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五十六歳の研究者、中学生から人生をやり直す  作者: 正宗


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第五十話:現場が示す真実

翌日。


休日にもかかわらず、建屋の前には車が並び、作業服姿の社員たちが足早に正門を抜けていく。

徹夜明けの疲労を滲ませながらも、その足取りだけは止まっていなかった。


「……すごい熱気ですね」


忠夫が呟くと、隣の山下が頷いた。


「ええ。試作で躓いた時の現場は、土日など関係ありません」


受付を通され、二人は開発棟の会議室へ案内された。


扉を開く。


中にいた数人の技術者が立ち上がった。

その中心にいたのは、高村だった。


白衣の袖は皺だらけで、ネクタイも緩んでいる。目の下には濃い隈があった。


「技術二課主任の高村です。以前、本社で同席しました。佐伯君……来てくれて助かります」


奥の席から斎藤常務も口を開く。


「佐伯君早速だが見てほしい」


「……わかりました」


忠夫は静かに頷き、席に着いた。


机の上には資料が山積みになっていた。

歩留まり一覧、タイミングチャート、温度試験結果、電圧変動ログ。


高村が説明を始める。


「論理設計そのものは成立しています。アクセス速度も想定通りです。ですが、安定しません」


別の技術者が続けた。


「高温試験で落ちる個体があります。

電源電圧を少し下げただけでも誤動作するものが出る。十枚流して、安定して通るのは三枚程度です」


「……三割」


忠夫は資料を手に取り、黙って読み始めた。


会議室には紙をめくる音だけが響く。


高村が疲れた声で続ける。


「設計班はセル容量不足を疑っています。

製造側は素子ばらつき。評価側は測定条件の問題だと……社内でも意見が割れています」


「再試験は、何回も?」


「ええ。条件を変えて何度も。ただ、決定打が出ません」


忠夫の指が、一枚のログで止まった。


「この試験……電源を下げた時だけ、失敗率が急に上がっていますね」


「その通りです」


「高温時も、似た傾向ですか?」


高村が少し驚いたように頷く。


「……あります」


「アクセス波形の詳細ログ、見せてもらえますか。

あと、リフレッシュ完了信号との重ね取りデータも」


高村はすぐに追加資料を持ってきた。


忠夫は資料を並べ、しばらく黙って見比べた。

やがて、鉛筆で一点を指した。


「……セルそのものだけが原因ではなさそうです」


高村が身を乗り出す。


「と言いますと?」


「以前から候補には出ていたかもしれませんが、リフレッシュ終了と次アクセス開始、その境界条件が怪しいです」


会議室の空気がわずかに動いた。


別の技術者が資料をめくる。


「……確かに、その区間の波形は何度か議題に上がっています」


忠夫は続けた。


「条件の良い個体は通る。ですが、高温や低電圧で遅延が増えると、一部だけ間に合わなくなる。そう見ると、今の症状と辻褄が合います」


高村は急いで別の波形表を開いた。


「……本当だ。高温時だけ、この区間の遅れが増えている」


別の技術者も声を上げる。


「電圧低下時も同じ箇所だ……!」


斎藤常務が腕を組んだまま低く言う。

「つまり、設計値では成立している。だが現物では余裕が足りていない、と」


「その可能性が高いです」

忠夫は落ち着いて答えた。


「設計としては筋が通っています。

ただ……この回路図を書いた僕自身が、現場で起きるばらつきまで、読み切れていませんでした」


会議室が静まり返る。


高村が顔を上げた。


「……君の責任だと、そう言うのか」


「責任というより、想定不足です」


忠夫は首を横に振った。


「現行プロセスで安定して動かすなら、もう少し余裕を見るべきでした」


高村はしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐き、口元をわずかに緩めた。


「……2週間、設計班総出で追って見えなかったものが、そこにあったか」


「図面だけでは見えにくい問題です。

ここまで試験データを揃えた皆さんがいたから、気づけました」


その言葉に、高村の肩からわずかに力が抜けた。


「……対策はありますか」


忠夫はノートを開いた。


「切り分けとして、一つ試せる案があります。アクセス開始を一段遅らせる。速度は少し落ちますが、今日すぐ確認できます」


「恒久対策は?」


「本格的に直すなら、次の試作で配線を引き直す必要があります。こちらは時間がかかります」


斎藤が即座に立ち上がった。


「高村、評価班を呼べ。今すぐ条件変更テストだ」


「はっ」


高村が駆け出していく。


忠夫はその背中を見送りながら、静かに息を吐いた。


未来の知識だけでは足りない。

現場が積み上げた数字があって、初めて答えに辿り着けた。

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