【再掲】アンコールは異世界で!
「これ、死んだわ」
意識が遠のく中、俺は確信していた。
走馬灯が駆け巡る。
死んだ親の遺品のCDを流して衝撃を受けたローリングストーンズ。コンビニでバイトした給料を握りしめて、ハードオフでテレキャスを買いに行った日。上京する電車の中で、インターネットの掲示板にバンドメンバー募集の書き込みをした時のこと。5年間ギターボーカルを続けたバンド。バイト先のカレー屋のこと。少ない給料を貯めて買ったドクターマーチンと革ジャン。全く売れない中、メンバーが結婚し、父になったこと。全員で決めた、けじめとしての解散。過去最高の盛り上がりで終わったラストライブ。ラストの鳴り止まないアンコール。最後の一音を叩きつけた瞬間の、あの全能感。
俺たちの音楽は、笑えるほど売れなかったけど、最高だった。
その余韻に酔いしれながら、メンバーとライブハウスを出た瞬間、路地の角から緑色の光が音もなく滑り込んできた。スマホを片手に、慣れない手つきで電動スクーターを飛ばしていた酔っ払いの大学生。
「え__」
ガシャーン、という軽い音。
派手に転んだ拍子に、俺は駐車場の縁石で後頭部を強打した。
星空が見えた。
「人生、最高のオチがついたな」
そんな独り言を最後に、俺の意識は下北沢の夜に溶けた。
〜〜〜〜〜
「……目覚めよ、漆黒の王。あまねく夜を統べる、歓喜と狂乱の悪魔よ……!」
血文字で描いた魔法陣の前で、エルザは枯れ果てた声で叫んだ。
視界が滲む。空腹と不眠、そして終わりの見えない絶望。戦後、この辺境領地に残されたのは、瓦礫と、親を失い怯える子供たちと、押し付けられた責任だけだった。
エルザは修道女である。先の戦争で親を失って10年、孤児院から修道院へと流れ着いた。
親を失った心労なのか、髪の下半分が真っ白に染まってしまった彼女を、皆が気味悪がった。エルザ自身、鏡を見るたび、自分が呪われているのだと突きつけられる。辺境の地で、孤児の面倒をたったひとり見る役を押し付けられたのも、厄介払いに他ならなかった。
隣では、次代の領主となるはずのレオナルドが怯えながら、毛布にくるまって震えている。
この辺境を統治する伯爵家の当主であったショーン・ラインハウト辺境伯は、孤児院の運営費も含めた財産の大半を持ち逃げしたまま少し前に失踪し、現在も行方がわからない。無能で冷徹、税を取り立てるばかりの彼のせいで荒れ果てた領地の再建を担うには、1人残されたレオナルドはあまりにも若く、気弱すぎた。
__もう、まともな手段じゃ救えない。
聖職者にあるまじき禁忌の黒魔術。何でもいい。この苦しみを忘れさせてくれるなら、悪魔に魂を売ったって構わない。
「……来て。お願い。すべてを壊して」
祈りが頂点に達した瞬間、魔法陣が緑色の怪しい光を放った。
爆発音。
__ではなく、聞いたこともないような「ビィィィィン……!」という、心臓の奥を掻きむしるような鋭い音が地下室に響き渡った。
立ち込める煙の中から、一人の男が姿を現す。
角も、羽もない。
ただ、獣の毛皮でつくられた上着の下、人間の腹部にあたる部分から大きな口と舌を覗かせ、背中には人ひとり入りそうな奇妙な鞄を背負って立つその男は、きっと悪魔に違いなかった。
「お……?俺、生きて……てかマジあのスクーター……」
悪魔は後頭部をさすりながら、のろのろと立ち上がる。その瞬間、後ろで震えていたレオナルドが、悲鳴のような声を上げた。
「あ……あぁ……っ!? 兄上……!? 兄上だ!?」
レオナルドが毛布を投げ出し、転がるように魔法陣のそばへ駆け寄る。
悪魔は、既に死んだということで処理されかけていたこの領地の領主__ショーン・ラインハウト伯爵に、恐ろしいほど瓜二つだった。
「……あなたが、悪魔?我が問いに、答えた悪魔なのね?!」
エルザは縋るようにして問いかけた。
悪魔はエルザの顔をじっと見つめる。その視線は、エルザの真っ白な髪に向いた。
「悪魔? 悪いな、俺は瀬名翔馬。……ただのバンドマンだ。っつーか、お姉さん」
男__翔馬は、とても悪魔とは思えないような、屈託のない笑顔でニカッと笑った。
「ちょ〜いいインナーカラーじゃん。何回ブリーチしたん?」
「ぶり……?何を……あなたは」
「てかここどこ?下北じゃないの?俺……何?この状況」
「シモキタ、というところからいらしたのですか」
「そうだけど……え、下北知らんの?ガチ?マジで?ここ、どこよ」
シモキタ。そんな名前の都市も街も聞いたことがない。つまりこの男は異世界からやってきたのだ__エルザは自らの黒魔術が成功したことを確信し、目を大きく見開くと、次第に笑いが込み上げてきた。
「ああ、混沌の王!私は成功したのだわ!__この世界を変えるほどの魔術に!」
「え……マジで何、置いていかんでほしい」
絶望に塗りつぶされていたエルザの世界に、異界の爆音が突き刺さろうとしていた。




