第三話 白衣の理科教師
入学式が終わり、クラスごとに教室へ移動する。
木の机の匂い、ワックスで光る床。昭和の学校特有の、少し埃っぽい空気が漂っていた。窓から差し込む春の光に、制服の皺や緩んだネクタイが柔らかく映る。
教室の前に立っていたのは、白衣を羽織った若い女教師だった。
黒板の前で名簿を手にし、落ち着いた声で教室を静める。顔立ちは整っているが、目つきだけが妙に鋭い。
「今日からこのクラスの担任を受け持ちます。高城です。担当教科は理科。よろしくお願いします」
簡潔な自己紹介だった。
ただ事実だけを並べる口調。
高城は一度だけ教室を見回し――
パン、と乾いた音を立てて両手を叩いた。
「はい、形式的な挨拶はここまで。お硬いのは嫌いでね」
生徒たちの肩の力が、わずかに抜ける。後ろの席で小さな笑い声が漏れた。
「私が伝えたいのは一つ、困ったことがあったら、勝手に一人で抱え込むな。相談くらいは乗るから。」
名簿を閉じ、続ける。
「ただ遅刻と宿題忘れは論外。逆に、面白いことを考える生徒は歓迎する。変な質問でも遠慮するな、以上」
その言葉は教師というより、研究室の指導教官のそれに近かった。
⸻
自己紹介が始まる。
名前、出身小学校、好きな科目。
子供らしい声が教室に響き、笑い声や小さなざわめきが混じる。前の席の女子は緊張した声で話し、後ろでは男子が肩を寄せて笑っている。
忠夫は窓際で黙って座り、教室全体の温度を測るように視線を巡らせた。
やがて自分の番が来る。
「佐伯忠夫です。よろしくお願いします」
それだけ言って席に戻る。
余計な情報は不要だ。人間関係は信用しない。前世で、教授も企業も研究仲間も――最終的には皆、利益のために裏切った。
だが、一人では何もできない。
その事実も骨身に染みている。
周囲の同級生をちらりと見る。サッカーの話で盛り上がる男子、ノートに落書きをする女子、無邪気に笑う二人組。皆まだ子供の顔だ。未来の競争も、裏切りも知らない、ただの群れ。
忠夫はそれを観察しながら、頭の中で計算を始める。
放課後、寄るべき場所。
最初に確保すべき資本。
無邪気な笑い声と、春の空気。
それらがかえって、自分の進むべき道を際立たせた。
(まずは道具だ。パソコンを手に入れる)




