表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
五十六歳の研究者、中学生から人生をやり直す  作者: 正宗


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

47/50

第四十七話:全社合意

1983年、3月下旬。

あれから3ヶ月がたち、春休みの気配が漂い始めた午後、忠夫は自宅の居間で、しんと静まり返った空気の中にいた。

テレビからは、間もなく始まる選抜高校野球のニュースが流れている。そんな日常の風景を切り裂くように、黒電話のベルがけたたましく鳴り響いた。


受話器を取り、耳に当てる。


「……もしもし、佐伯です」


「佐伯君、私です。山下です!」

受話器の向こうから飛び込んできたのは、普段の冷静さをかなぐり捨てた、山下弁理士の弾んだ声だった。


「……佐伯君、やりましたよ!今、最後の一社が折れました。これで一社を除いた主要メーカー全社とのライセンス契約、すべて完了です!」

受話器の向こうで、山下が大きく息を吐く音が聞こえた。知財のプロとして百戦錬磨の彼にとっても、この三ヶ月は薄氷を踏むような交渉の連続だったに違いない。


「本当ですか、山下さん……! ありがとうございます……!」

忠夫の声が、震えていた。

これまで、現代の知識という「カンニングペーパー」を手に、冷徹に盤面を動かしてきた。だが、受話器から伝わる山下の興奮、そして「全社合意」という重たい事実は、知識としての予測を遥かに超え、生々しい質量を持って忠夫の胸を直撃した。


「……よしてください。礼を言うのはこちらの方ですよ、佐伯君。私はね、今、人生で一番面白い仕事をしていると確信しています」

山下の誇らしげな笑い声が、受話器のノイズに混じって響く。


「それと、国際特許の出願も無事完了しました。PCTに基づき主要市場への優先権をしっかり確保しています。これで、世界へ打って出るための“道筋”は整いました」


山下のその一言に、忠夫は一瞬息を呑んだ。


「……そうですか。これで、外堀も埋まりましたね」


「ええ、これで、どのメーカーが異議を唱えようとも揺るぎません。主要各社の合意がそろった以上、技術の正統性はかなり強固になりました。佐伯君の方式を“後出し”と言う者がいたとしても……この契約書の束が、何よりの証明です」

山下の言葉には、知財のプロとしての確かな勝利の響きがあった。


「……そうですね。山下さん、これからもよろしくお願いします」

忠夫は受話器を握りしめ、深く、噛みしめるように言った。


「ええ。こちらこそよろしくお願いします……ではまた」

その力強い言葉を最後に、電話は切れた。

「ガチャン」と受話器を置く重厚な音が、静かな居間に響く。

窓の外では、今にも咲きそうな桜の蕾が春の訪れを告げていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