー殿」


 地に着くほど長い黒髪。

 取って付けたような異形の角。


 その人物とは魔王、ギルベルト・アーナスタンその人であった。



 


 ――――――――――――



 


 時は少し遡る。

 ドゥーがアバドンを解放し、桁外れな身体能力でレーゲンブルクたちを置き去りにした、その直後。


「やあ、我が旧友」

「貴様はッ……ギル――」


 一瞬にして勇者たちの空気が張り詰めた。

 幾人もの勇者が反射的に剣を抜き、魔導士たちもまた詠唱へ入ろうとする。

 ミークはゼノとロッテの亡骸を抱えたまま凍りつき、目を見開いていた。


「総員、戦闘態勢ッ!!」

「護れ! 大賢者様をお守りしろ!!」


 このオーラにこの魔力。

 間違いなく魔王本人だ。


 二人の間に割って入り、勇者たちはそれぞれ得物を構えて牽制する。

 だが当のギルベルトンは、そんな殺気立つ視線をものともせず、ただ静かに腰の剣へ手を添えた。


「来るぞッ!」


 誰かが叫ぶ。

 それに応じて複数の勇者が前へ出かけた、その時だった。


 ギルベルトは切っ先を地へ向け、そのままゆっくりと剣を足元へ置く。

 さらに両手を持ち上げ、丸腰であることを明確に示した。


「そんなにピリピリしないでくれたまえ、勇者諸君。我に戦うつもりはない」


 低く、よく通る声。

 それだけで、その場に走っていた怒号がぴたりと止まる。

 どちらかというと拍子抜けしたという表現の方が正しいだろう。


「我――いや、私には今日、この場で剣を振るう気はない」

「……何のつもりだ魔王。それともこう呼ぶべきか? ――我が旧友、ギルベルト・アーナスタン」


 レーゲンブルクの声は依然として硬い。

 当然である。

 長きにわたる大戦の象徴たる魔王軍、その頂点に立つ男が自ら姿を現したのだ。

 たとえ丸腰であろうと、警戒を解くにはあまりにも危険すぎる。


 その上二人は元勇者という特殊な経歴を持つ。

 かつて背を預け合った者同士が、いまやまったく正反対の立場にいるのだ。

 方や勇者軍の大賢者。

 方や魔王軍の頂点。


 彼らの間の確執は海溝より深く、誰もその空気へ口を挟めなかった。

 ただ一人を除いて。


 ミークの視線はギルベルトに釘付けだった。

 彼の顔をまじまじと見つめ、掠れた声で言葉を漏らす。


「そんな……嘘でしょう……」


 ふらりと一歩前へ出る。

 彼の顔色は、血の気が引くを通り越して、もはや死人めいていた。


「あなたが……」

「…………」

「あなたが、あの“最高の勇者”ギルベルト・アーナスタン……?」


 どよめきが広がる。


 勇者軍に属する者であれば、その名を知らぬ者はいない。

 かつて最前線をたった一人でこじ開け、魔族ですら震え上がらせた人類史上最高の勇者。

 それが今、魔王軍の長として目の前にいる。


 知識として知っていた者はいるだろう。

 だが、こうして現実にその姿を突きつけられて、なお平然としていられる者は少ない。


「ハハハ、たしかに昔はそう呼ばれていたな。こうも立て続けに旧名で呼ばれる日が来るとは、なんたる運命か」


 ギルベルトは否定しなかった。

 むしろ乾いた笑いと共に、その場の重たい空気をわずかに散らしてみせた。


「納得がいかないのならそれでもいい。だが今は、その話を蒸し返している場合ではないのだ」

「で、ですが……!」

 

