第六十五話:五人の精鋭
あれから昼を挟み、斎藤の指示で人が集められた。
ホワイトボードには、忠夫が書いた命令セットの骨子が残っている。
LOAD / ALU / STORE
固定長命令
そこには、四人の男が並んでいた。
斎藤が、一人ずつ指し示していく。
「まずは――関根だ」
若い男が一歩前に出る。
「論理設計を担当している。うちでも一番頭の回る奴だ」
軽く会釈する。
「次に、西村」
落ち着いた雰囲気の男が頷いた。
「回路設計の中核だ。現場経験は長い」
そして、少し間を置く。
「そして CPU部門から――大門と小林」
斎藤が、最後方に控えていた二人へ視線を送る。
「東芝のマイコン開発を初期から支えてきた“生き字引”だ。命令セットと制御回路は、彼らの右に出る者はいない」
ベテランの二人は、無言で忠夫を見返した。
いずれも既存のCISC設計を熟知したプロフェッショナルだ。
斎藤は最後に、忠夫のすぐ隣に立つ男に手を向けた。
「そしてもう一人、この場の取りまとめ役だ」
高村が静かに一歩前へ出た。
「高村だ。今回の実務責任者をやる」
短く、それだけだった。
短い沈黙。
やがて、大門が口を開いた。
低く、重い声だった。
「命令をここまで削るとなると、コードは膨らむ」
ホワイトボードへ顎を向ける。
「メモリはタダじゃない。今の時代、この設計はコストに直結するぞ」
室内の空気がわずかに引き締まる。
忠夫は少しだけ間を置いた。
「……確かに、今はそうかもしれません」
一度、頷く。
「ですが、考えてみてください。二年前と今で、メモリの値段は同じでしょうか?」
誰も答えない。
「確実に下がっています。そして、この流れは止まりません」
一歩、前へ出る。
「メモリはこれから、さらに安くなっていく可能性の高い資源です。ですが――速度は違う」
ホワイトボードを軽く叩く。
「メモリの遅さは、そう簡単には縮まりません」
視線を上げる。
「だから、どちらを優先するかです」
一拍。
「増えていくコストに最適化するか。
それとも、速度を止めている原因を潰すか」
静かに言い切る。
「私は、後者を取ります」
沈黙。
今度は、小林が口を開いた。
「……理屈は分かる」
腕を組んだまま、忠夫を射抜くように見つめる。
「だがな、それは“理想”だ」
一歩、前へ出る。
「その設計は、コンパイラが賢く動くことが前提になる」
わずかに目を細める。
「今のコンパイラじゃ――そこまでの芸当は無理だ」
空気が変わった。
忠夫は、すぐには答えなかった。
そして、ゆっくりと頷いた。
「……その通りです」
数人の表情がわずかに動く。
「今すぐには、できません」
忠夫は視線を上げた。
「だからこそ、やる価値がある」
一歩、踏み出す。
「この設計は、CPU単体の話ではありません」
一拍。
「コンパイラ、OSも含めた“システム全体”で成立させる設計です」
高村が小さく息を吐いた。
「……最初から全部やるつもりか」
忠夫は首を横に振る。
「いいえ。全部はやりません」
視線をホワイトボードへ向ける。
「まずはCPUです」
一歩、前へ出る。
「必要なのは、“どう最適化するか”の前提です」
ホワイトボードを指す。
「コンパイラがどう命令を並べるか。
どこまでレジスタを使うか。
分岐をどう扱うか」
視線を上げる。
「それを先に決めます」
静かに言い切る。
「CPUは、その前提に合わせて設計するんです」
沈黙が落ちた。
だが、その沈黙は先ほどとは違っていた。
理解しようとする沈黙だった。




