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五十六歳の研究者、中学生から人生をやり直す  作者: 正宗


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第四十五話:冬の陽だまりと、静かなる鼓動

12月下旬。二学期終業式。

体育館に漂う、冬特有の冷気とワックスの匂い。壇上で校長が話す「有意義な冬休みを」という形通りの訓示を、忠夫は虚空を見つめて聞き流していた。


(……種は、すべて蒔き終わった。)


「CPU(RISC)」という頭脳。

「メモリ(擬似SRAM)」という筋肉。

そして、それらを調律する「OS(TRON)」という神経系。

これら三つが揃えば、日本の歴史は“別物”に変わる。

低電力で、扱いやすく、そして速い──

子ども向けの学習機器から、産業機器、家電まで、ハードウェアの常識が書き換わる。


忠夫は小さく息を吐いた。


(ここまでは、いい。問題は……これらが軌道に乗るかだ)


東芝は、果たしてRISCに踏み切るのか。


そして──東京大学。

今川先生が、どのタイミングで産学共同プロジェクトの設立に踏み切るか。


産学共同体制が動き出せば、OS部門は一気に加速する。

TRONの核となるカーネルはすでに“完成”している。

あとは、それを見た企業がどう判断するかだけだ。


「……今年も終わりか」


忠夫は、凍えきった体育館の空気の中で、そっとつぶやいた。


壇上の長い挨拶が終わり、生徒たちが立ち上がり、一礼して解散の号令を待つ。

しかし、忠夫の心はそこにはいなかった。


(うまくいけば、日本の半導体は“第二の選択”を掴める。だが失敗すれば……史実と同じく、九〇年代に急速に衰える)


その分岐点に、自分は立っている。


「佐伯くん、帰らないの?」


肩を軽く叩かれ、忠夫は現実に引き戻された。

振り向くと、クラスメイトがマフラーを手に持って立っていた。

冬休み前という解放感からか、いつもより柔らかな笑みを浮かべている。


「……ああ、ちょっと考えごとをしてただけ」


「ふーん。なんか、難しい顔してたから」


忠夫は曖昧に笑った。


未来は、急に変わったりはしない。

しかし、種を蒔き続ければ、

ある日突然、誰の目にも見える形で芽吹く。


(それに来年にはファミコンが発売され、

 ついに『テトリス』が世に放たれる)


自宅へ向かって歩き出す忠夫の背を、冬の陽光が静かに照らしていた。

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