「聞くがいい、若き魔導士よ! そして未来ある勇者諸君!!」


 それだけでミークは言葉を呑み込んだ。

 勇者たちも同様だ。

 魔王としての威圧ではない。

 かつて憧憬の象徴だった者の声と姿、その幻影が彼らの思考を一時停止させたのだ。


「我らの使命は何だ?」

「…………」

「愚問だな。民を、命を守ることだ。あらゆる理不尽から命を賭して守り切る。それが我らの使命だったはずだ」


 ミークは唇を噛みしめた。

 反論したい。

 だが、それ以上に本来敵であるはずのこの男の言葉が真実であることを、嫌でも頭が理解してしまう。


「だがこの戦争はその存在自体がその使命に反する。違うか?」

「それは……魔王軍から民を守るために――」

「そうとも。貴殿らは我らの侵攻から民を守る。同時に我らも貴殿らの侵攻から民を守る。これに何の価値があるというのだ?」


 ギルベルトは肩をすくめた。

 その姿に、もはや敵意を露わにしている者はいない。

 目の前の人物はまさに“最高の勇者”として、同時に魔族を統べる“魔王”として語っている。

 そのカリスマに当てられ、剣を納める者まで現れ始めた。


「私の目的は停戦協定だよ」

「停戦……協定?」


 その単語が、誰より早くミークの口からこぼれ落ちた。


 ギルベルトは一歩だけ前へ出る。

 だが剣には触れないどころか、ゲシッと蹴ってさらに遠ざける。


「もはやこの戦に意味はない」


 長年、薄々誰もが胸の内に抱いていたこと。

 それを、ギルベルトはきっぱりと言い切った。


「北方戦線は崩れ、均衡は壊れた。それも私たちや貴殿らが積み上げてきた戦術や兵数差によるものではない」

「…………」

「この世界の理の外から逸脱した、あまりに強すぎる異物が入り込んだ。ただ、それだけの話だ」


 その言葉に、レーゲンブルクは無意識のうちに視線をドゥーとエリオットのいた方角へ向けていた。

 遠方からでも分かる、二人の激闘。

 その景色は神々の争いを彷彿とさせるほど、異次元のそれだった。


 息子は異物などではない。

 16年もの歳月、愛を注いだたった一人の息子だ。そのはずなのだ。

 だがここ最近、エリオットの素行はあまりにも見るに堪えなかった。

 

 言いたいことは山ほどある。

 それでも、どうしてもギルベルトへの反論の言葉が見つからない。

 彼の“異物”という言葉に納得している自分がいることに、レーゲンブルクは深く絶望した。


 ギルベルトは、今度はレーゲンブルクへ向き直る。

 その肩に手を置き、言葉と手に力を籠めた。


「あの黒装束……彼はおそらく、神の使いの類だ」

「神の使い……だと?」

「少なくとも、この世界の生き物ではない。人でも魔でもない。もしかすれば我々が口々に語る“神”その者かもしれない」


 レーゲンブルクもまた、その推測を否定できなかった。


 圧倒的な身体能力。

 魔法を拒絶する黒い何か。

 触れた者を崩し、消し去る、人知の及ばぬ力。

 常識も原理も一切通じぬ存在。


 あれがこの世界の法則の延長線上にいるとは、とても思えない。

 それにあの者の口から「神」という単語が出てきたのも、ギルベルトの推測に妥当性をもたらしていた。


「エリオットのしでかしを清算しに来た……そう考えるのが、一番自然だろう」

「しでかし、か……」


 レーゲンブルクの声は苦かった。


「そうだ……あの子はこの世界を壊しすぎた」

「…………大賢者様」

「だが、それを止められなかったのは――私だ」


 ぽつり、と。

 その声は誰に聞かせるでもなく落ちた。


「全部だ……」


 杖を握る手が震えている。


「全部、私の教育のせいだ」

「レーゲンブルク」

「私があの子に常識を教えきれなかった。力の使い方も、人との関わり方も、この世界で生きるということは何かを……その全てをしくじった」

「……」

「旅に出せば変わると、勝手に期待した。外を見れば、いずれ人の痛みも、この世界の重みも理解するだろうと……だが結局、私は何も変えられなかった。私はただ、あの子の強烈な才能から逃げただけに過ぎない」


 僅かの間だが、彼の大賢者としての肩書が消え去った。

 頬がこけ、白髪に染めた、ただ悔恨に打ちひしがれる一人の父であった。


「その結果がこれだ。ロッテ嬢も、ゼノ君も、他の多くも……あの子に関わった者たちの悉くが死んだ。あの子をああしてしまったのは、間違いなく私の責任だ」


 しばしの沈黙。

 それを破るのもまた、ギルベルトだった。


 バキッ。


 レーゲンブルクの顔面に拳が叩き込まれる。

 よろよろと後方へよろめき、勇者たちに支えられた。


 しかし己の長を殴られたにもかかわらず、誰一人として反撃しようとはしなかった。

 それが何を意味するか、全員が理解していたからだ。


「自惚れるな」


 短く、鋭い一言。


 レーゲンブルクが顔を上げる。

 ギルベルトは、かつての好敵手をまっすぐ見据えていた。


「自分をよく見ろ。お前のようなジジイに何ができる?」

「んな、ジジイだと!」

「お前は彼に言葉を与えた。魔法を教えた。居場所を与えた。十分じゃあないか。これ以上、お前のようなおいぼれが奴に何を与えられる?」

「それは――」

 

