第二話 再起動する脳、始業の朝
朝の食卓には、焼き魚と味噌汁、白いご飯が並んでいた。
「ほら、早く食べなさい。今日は始業式でしょ」
母はそう言って、茶碗を差し出した。
忠夫は箸を持ちながら、その手がわずかに震えていることに気づく。
――本当に戻ってきた。
四十四年の時間を逆行し、中学生の自分に。
「……いただきます」
声が妙に若い。喉も体も、すべてが若返っている。
しかし脳だけは、2026年まで生きた五十六歳の研究者のままだ。
(1982年……日本の半導体黄金期の入口だ)
頭の中に歴史が洪水のように流れ込む。
NEC、東芝、日立、富士通。
DRAM世界シェア八割。
そして九〇年代の凋落、研究費削減、大学の衰退。
(今なら……全部変えられる)
新聞を広げていた父が、ちらりとこちらを見た。
「忠夫、今日は入学式だな。中学なんてあっという間だぞ。遊んでばかりいるなよ」
「……うん」
短く返事をする。
この父はまだ、研究者の冷遇も、就職氷河期も知らない。
(研究には金が必要だ。才能だけじゃ足りない)
(まず資本を作る。ゲーム開発、株、起業……)
中学生の脳裏に浮かぶ思考とは思えない計画が、次々と展開されていく。
(テトリスの原型はまだ存在しない時代だ。
落ち物パズルを完成させれば、確実にヒットする)
箸を動かしながらも、頭の中では既にアルゴリズムと画面設計が組み上がっていた。
(PCを手に入れる必要がある。
父を説得するか、金を稼ぐか……)
⸻
新しい制服の袖を引きながら、忠夫は家を出た。
四月の空気はまだ少し冷たく、桜が校門前で揺れている。
――中学生の体。
背も低く、歩幅も小さい。
だが脳だけは老練な研究者だ。
(この国は、この十年で世界を制覇し、
その後三十年で自滅する)
自分だけが、その未来を知っている。
⸻
体育館には新入生が整列し、校長の長い挨拶が続いていた。
「諸君はこれから日本の未来を担う若者です……」
忠夫はぼんやりと天井を見上げながら、別の未来を思い描いていた。
(日本の未来、か)
官僚主導の研究政策。
短期利益主義。
基礎研究の軽視。
技術者の冷遇。
(全部、ここから始まる)
脳内に三段階の計画が自然に浮かび上がる。
――まず資金。
――次に技術。
――最後に国家制度。
(俺が介入すれば、歴史は変えられる)
教師の声が遠く聞こえる。
「これより、新しい生活の始まりです」
忠夫は静かに目を閉じ、そして開いた。
1982年。
すべてをやり直すための一年目が始まった。
(まずはPCだ。
そして……テトリスの原型を作る)
小さな中学生の胸の内に、日本の産業史を塗り替える計画が静かに燃えていた。




