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五十六歳の研究者、中学生から人生をやり直す  作者: 正宗


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第八十一話:似て非なるもの

同日、深夜。


マッキントッシュの電源が落とされたあとも、開発室の熱気は消えていなかった。


テーブルの上には、吐き出されたままのフロッピーディスクが何枚も散乱している。


誰もが疲れていた。だが、その目だけは異様に冴えていた。


関根がぽつりと呟く。


「操作を視覚化し、マウスで操作する、か。……コマンドだけと違って誰にでも扱いやすい」


誰も否定しなかった。


あの画面は、確かに未来だった。


沈黙の中、今川が静かに立ち上がった。ホワイトボードへ歩き、マーカーを走らせる。


重なり合う窓。


「……オーバーラップウィンドウか」

高村が小さく呟いた。


今川は頷いた。


「人間は、一つの作業だけをしているわけじゃない。例えば、資料を見ながら文書を書くように。ならば画面も、重なって見れるようにするべきだ」


ホワイトボードの上で、四角が四角の上に積み重なっていく。


その光景を見て、忠夫の表情が僅かに強張った。


(……まずい)

脳裏に、未来の記憶が走る。


ウィンドウ。アイコン。マウス。プルダウンメニュー。

長く泥沼の争い。アップルはGUIの見た目や操作感が酷似しているとし、マイクロソフトでさえ法廷へ引きずり込んだ。


「どうした?」


西村が怪訝そうに顔を向けた。


忠夫は少し間を置き、慎重に口を開いた。


「今川先生。オーバーラップウィンドウの方向性は正しいと思います」


「ただ、そのまま同じ形で実装するのは、危険かもしれません」


開発室の空気が、ぴたりと止まった。


「どういうことだ?」

今川が眉をひそめる。


「Atariの件を覚えていますか。ゲーム画面の表現が似ているとして、訴訟になった」


「ああ……」

小林が低く唸った。


忠夫は真っ直ぐに今川を見据えた。


「それと同じように、もし我々が、同じような操作感や見た目のOSを作って市場に出せば……彼らは我々を法廷へ引きずり出す可能性があります」


深い沈黙が落ちた。


「……なるほどな。ただの技術競争じゃないってわけか」

大門が忌々しげに吐き捨てた。


関根が戸惑ったようにホワイトボードを指差す。


「でも、どうするんですか。マルチタスクをやる以上、画面を重ねるオーバーラップ方式は絶対に必要です。概念を独占されたら、こっちは身動きが取れなくなりますよ」


「なら、似て非なるものにすればいい」


答えたのは、忠夫ではなかった。


ホワイトボードの前に立つ今川が、不敵な笑みを浮かべていた。


「彼らと同じ『重なる窓』であっても、思想の根底が全く違うと、誰が見ても別物だと分かるほどの独自性があればいい。裁判所が口を挟む余地すらないほどの、な」


今川はマーカーを握り直し、先ほど描いた四角の図形に、さらに独自の線を書き込み始めた。


それは、マッキントッシュのGUIとは異なる、全く新しい日本発のユーザーインターフェースの胎動だった。

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