「もう一度言う。自惚れるなよ、親友」


 重い言葉だった。

 きっとそれは、この男自身が数えきれぬほどの選択と後悔を積み重ねてきたからこそ出せる声だった。


「子はいずれ旅立つ。彼が何を選び、何を見落としたかは、最後は彼自身の責任だ」

「…………」

「お前が背負うべき責任は確かにある。だが、その全てを一人で背負い込むな。それは傲慢だ」


 レーゲンブルクは返す言葉を失った。

 その横でミークもまた、嗚咽を噛み殺すように唇を噛みしめている。

 彼もまた、エリオットを盲信し、好き勝手させた一人だったからだ。


 ギルベルトはそこで一度目を閉じ、低く言った。


「もっと私を頼れ。彼らを頼れ。それが“最適解”ではないのか?」

「…………そう、だな……」


 もしかすれば、もっと誰かに頼っていれば。

 もっと胸の内を打ち明けていれば。

 エリオットはどこかで本当の意味での居場所を見つけることができたのかもしれない。


 そう思うほど、ますます己が疎ましくなる。

 だが結果は変わらない。

 今あるこの惨状こそが、そのツケなのだ。


「神が本当にいるというのなら、もはや結果は決まっているだろう」

「……ああ」

「ならせめて、その後の世界くらいは、我ら人と魔物の手で選ぶべきだ」


 停戦。

 それはただこの場を収めるための方便ではなく、この先の世界の在り方を定めるための一歩だった。


 レーゲンブルクは長く息を吐く。


「……停戦を受け入れよう」

「賢明だな」

「だが条件がある」

「……どうぞ?」

 

「この戦を止めるだけでは足りん。人も魔物も、この先を見据えて動かねばならん」

「無論、そのつもりだ」


 ギルベルトは静かに頷いた。

 そのわずかな仕草だけで、30年に及ぶ大戦の流れが、たった今ここで変わったのだと誰もが悟る。

 勇者たちは次々と得物を仕舞い、完全に戦闘態勢を解いた。


 対して、レーゲンブルクは杖を握り直す。


「行こう」

 

 「……どこへ?」とミークが問う。

 大賢者は戦場の奥、エリオットが駆け去り、阿鼻叫喚が渦巻く方角をまっすぐ見据えた。


「決まっているよな、親友」

「せめて最後くらいは、父として息子のそばに立つ。これだけは譲れん」

「…………」

「そして、この世界の行く末を少しでも明るい方へ捻じ曲げる。それが今、私に残された最後の務めだ」


 ギルベルトは、ふっと小さく笑った。


「ようやく昔のお前らしい顔になったな。かなり老けたが」

「うるさい、ギル。お前はまだまだガキだ」


 二人は笑う。

 そこには、かつての二人の姿があった。


 ミークはなおも混乱の最中にあったが、それでも二人の背を見て、すくっと立ち上がる。

 抱えたままのロッテとゼノの亡骸がずしりと重い。


「ぼ、僕も行きます……!」

「無理はするな、魔導士君」

「いや、同行を許そう。死に物狂いでついてきなさい」


 レーゲンブルクは静かに言った。


「最後まで見届けよう。あの子がどこへ行き、何者として終わるのか」



 

 ―――――――――


 


「というわけだ、ドゥー殿。ではさっさと元の世界へ帰ってくれて構わないよ」


 ボロッと何かを落とし、無造作にドゥーの前に転がる。

 あの将軍――グランド将軍の首だ。


 血気盛んなこの男のことだ。

 今後の立場を考えれば、十中八九この停戦には反対する。

 互いの身も心も擦り切れるまで、戦うことを強要しただろう。

 

 これは至って妥当な末路。

 無垢な少年を利用するだけ利用して、最後に捨てた無責任な大人に相応しい最期である。

 

「……なるほど。ではお言葉に甘えて――」

「ドゥー……殿!」


「……?」


 何事もなく帰れそうだったので、帰投準備へ入ろうとしたところに、ミークの震える声が届く。


「我々はどうなるのでしょうか?」

「……どうなる、とは?」


 何を聞きたいのかは大体想像できる。

 だがその問いに、ドゥー自身が規定上でも知識面でも答えられるかは分からない。

 ゆえに、念のため聞き返した。


「私たちがこのまま放置というのは、いささか不可解です。その……なんというか、あなたの目的がエリオット様の排除だけでなくその存在の抹消であるならば、このまま何も起こらないとはとても……」

「……ほう」


 そこまで勘づくか。

 なかなか頭の回る男だと、ドゥーは感心した。

 その頭脳と|エリオット・レインフェル《工藤・旭》の最期の見届け人でもある彼に免じて、本来なら応えるべきでないことを伝えることにした。


「そうだな。残念ながら何もしないというわけにはいかない。お前らはもう間もなく“記憶”が処理される。いや、この世界が処理されると言った方が正しいか」

「記憶を……?」

「要はエリオット関係の情報は全て記憶から排除されるってことだ。ありていに言えば、エリオット・レインフェルという存在は、最初から存在しなかったという風に調整される」

