第四話 ガラスケースの向こうの未来
放課後、忠夫は帰り道を遠回りした。
駅前の少し近代的な看板。
「NECマイコンショップ」
ガラス張りの店内に、白い機械が並んでいる。
ドアベルが鳴った。
「いらっしゃい。学生さんかな?」
眼鏡をかけた中年の店員が、カウンター越しに笑った。
忠夫の視線は、ショーケースの中央に置かれた機械に釘付けになっていた。
NEC PC-8001。
キーボード一体型の本体。
値札の数字が容赦なく目に飛び込む。
168,000円。
忠夫は息を呑んだ。
(知識では知っていた。だが、実物の値札は暴力的だ)
1982年の最低賃金は時給四百円台。
フルタイムでも月収は七万円前後。
(最低賃金労働者の二か月半分……本体だけでだ)
「……ゲームを開発したいんですが」
忠夫の問いに、店員は少し驚いた顔をした。
「ほう。珍しいね。君くらいの年代だと普通は遊ぶために欲しがるんだが」
「ゲームを作りたいんです」
はっきりとそう告げた。
店員は棚から資料を取り出した。
「もちろん作れる。BASICでもアセンブラでもな。
ただし――」
店員は値札の横に並ぶ機器を指さし。
「まず本体が十六万八千円。
モニターが十万円前後。
カセットテープ装置は付いているが、開発ならフロッピーディスクが欲しい」
隣に置かれた巨大な装置。
「フロッピーディスクユニットは三十万円」
忠夫の思考が一瞬止まった。
「さらに拡張ユニット、メモリ増設、カラー出力……」
店員は淡々と告げる。
「全部揃えると、軽く五十万円は超える」
(……車が買える)
「学生さんには厳しい金額だね」
「……そうですね」
「ただ、研究所や大学はもう導入を始めている。
これからの時代は、計算機を扱えない技術者は生き残れない」
忠夫の胸に、その言葉が突き刺さった。
(知っている。この国は半導体王国になる。
そして、衰退する)
ガラス越しに、PC-8001が静かに光っていた。
(これが、資本主義の入口か)
知識はある。
未来も知っている。
だが、資金がない。
「少年、親に買ってもらうのかい?」
店員が尋ねた。
「……勉強用、という名目で」
「それが無難だな。ゲーム機とは言わない方がいい」
忠夫は苦笑した。
店を出ると、夕方の街は活気に満ちていた。
焼き鳥の煙、子供たちの声、昭和の日本の熱気。
(この国は、まだ黄金時代の入口だ)
だが、その未来も知っている。
(だからこそ、先に金を稼ぐ)
ゲーム。
ソフトウェア。
未来知識の前借り。
それしか道はない。
家の門が見えた。
夕食の匂いが漂ってくる。
父を説得する。
資金調達の最初の交渉。
忠夫は玄関の前で一度立ち止まり、深く息を吸った。
(まずは、ここからだ)
そう決めて、玄関の戸を開けた




