3-9:喋る獣
あの商人と話してから明日で10日か。
何事も無ければあの商人は明日来るだろう。
迷うことは無い。
そうしたら、いよいよ乗り込む時だ。
このまま何も無ければ、万全の状態で向かえそうだ。
先日、酒場で暴れていたみたいな連中が来ないといいが。
今日の午前中、僕はそんな事を考えていた。
今はエリンと近くの森で軽く訓練を行っている最中。
黒魔法対策のおさらい。明日以降に備えて、だ。
あまり消耗し過ぎるとこれからに影響するのでほどほどに。
(ドンッ!)
遠くの方から地響きの様な音がした。
そして、それが徐々に大きくなってくる。
「えっ? ちょ、何?」
エリンが声に出して動揺している。
僕も、これは何かただ事では無いと感じている。
(ドドドドドッ!)
音が更に大きくなり、森の奥から何かが近づいて来るのが見えた。
あれが。音の正体だろう。
その何かは、障害になる木にぶつかりながら前に進んでいる。
先程から聞こえた音は、そのぶつかった時に生じたものや、走っている最中の足音で、木の中でも脆くなっているものは、その一撃でなぎ倒されているようだ。
まずいな、このままだとぶつかるかも。
そう考え、近づいてくる何物かの動きを黒魔法で止めようとしたところで、それは徐々に速度を落として、僕らの目の前で止まった。
巨大なイノシシの姿。
クマ程の大きさ。
いや、クマよりも大きく、そして何処か禍々しい。
そういうものが、僕とエリンの目の前に止まった。
そして、こういう存在には見覚えがある。
魔獣。
そう呼ばれている存在で、これまでのエリンとの旅で数える程だが出くわした事もある。
「でかいな」
「おっきいけど、これ食べられないんだよね」
見た目と獣という名とは異なり、魔獣は食べられない。
というか、ある程度攻撃を与えると消えてしまう。
肉片を切り取ろうとしても、塵になって消えてしまう。
ただ、魔法力だけは黒魔法で吸収できる不思議な存在。
まるで、獣の形をした魔法力の塊みたいだからと、昔の人が魔獣と名付けたのだと思われる。
「こんなのが村で暴れたら大変だし、ここで倒さなきゃ」
「そうだな」
何故こいつが僕たちの目の前で止まったのかは分からない、
だが、このまま放置するわけにもいかないので、僕とエリンは杖と槍を構える。
「コンナトコロ ニ 人間 カ」
喋った!!
魔獣が喋るところなんて初めて見た。
僕は驚いているし、横にいるエリンを見ても目と口を開いたまま固まっていて、驚いている様だ。
「マアイイ オ前タチ ハ 逃ガシテ ヤル」
?
聞き取りにくかったが、僕たちを逃がすと言っているみたいだ。
「ソノ代ワリ エクスエナ ニ 伝エロ オ前 ガ 協力シナカッタ カラ 村ハ 滅ボシタ ト」
はァ?
村を滅ぼしただと?
そんな様子は無いが、この言い分だとこれから村を襲うつもりなのだろう。
そして、それをエクスエナに伝えろ、と。
よりによって何故今日来たのだ?
明日商人が来て作戦を開始する、このタイミングで?
──いや、そうか。
さっきの様子だと、僕たちがここにいる事は想定外。
憶測だが、本来ならば村が滅んだ次の日に訪れた商人たちが惨事を目撃し、それをエクスエナに伝えさせようとしていたのかもしれない。
まったく、何故村を滅ぼそうとしているのかは知らないが、原因がエクスエナにある事だけは分かる。
ならば、僕はこの魔獣をここで倒さなければならない。
「エリン、こいつは僕にまかせろ!」
「まかせろって、えっ!?」
僕は、まず魔法力吸収の魔法を魔獣に放ち、その魔法力を吸い取る。
そして、間髪入れずに氷の黒魔法で一気に攻撃を行った。
炎や雷の黒魔法だと森が火事になるし、村からも目立つ。
だから氷の黒魔法を選んだ。
巨大な氷柱を雨の如く魔獣にぶつけ続け、魔獣に攻撃させる隙を与えないようにする。
「オ前 マサカ ……」
氷の黒魔法の攻撃を受け続けた魔獣は、そのまま消滅してしまった。
「ちょ、クロエ!? 一人でいきなり!?」
「エリンに消耗してほしくなかったからな。僕なら、魔獣から魔法力を黒魔法で吸収して消耗無しで行けるし」
「う、うん。でも、いきなりでビックリしたじゃん」
いつもはエリンがいきなり飛び出して、僕を驚かせる事の方が多いのだけどな。
これで、少しは僕の気持ちも分かっただろう。
「跡形も無いね」
「魔獣だったからな」
「何か不思議だよね。こうやって消えちゃうの」
(ガサッ!)
僕とエリンは魔獣の消滅を呆然と見ていると、突然茂みから音がした。
魔獣の新手か!?
そう思った僕とエリンがその方向構えると、森の茂みから女が出てきた。
酒場で給仕をやっている、アンナという名の女性だ。
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