「……ッ! そう…ですか……」


 その言葉を聞くと、ミークは目を閉じ、奥歯を噛み締めながら俯いた。


 エリオットが肉体と共に死んだとしても、彼が存在したという奇跡、その歴史は自分たちの中に残る。

 ならば後世へ、そういう人間がいたということを伝記かなにかにでもしたためようとも考えていた。

 

 だが、それすらも叶わないらしい。


 どうやらその神とやらは、エリオットの存在を悉く消し去りたいのだ。

 それは彼の全てを否定しているようなもの。彼が遺した物語を拒絶するようなものだ

 その事実は、ミークにとって納得しようにも理解しがたい苦痛そのものである。


「納得してくれとは言わない。これは決定事項だ。お前たちにも、俺たちにもどうすることもできない」

「…………」

 

「だが約束しよう。俺は忘れない」


 この言葉すらも、最終的には彼らの記憶から消える。

 それでもドゥーは、どうしても言わずにはいられなかった。


「我々、転生監査機関・特殊第六執行部隊は、彼の――エリオット・レインフェルの物語を忘れない。それをここに誓う」

「…………ドゥー殿……」


 するとミークは、おもむろにドゥーへ近づき、何かを手渡した。

 ドゥーはそれを受け取る。

 掌を開くと、そこには青白いペンダントがあった。


「それは、我々四人がエリオット様一行の一員である証。私がエリオット様から頂いた証です」

「……いいのか?」

「これも私の記憶からは消えてしまうのでしょう? であれば、今はあなたが持つべきです。エリオット様の物語――その断片として」


 ドゥーはしばらくミークを見つめる。

 どうしたものかと考えたが、カイやミラから一切返事はない。見ていないのか、見て見ぬふりをしているのか。

 ならば、ここは黙って懐へ収めるべきだろう。

 きっとそれがこの場合の“最適”――彼ならそう言うはずだ。


「それから、もう1つ伝言がございます」

「……? 誰にだ?」

「あなた方のお偉い様。この世界を統べる神と呼ばれる方々に、私からの伝言です」


 どうぞ、とドゥーはジェスチャーを送る。


「こんな世界(物語)()()()()()だ」


「フ……ハハハッ……」


 思わず、ドゥーは笑ってしまった。

 確かに、こんな世界、作り物だと分かれば駄作も駄作。くそくらえである。

 だが、その言葉がまさか、その物語の住人――たかがエリオット(転生者)を引き立たせるための舞台装置である彼から発せられるとは思わなかった。


「約束しよう、ミーク。その言葉、必ず奴らに伝える」

「ありがとうございます」


 任務は終了。

 

 天空でひび割れ始めた魔法陣の空の下。

 ドゥーはミークとの固い約束を最後に、その世界を後にするのであった。




 本案件のログはここで終了している。

 その後、インヨウ兄妹による処理で彼らの記憶は抹消されたものの、確かにドゥー執行官はこの世界の断片を持ち帰ったことは間違いないだろう。

 その断片が彼ら特殊第六執行部隊をどこへ導くのか。ドゥー執行官が何を思ってそのペンダントを手にするのか。



 

 まさしく、“神のみぞ知る”である。



 


 ————————————————————————————————



 

 ――報告。

 地球時間171011ZJAN25


 


 特殊第六執行部隊、準上級執行官ドゥーのターゲット――『工藤・旭』の執行任務の完了を確認。

 総員直ちに帰還、並びに報告書の提出を要請する。

 


 以上。

【今回の用語まとめ】


■工藤・旭

エリオット・レインフェルの前世名。


彼はこの世界で「エリオット・レインフェル」として生きた。

しかし最期には、ロッテに告げた本当の名――「工藤・旭」として現実を受け入れ、執行された。


エリオット・レインフェルの存在は世界から消される。

それでも、彼がこの世界で生きた物語の断片は、特殊第六執行部隊の中に残される。




――――――――――――――――――――――――――――




ここまでお読みいただきありがとうございます('ω')ノ


これにて一章第二節「エリオット編」の最終話となります!!

次回は一章第三節「ロザリア編」が5月27日より始まります!!お楽しみに~


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感想については、質問・ご指摘・話の感想など、なんでもお気軽にお寄せください~!!全て受け止めます!!


※AIの利用について:

・本作ではChatGPTとclaudeを、誤字脱字の確認、前話との整合性確認、アイデア整理、世界観管理の補助として一部使用しています。

・作品本文および物語の主要構成は、すべて作者自身が執筆・最終決定しています。

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