第五十五話:茶封筒の中身
東芝半導体開発センターを後にした忠夫は、帰宅して夕食を済ませると、すぐ自室へ戻った。
鞄の中から取り出したのは、一つの茶封筒。
忠夫は小さく息を吐き、封を切った。
中から現れたのは、英文で綴じられたコピー資料。
ややかすれた印字、斜めにずれたページ番号、複写機特有の薄い黒縁。
数十枚はある。
表紙には大学名と題目が記されていた。
University of California, Berkeley
The Case for the Reduced Instruction Set Computer
忠夫の目が細くなる。
「……よし」
忠夫は一枚目をめくった。
命令を減らし、複雑な命令を削ぎ落とす。
そして、残された単純な命令を高速で回す。
回路規模を抑え、制御部を簡潔にし、クロックを上げる――。
現代では当たり前の思想。
だが、この時代ではまだ“異端”に近い。
CISC全盛。
命令は多いほど高性能と見なされ、複雑さこそ進歩だと信じられている時代だ。
その中で、逆へ進む発想。
忠夫は二枚、三枚とページをめくる。
そして一通り目を通し、忠夫は息を吐いた。
「……概念はわかる。だが……」
思わず声が漏れた。
設計となると話は別だった。
CPUはメモリとは違う。
一つの思想だけで形になるほど甘くない。
忠夫は椅子にもたれ、天井を見上げた。
今日の会議室が脳裏によみがえる。
張り詰めた空気。
図面へ群がる技術者たち。
決断する斎藤の声。
あの現場は、もう動き出した。
やがて忠夫は、ゆっくりと体を起こす。
「……まずは、できるところからだ」
机の隅に積まれていた擬似SRAMのノートを引き寄せる。
今日の会議室で判明した不具合――端列側の配線遅延。信号立ち上がりマージン不足。条件依存で現れる動作不良。
現代の知識と、この時代の製造現場とのギャップ。
忠夫は鉛筆を握った。
カリカリ、と紙を削る音が部屋に響く。
夜は静かに更けていった。




